第112話:夜明け

 ペリパトスが戦いを始めてから一日が経とうとしている。

 常識外の耐久力を持つ相手に対して攻撃を続け、ようやく勝ち筋が見えてきた。


 敵に回復能力がなくて良かったとペリパトスは思っている。魔物は『扉』から溢れてくる魔力を使うのに長けているので、無限に思えるほど魔法を使ってくるのだ。


 だが、周囲に漂う魔力を扱えるのは目の前のカモシカデーモンだけではない。ペリパトスも同じ能力を体得している。


 際限なく利用できる魔力を使ってひたすらに防御を重ねてくるカモシカデーモン。同じように魔力を使って攻撃し続けるペリパトス。戦いはペリパトスが優勢だが、決め手にかけるという状況だった。





 ペリパトスがレベル5に上がったのは十年以上前のことだけれど、そんなに前という気はしない。なぜならスキルを使いこなすのに多大な時間がかかったからだ。


 通常レベルが上がると新しい能力を二つ得る。


 一方は共通スキルと呼ぶ者が多い。例外の存在は知られているものの、同じスキルを持つ者はレベルが上がれば同じ能力を得る。

 例えば【剣術】ではレベル2になる時にほぼ全員が[剣術II]という能力を得る。


 もう一方は個別スキルとも言われているが、単にサブスキルと呼ばれることが多い。こちらは個人の資質に合わせた能力が授けられると考えられていて、レベルが上がるごとに個々人によって分化していく。

 【剣術】ではレベル2になる時にほぼ全ての者がサブスキル[豪剣]を得るが、レベル3になる時にはさまざまで、珍しいサブスキルもある。


 これが常識だ。だがペリパトスがレベル5に上がった時、三つの能力を得た。共通スキル、サブスキル、そしてエクストラスキルだ。


 通常、新しい能力を得ると大体の使い方が分かるようになる。発展の要素はあるものの、能力の発動方法をはじめとした基礎情報も能力と一緒に獲得する。


 だが、ペリパトスがエクストラスキル[円十字]を得た時、何の情報も得られなかった。あった情報は名前だけ、それだけで使い方を模索しなければならなかった。



 ペリパトスはレベル5の冒険者達に聞き取りをした。その結果、全員がレベル5に上がる時にエクストラスキルを獲得したと知った。そして誰もが困惑し、発動条件を探すのに多くの時間をかけていると分かったのだった。


 例えば当時最高峰と呼ばれていた冒険者は、レベル5になってからかなりの年月が経つようだったが、エクストラスキルを使いこなせるようになったのは最近だと言っていた。長年研鑽を続けてエクストラスキルの使い方を調べたらしい。

 どんなスキルかは教えてくれなかったが、発動方法や発動条件にはいくつもの種類があり、一つを見つけたからといってそれで終わりではないようだった。


 それを聞いてからペリパトスは試行錯誤を続けた。


 ペリパトスは【十字剣】という過去に例のないスキルを得てから、様々な工夫を続けてレベル5までたどり着いた。しかし、それまでの努力が甘かったと考えるほど創意を重ねることになった。


 最初の数年間は[円十字]に関する進歩はほとんどなかった。だが、自分のスキルと向き合い、固定観念を捨てていくことで【十字剣】の力をさらに発揮できるようになっていった。


 ペリパトスは納得した。

 レベル5の人間がなぜあんなにもスキルを上手く使うことができるのか不思議に思っていたけれど、みんなエクストラスキルを使うために己を磨いていたのだ。



 ペリパトスの努力に進歩があったのは、古代遺跡の調査の依頼を請け負った時だった。気まぐれに受けた依頼だったけれど、神話の時代から存在すると噂される遺跡でペリパトスは円十字に出会った。


 遺跡に円十字のシンボルが刻まれていたのだ。


 戦いのことばかり考えていたペリパトスは、そこではじめて本気で勉強をした。と言っても投げ出さずに書物を読んだりとか、詳しい人に話を聞きに行くとかいったことであったけれど、ペリパトスはそれまでの人生でそんなことをしたことがなかったのだ。


