第25話:世界の絶望を凝縮させたかのように

 あの後、セネカとマイオルは治療を受けた。


 アッタロスは「それじゃあ三日後から依頼に行くから準備しておけよ」と言ってから、ルンルンとした足取りでナエウスと飲み屋に消えて行った。


 翌日、二人はナエウスにアッタロスのことを聞いてみたが「師匠に口止めされている」と言って取り合ってくれなかった。

 しかし、信頼できる有能な冒険者であることには間違いがないようなので二人は大人しく依頼を受けることにした。トゥリアの後押しがあったことも大きい。


 二人はトゥリアに依頼内容を聞いて、着々と準備を進めた。





 今回の依頼内容は『バエット山林奥地の調査』だ。


 セネカとマイオルが討伐したあばれ猿をはじめとして、ここ数ヶ月で魔物の変異種が五例も確認されている。

 幸い犠牲者はおらず、あばれ猿ほど強化された個体はいなかったので、今のところの被害は軽微だが、事態がいつ変化するか分からない。

 そこでセネカとマイオルの試験のついでに調査を依頼されたのがアッタロスである。


 セネカが戦ったことのある中で一番強い冒険者は、自分とルキウスの両親だった。その四人も銀級だったと聞く。

 『樫の枝』をはじめとした銅級冒険者の実力もある程度分かる。自分が銅級に比するほどの実力をつけてきているとセネカは認識してきていた。


 それらの人々と比べてもアッタロスは格別に強かった。強すぎると言っても良い。

 記憶の中のセネカの両親よりもアッタロスは強いように思う。それはつまり、彼が金級以上の実力を持っている事になる。

 アッタロスといる方が金級冒険者に近づけるはずだ。セネカはそう思ってこの機会を快く思った。

 また、セネカはアッタロスに対して懐かしさに似た感情を抱いたが、それが何なのかはわからなかった。





 依頼当日、三人は門に集まった。

 今回はバエット山林で野営をしながら数日から一週間ほど調査に入る予定なので各々が様々な道具を持っている。


 今日はまず野営地を整備する。

 バエット山林にはよく野営に使われる丘があるので、魔物に遭わないように迂回してそこまで行く。

 半日程度の道のりになるだろう。


 歩きながら三人は話をした。


「マイオル、報告書によればお前は魔力溜まりをスキルで検知できるそうだが、この依頼中は出来る限り広い範囲を定期的に探知してくれ」


 アッタロスは地図を見ながら言った。


「分かりました。今回の件はやっぱり魔力溜まりが関係あるんですね?」


「あぁ、そうだな。集団の中で変異種が自然に生まれることはあるが、頻度としては高くない。今回のように頻繁に発生する場合には魔力溜まりが原因の場合が多い」


「でも魔力溜まりってどうやって出来るかわからないんだよね?」


 セネカは難しい顔をして話を聞いていたが、思いついたことがあったので口に出した。


「あぁ。その通りだ。基本的には分からない。だが、魔力溜まりにも種類があるんだ。周囲に散発的に発生する場合だったら問題ないが、核となる濃い魔力溜まりが出来ている場合にはどうにかしないといけない」


「強い変異種が生まれるからですか?」

 マイオルが問う。


「それももちろんあるが、もっと厄介な事態になることもある。例えば濃い魔力溜まりが原因でスタンピードにまで発展することがある」


「スタンピード!?」

「そんな話聞いたことありませんよ!」


 セネカが跳び上がって言い、マイオルが続いた。


「あぁ。混乱を招くから出回ってない話だ。普通は魔力を感知できる冒険者にしか話をしない。ギルドはお前らが銅級に上がったら正式に話をするつもりだったんだろうが、今回は俺から話すと言ってある」


 アッタロスはマイオルをまっすぐと見つめながらスタスタと歩く。

 一番重い荷物を持っているはずなのに動きが軽やかだ。


「もしかしてこの依頼ってすごく大事?」


 セネカが恐る恐る聞く。


「調査がおざなりだとスタンピードの起こりを見逃す可能性があるという意味ではそれなりに大事だ。だが、調査するのは俺たちだけじゃないからな。この手の依頼は真剣にやることも大事だが、入れ込み過ぎないこともまた大事なんだ」


「勉強になります」


 マイオルは荷物の中から紙を出して記しておきたいほどの気持ちだったが、今はそんな暇はなかった。





 それからもアッタロスはさまざまなことを二人に教えてくれた。


「そこにピヌスの木があるだろう? 樹皮の違いを見分けられるか? よく見ると樹皮の鱗が縦長に走って割れている種類がある。その品種なら外皮を剥いで、白い皮を取り出した後、水で煮れば食える。俺はそれで飢えを凌いだことが四度ほどある。北では良くそういう事態になるんだ」


 セネカもマイオルもその手の話が大好きなので内心でははしゃいでいた。


 他にも、初見の植物が食べられるのか試していく方法や石斧の簡単な作り方、道具がなくても穴を掘る方法など、話は多岐に渡り、際限がなかった。


「俺の見立てではお前らはきっとすぐに何らかの目に遭う。それは飢えかもしれないし、寒さかもしれないし、乾きかもしれない。だから年長者の話をよく聞け。自分たちにすぐに降りかかる災難だと思って真剣になれ。そして安全な状態のうちに本当のことか確かめるんだ。検証しない冒険者は早死にするぞ」


