第23話:金貨

 セネカとマイオルはレベル2になった。

 そこで銅級冒険者への昇格申請と王立冒険者学校への入学申請を同時に行うことにした。


 レベルアップによる昇格をするためには証明が必要である。

 銅級冒険者はギルドが一定の実力を認めた者なので、自己申告だけで昇格させるわけにはいかない。

 そこで、申請者は教会へ行き、レベルの証明書を発行してもらう必要がある。


 王立冒険者学校の特待生として認められるためにも審査が必要だ。様々な手続き方法があるが、ギルド経由でレベルの証明書を提出するのが一番手っ取り早いとマイオルが言っていた。

 なので二人揃って教会に来ているというわけである。


 レベルの証明書を発行するためには寄進という名の料金を払わなければならない。

 これには金貨一枚かかる。


 金貨は大金だ。

 二人は鉄級冒険者にしては安定してお金を稼いでいるし、メーノンが回収してくれたあばれ猿の変種の素材が高く売れた。しかし、それだけでは十分ではない。

 マイオルはこの日のためにお金をコツコツと貯めていたし、セネカは貴族の刺繍という臨時収入があったので何とかなった。


 冒険と生活のために必要なわずかなお金を残して、二人は自分で稼いだ財産のほとんどを証明書につぎ込むことになる。

 セネカはそんな大金を使ったことがないので、頭の中がぐわんぐわん揺れている。


 教会に着くと受付係のシスターがいたので、二人はレベルの証明書を発行したいと言った。

 幼い少女がレベルの証明書を求めてくることなどこれまでなかったことなので、シスター訝しげな表情を浮かべた。

 しかしマイオルが金貨を取り出すと慌てふためいて、突然丁寧な態度となった。


 二人は個室に通された。

 シスターが人を呼びに行くというので、少し待つと男が入ってきた。

 男は司祭様と呼ばれている。


「お嬢様方、私、この教会の鑑定を担当しているプリムスと申します。本日はレベルの証明書を発行したいと聞きましたがお間違い無いでしょうか?」


 プリムスは馬鹿丁寧に挨拶をしてきた。

 ボロが出るのでこういうときセネカは黙っていることにしている。


 マイオルが答える。


「はい。間違いありません。寄進が必要と聞いておりますので金貨を用意しています」


 そう言ってマイオルは金貨を出した。


「この金貨の出所を伺ってもよろしいでしょうか?」


 マイオルは司祭の表情から疑われているのだと感じた。


「自分たちで冒険者ギルドの依頼をこなして貯めたものです」


「そうですか。それを証明する文書はありますか?」


「いえ、ありません」


「申し訳ありませんが、出所の分からないお金で寄進を受けるわけにはいかないのです」


 ギルドの依頼に文書などないことは分かっているはずなので、断る際の文句なのではないのかとマイオルは思った。

 セネカとマイオルはこの足でギルドに向かおうと思っていたのでボロい服を着ている。確かに金貨を持っていそうな身なりではない。

 もう少し小綺麗な格好をしてくるべきだったとマイオルは反省した。


「そういうことですので⋯⋯」


「待って下さい!」


 マイオルが立ち上がって言った。


「一刻ほどお時間をいただけませんか? 今からギルドの方を呼んでくるのでお待ちいただいけたら分かると思います!」


 司教は考える素振りを見せたあと、突然横柄な態度で言った。


「一刻で良いんですね? それでは一刻だけ待ちますが、来ないようならこれっきりですので」


 マイオルはセネカを見て言った。


「セネカ、ごめん。全力でギルドの人を連れてきて。できればトゥリアさんが良いけど、顔見知りだったら誰でも良い!」


「分かった」


 セネカは部屋を飛び出して行った。

 普通だと間に合わないが、セネカが本気で走れば大丈夫な計算である。





 マイオルは司教と部屋で二人になった。

 何だかイライラしているようだ。


 話がおかしいとマイオルは思った。

 マイオルたちがどこかから盗ったお金だとしても、鑑定したらレベルがバレてしまうので意味がない。

 もし本当にレベルアップをしているのだとしたら、金貨を持っているのはそれほど変なことではない。


 話として矛盾しているので、単に気に入らないだけなのかもしれないなとマイオルは考えていた。


 二人になった瞬間、何かされるかもしれないと考えたがそういう様子もない。

 返り討ちにしようと身構えていたマイオルは、油断しすぎないようにゆっくりと息を吐いた。





 しばし待つとセネカがトゥリアを連れてやってきた。