 そんな慣れない作業の後、ペリパトスはついにエクストラスキルの使い方を編み出した。





 ペリパトスは[円十字]を発動する機会をずっと窺っている。


 カモシカデーモンと気の抜けない攻防をひたすら繰り返すうちに、夜はいつのまにか更けて、今では空が白む気配を見せている。


 長い時間戦ってきたおかげで敵の耐久は削れてきている。あとは決め手となる技を発動出来れば討伐できるだろう。

 だが、出そうとしている技には溜めが必要で、その時間を作らなければならない。


 ペリパトスはエクストラスキルが使えるようになってから修行を重ね、やっと実戦でも使えるようになった。


 未だに何が正しいのかは分かっていないけれど、攻撃の威力だけは高いと確信している。


 ペリパトスは巨大な剣を振りながら、敵を見る。敵の厚い皮には幾つもの十字の傷が入っている。


 よく聞かれることがある。


「【十字剣術】はなんでそんなに強いんですか?」


 そんなこと知るかと跳ね返したいところだが、何度も何度も聞かれるので、ペリパトスは次第に自分でも考えるようになった。


 答えはきっと単純だ。


「十字の交点に威力が集中するからだ」


 ペリパトスがスキルを発動しながら剣を振るうと、たった一振りであっても十字の斬撃が発生する。

 それはそういうスキルだからというだけで、合理的な理由などない。

 十字の斬撃の威力は交点で何倍にも膨れ上がる。そう表現すると量の違いだけに思ってしまうけれど、そうではないことをペリパトスは知っている。


 量の違いは時に質の違いを生む。

 攻撃できなかった物に攻撃が通るようになる。傷しかつけられなかった物を断ち切ることができるようになる。

 ペリパトスはそんな質の差を肌で感じながらここまで研鑽を重ねてきた。


「おらぁ!!」


 カモシカデーモンに渾身の攻撃を放った時、宙に浮いていた敵の巨体が僅かによろめいた。


 その隙はペリパトスが状況を決定的にするためには十分なものだった。


「[かける]!!!」


 敵の周囲に無数の十字剣が発生し、ほんの僅かな時間だけ、敵の動きを止める。


 敵を捕らえたことを確認した後、ペリパトスは地面を蹴り、再び空に上がった。





 ペリパトスは空が好きだ。

 故郷が焼け野原になり、家族も友達も知り合いのおじさんでさえも灰になってしまった日、絶望するペリパトスを助けてくれたのは空だった。

 凄惨に広がる景色の中で、空だけはその優美さを保ち、ペリパトスの退廃的な視界に色を届けてくれた。


 そんな空を統べるものがある。


 ペリパトスは魔力と闘気をかき集め、心の中で真円を描いた。

 そしてあの日、古代遺跡で見たシンボルを思い浮かべる。


 真円に囲まれた十字、それは古代では『陽』を意味していた。


 ペリパトスは心の中で真円を裂くように十字を切り、エクストラスキルを発動する。


 カモシカデーモンはこの刹那の間に拘束から抜け出そうとしている。だが、もうお終いだ。


「⋯⋯陽光十字剣」


 その発声と共に、ペリパトスは[円十字]を使った。


 ぎゅうううぅん。


 空に光り輝く円十字が出現する。

 白んでいた空が一瞬だけ明るくなり、新しい世界の始まりを告げる。


 そしてペリパトスが自慢の十字剣をカモシカデーモンに向かって振り下ろすと、魔物は光に飲まれ、瞬く間に灰に変わった。





 ニーナは戦いの終わりを確認してから、奥へと向かっていった。

 進んでゆくとペリパトスが倒れていて顔をニーナに向けている。

 早く行かなくてはと思ったけれど、目線の先に広がる巨大な亜空間を見て、ニーナは立ち止まってしまった。


「そんなもんを眺める時間はいくらでもあるから、こっちにきてくれー」


 覇気のない声が聞こえてきた。

 ニーナはハッとして、ペリパトスの方に向かう。


「魔物は来たか?」


「うん。十匹くらい。でも弱かった」


「だろうな。俺の戦いの気配があるのにこっちに向かってくるのは、死の気配すら読めない弱っちい奴だ」


 ニーナは頷いた。


「ニーナ、預けたポーションを渡してくれ」


 ニーナは荷物から体力と魔力を回復するポーションを出して栓を抜き、横になっているペリパトスに渡した。おそらく最高級の品質だろう。


 ペリパトスはそれを受け取り、グビっと一息に飲んだあと、また口を開いた。


「ニーナ、俺の技を見たか?」


「うん」


「俺は剣士だが、戦い方が独特でな。むしろお前みてぇな槌士のほうが勉強になると思ったんだよ」


 ペリパトスは「へへへ」とでも言いそうな様子でニーナに言った。


「すごかった」


 ニーナも尊敬と興奮が混じった声でペリパトスに応える。


「⋯⋯俺の生涯で一番の攻撃、心に刻んでおけよ」


 そんな言葉を掠れた声で吐きながら、ペリパトスは目を瞑り、力を抜いた。


 誤解を与えるようなことを言った気がしたけれど、もう我慢の限界だったのだ。


 死んだと思って全力で焦るニーナのことは放っておきながら、ペリパトスは盛大に眠った。

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