 そう言われたので、セネカとマイオルは良さげなピヌスの木を見つけて、皮を剥いで中の白い部分を掴み取った。


 確かに繊維張っていてなかなかに食べ応えがありそうだったので、休憩時間にしっかり煮てから塩をまぶして食べた。


「むぎゅわぁーー!」


 しかし、それは世界の絶望を凝縮させたかのように苦かった。


「あっはっは! 言ってなかったが一晩はアク抜きした方が良いぞ! これでまたひとつ賢くなったな」


 頭に来てセネカとマイオルは全力で殴りかかったが、アッタロスを捉えることはできなかった。





 アッタロスによる実地の講義を受けながら、二人は野営地についた。


 野営の準備は早さが命だとアッタロスが言ってけしかけてくるので、二人はだいぶん焦りながら準備を整えた。だがそれでも「話にならないくらい遅い」と言われたので二人はちょっぴり大人しくなった。


 明日からのこともあるので、二人はしっかり休み、アッタロス一人で夜の見張をするらしい。

 セネカとマイオルは夜明けと共に起きて、その間にアッタロスが仮眠を取る形式だ。


 干し肉とその辺りの植物でアッタロスが作った絶品料理を食べた後、二人は眠った。





「おい、二人とも起きろ。朝だぞ」


 テントの外からアッタロスの声が聞こえてきたのでセネカは起きた。


「ほーい」


 返事をしてマイオルを起こす。


「マイオル、朝だよー。気持ちの良い朝だよー」


 気の抜ける起こし方である。しかしマイオルは「うーん」と唸った後でパッと目を覚まし、即座に起きた。


 二人はテントから出て、アッタロスに挨拶した。


「昨晩は何の異常もなかった。もう少ししたら活動を始める魔物が出てくるだろうから注意してくれ」


 そんな感じで引き継ぎをして、マイオルは【探知】、セネカは動物の痕跡を検分し、見張りをしていった。





 その後、アッタロスを起こして活動を始めたが、魔力溜まりの調査はあまり進まなかった。


「俺が見ててやるから二人で戦ってみろ」


 アッタロスは何度もそう言った。


 例えばマッドオックスは銅級のパーティが相手にする魔物である。

 セネカとマイオルだけで倒せると思うが、リスクを考えると普段は手出しができない。しかし、アッタロスがいれば話は別である。

 安全な状況で格上の敵と戦うことができる機会は得難いものだった。


「マイオル、盾の角度が悪い。それだと却って怪我をするぞ」


 アッタロスは二人の戦闘に関しては基本何も言わずにいたが、なぜか盾の使い方だけはマイオルに何度も注意をした。


「マイオル、それは受け止める時の構えだ。お前の場合は受け流すんだから違うぞ」


 二人は不思議に思った。

 こだわりがあるようにも思ったが、アッタロス自身は盾を持っていない。


 そこでセネカはちょっと聞いてみた。


「アッタロスさんのスキルってナンデスカ? モシヨロシケレバ」


 敬語の練習中である。


「あぁ、そうだな。一緒に戦うことがあるかもしれないから次の戦闘では俺が敵を倒そう。俺のスキルは【魔剣術】だ」


「うっひょー!」


「⋯⋯どうしたセネカ、跳び上がったりして」


「【魔剣術】は花形スキルの代名詞ですからね。セネカも憧れがあるんですよ」


 キラキラとした目でアッタロスをじろじろ見るセネカは正直どうかしているように見える。


 二人はセネカが落ち着くのをゆっくり待った。





 近くにサンダーボアがいると分かったので三人は寄って行った。


 アッタロスは鞘から剣を引き抜いてスタスタとサンダーボアの方向へ歩きだした。足取りは乱雑で、あえて音を出して歩いているようだ。


「【魔剣術】は中長距離での魔法にも長けているが、本職の魔法使いには敵わない。近距離で牽制にも魔法をよく使うが、結局強力なのは魔法剣だ」


 声も大きいのでサンダーボアに聞かせて、襲わせようとしているのだろう。小石も拾っている。

 アッタロスは石を投げて、サンダーボアの額にコツンと当てた。激しやすい魔物なのですぐに突進してくるだろう。


「この剣には魔力親和性の高いミスリルが使われている」


 恐ろしく高価な剣だろうとマイオルは察したが、セネカは気づいていなさそうだ。


「魔力を剣に纏わせて性質を変化させるんだ。色々な属性にすることができるが、分かりやすいから攻撃は火にしよう」


 アッタロスが操作すると魔力が自然に剣に入っていき、ピタッと止まった。その様子はあまりにも洗練されていて一種の芸術のようだとマイオルは思った。セネカも謎の知覚能力で何とか魔力の流れを感じたようである。

 そして、ほんの一瞬ずつだが剣の魔力が氷、雷、水に切り替わった後で最後には火になった。


「今は分かりやすいように燃やしているが、性質を変化させるのは切る瞬間だけで十分だ。よく見ていろ」


 剣の周りがしんと静かになった。


 サンダーボアが物凄い速さでこちらに近づいてくる。

 アッタロスは微動だにしていない。

 ゆっくりと構えて敵の動きを見ている。


 魔物が剣の間合いに入った瞬間、アッタロスは足を踏み出して、袈裟に斬った。

 その太刀筋は華麗でセネカの理想に近かった。


 サンダーボアは真っ二つになりながら燃え、数秒後には灰になって風に吹き飛ばされてしまった。

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