 一刻は確実に経っていない。

 トゥリアはゼーゼー言っているので余程急いでくれたのだろう。セネカが運んできたのかもしれない。


 司教が何かを言い出そうとしていたが、セネカが遮って言った。


「受付のおじさんに私が出てから帰ってくるまでの時間を記録してもらいましたけど、一刻も経ってないですね」


 司教が悔しそうな顔をしていたので、難癖つけるつもりだったのかもしれないとマイオルは思った。


 それからはトゥリアと司教が話を始めた。


「プリムス様、このようなことがないように以前正式にお願いをしたのですが、まだ続けられるおつもりですか?」


「確かに通告は受け取りましたよ。ですが、本当に怪しい者に対して問いただす義務が教会側にあることもご承知いただきたい。常識的に考えて、年端もいかない少女が金貨を持って来るのが自然でしょうか? 私はそうは思いませんね」


「よく分かりました。それではこのことは大司教様にギルドから報告させていただきますのでご承知下さい。問い合わせが来た時も同じようにお答えいただければと思います。冒険者ギルドとしては別の担当者を希望しますので、後日改めて伺いますね」


「待ってくれ。そこの二人のレベルを見ればいいんだろう? 君が来て身分が保証されたんだ。こちらが問題に思ったことは解決されたよ」


 司祭は狼狽えて言った。


「分かりました。それではすぐに二人のレベルの証明をお願いしますね。私はギルドに帰りますので。それでは失礼しました」


 そう言ってトゥリアは出て行ってしまった。


「お前ら、早く金貨をよこせ! だましやがって!」


 司祭はイライラしながら訳の分からないことを言ったので、セネカは「トゥリアさんに今のも報告するね」と伝えて黙らせたあと、鑑定を受けた。





 証明書を発行してもらってから教会を出ると、トゥリアがいた。


「ちゃんと証明書はもらえたかしら? あの人、冒険者を目の敵にしているみたいで、いつもこうなのよ。この前もギルドから抗議したのだけれどね」


「何でそんな人が担当になっているんですか? レベルの証明をするのなんてほとんど冒険者なのに」


 マイオルが聞いた。


「半分嫌がらせね。教会には反ギルド派がいるのよ。ちょっとの嫌がらせだったら教会の上層部も目を瞑るけれど、今回みたいに重なると、ギルドも強く抗議することになると思うし、無視できなくなるはずだわ。そこまでにの事態になるとあの人も困るから態度を変えたのね」


 その後も二人は色々と聞いてみたが、トゥリアには上手くかわされて、情報は得られなかった。


「それにしても、二人ともレベル2になるなんてすごいわ! やっぱりこの前のあばれ猿かしら? 大変だっただろうし、心配もしたけれど、良い結果になってよかったね」


 セネカは「うん!」と景気良く返事をして、トゥリアの腕に抱きついた。


「トゥリアさん、銅級昇格が認められるのにはどれぐらいかかるの?」


 セネカが溌剌とした声で聞いた。


「これから銅級昇格の申請をして、バエティカ支部での承認を得てから代表都市のギルドに連絡が行くの。この辺りだと王都の本部ね。王都とは高速便でやり取りできるから早ければ来週には通知が来ると思うわ」


「うんうん」


「そしたら、二人は依頼の達成度が高いから簡単な面談をするだけで銅級になれるわよ! さらに一週間か二週間待てば、特待生として受験を受けられるって認められると思うわ」


「あれ? 銅級になったらもう特待生になれるんじゃないの?」


 セネカが聞いた。


「簡単な面接や模擬戦があるのよ。いくら腕が良くても人格に問題があったらダメでしょ? だから一応設定されているみたいだけど、それで落ちたって話は聞いたことがないわねぇ。でも、気を抜かずに頑張らなきゃダメよ?」


「はーい」


 セネカは手を挙げて返事をした。


「セネカは勉強もしておいた方が良いわよ。冒険者学校でも授業はあるし、冒険に関することは今のうちに予習しておいた方が良いわ」


 マイオルはちょっぴり得意気だ。


「勉強かぁ⋯⋯」


 セネカはしょんぼりだ。


「そうね。セネカちゃんは賢いから勉強したらすぐ覚えると思うわよ」


 トゥリアはセネカの頭を撫でてあげた。


「あたし、特待生の申請が通ったら実家に帰るんだぁ」


 そんなことを話しながら三人はギルドに帰って行った。


 しかし、二週間待っても、三週間待っても二人の銅級への昇格通知はやって来なかった。

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