第113話:至高

 ファビウスは塔の上から監視をしていた。

 戦いはまだ一日目で、これから夜が明けるところだ。


 魔物はひっきりなしにやってくるが、冒険者たちの活躍とゼノンの超人的な魔法によって都市は無傷だった。

 都市には続々と戦力が集まって来ている。これならゼノンも均衡を保ちながら戦いを続けられるだろうとファビウスは思っていた。


 ファビウスの隣にはゼノンが立っていて、都市防衛のことについてあれこれ話してくれる。

 大事なのは兵站へいたんだとか、緊急時に無理を通すためには予め段取りを整理して統制を取っておくことが肝要だという話だった。


 ゼノンはどう見ても生徒を導いてくれる先生のようであったけれど、本人にとってはこれでも教えているつもりはないらしい。


 そんなゼノンが口を開いた。


「ファビウス、向こうを見てみろ」


 ゼノンが指をさすのに従って大森林の方を見てみると、地平線に光輝くものが出現していた。

 『夜明けか』とファビウスは思ったけれど、あちらは陽の出る方向ではない。

 よく見るとそれは十字に光っており、尋常ではない力を持っているようだった。


「ペリパトスだ」


「えっ?」


 狼狽えながらも観察を続けていると、輝く十字は下に落ち、続け様に独特の音が鳴り響いた。


「ファビウス、至急シメネメを呼んでくれ。私もあそこに行かねばならぬ」


 ファビウスはすぐに塔を降り、防衛部隊の現場指揮をしているシメネメに声をかけに行った。





「シメネメ、ペリパトスが守護者を倒したようだ。休息の時間が必要だろうから一時いっときののちに私も向かう」


「分かりました。至急、準備を進めます」


「昼前には魔法が発動するがそのあとは魔法壁を解除する。『豪農』の仲間は集まったのだな?」


「はい。全員揃いました」


 『豪農』はシメネメがリーダーのパーティだ。全員が農家出身なのだが、それにちなんだスキルを持っているのはシメネメだけである。


「分かった。それでは私がいない間の全体指揮をシメネメに任せる。他の白金級冒険者がやって来たとしても、冒険者全体の統率を取るのはシメネメが適任だろう」


「承知しました。この状況で来るとしたら、ピュロンくらいですかね?」


「私の把握している限りではあるがピュロンが来る可能性があるな。奴が来たら好きにさせるのが良いだろう」


「俺には制御できませんからね。でも来てくれたら心強いです」


「ピュロン以上の援軍は期待しない方が良い。私も早急に戻るつもりだが、何があるかは分からん。頼んだぞ、シメネメ」


 ゼノンの言葉を受けて、シメネメは重々しく頷いた。





 話をしてから少しすると、『扉』が存在する地点から青い狼煙が上がった。ゼノン曰く、あれが守護者討伐完了の合図だそうだ。


「ファビウス、ペリパトスの準備が整ったようだ。これから『扉』を閉じに向かう。着いてきてくれ」


 ファビウスは戦いの準備を整えていたけれど、これから何をするのかは聞かされていなかった。


 ファビウスはゼノンの揺るぎない瞳に応えるように頷き、高速移動に備えた。

 びゅーん。ゼノンの魔法が再度発動し、二人は瞬く間に大森林に移動した。

 

 ファビウスが辺りを見回すと、ペリパトスとニーナがいる。


「来たか、ゼノン」


「あぁ。迅速な討伐に感謝しているぞ、ペリパトス。だが、あれだけの規模の[円十字]でないと仕留められないほどの守護者だったのだな?」


「そうだ。回復能力こそなかったが、俺がソロで戦ってきた中で最も強い守護者だっただろう」


「⋯⋯やはり今回も一筋縄では行かないかもしれんな」


「そうだな。だが、俺たちはすべきことをするしかない」


 ペリパトスとゼノンの会話を聞きながら、ファビウスは目の前に浮かぶ『扉』に目を奪われていた。

 自分の背丈の何倍の大きさもある赤黒い穴が口を開いているのだ。ファビウスの反応は当然のものだった。

 そんなファビウスにニーナが近づいていく。


「ファビ君⋯⋯」


「ニーナ、無事だったか」


「うん。すごい戦いだったよ」


「こっちもゼノン様の動きは凄まじかったよ」


「トリアスは無事?」


「今のところは傷ひとつないよ」


 二人は情報を交換しながら禍々しい亜空間を眺めている。


「さて、そしたら始めるか」


 威勢よくペリパトスが言った。


「ニーナ、ファビウス、これから俺とゼノンはその穴を塞ぐ。力を使い果たすから二人で保護と警戒を頼む」


「魔物は来ないと思うが何が起きるか分からないのでな」


「全力を出すから少し離れてろ」


 ファビウスとニーナは話を聞いて何度も頷き、二人から大きく距離をとった。





 『扉』を閉じるためには二つの手順がある。


 まず『扉』の中に全力で攻撃を叩き込むこと。

 そして空間系の能力者が『扉』を塞ぐこと。


 どちらも多大な魔力を消費するので、ペリパトスもゼノンも力を使い果たしてしまうだろう。


 全力の攻撃を行うのは扉の先にいる魔物を殲滅するためだ。

 万一、扉が再び開いてしまった時のことを考えて亜空間に向かって技を放つ必要がある。


 ペリパトスは身体中の闘気と魔力を振り絞った。しばらく休んだおかげでそれなりに回復しているのが分かる。十分な時間をかけて最高の技を出してやろうと息巻いた。


 ペリパトスは巨大な十字剣を肩に担ぎ、目を閉じた。

 そして再び心の中で円十字を思い浮かべ、自分がいま扱える魔力と闘気を全てそこに注ぎ込んだ。


 すると、ペリパトスの目の前に彼の背丈ほどの円十字が顕現し、高速で回転し始めた。

 無限の回転を想い、スキルにその心象を伝えると、円十字は眩く光を発し、キーンと音を出しながら回転を強めた。





 ペリパトスの横にはゼノンが立っている。

 派手な動きを見せるペリパトスとは対照的にゼノンの動きは見えない。


 ファビウスがこれまで会ってきた人の中で魔力保有量が一番多いのはセネカだったけれど、ゼノンの魔力量はセネカのそれを大きく凌駕する。


 セネカの魔力は生命力に溢れて快活な印象を受けるのに対して、ゼノンの魔力は空気のように静かにそこにある。

 そんなゼノンの魔力が今は存在感を増しているように感じる。


 目を凝らすとゼノンの周りの空間が微妙に歪んでいる。

 水を通して風景を見たかのようだけれど、程度は微かだ。



「先に行くぜ!」


 ペリパトスが声を出した。


 ペリパトスの前では光り輝く円十字が尋常ではない速度で回転している。


 ペリパトスは肩に担いでいた剣を両手で握った。

 そして渾身の力を込めて、剣で円十字を弾き飛ばした。


「くらえ!! 車輪十字剣!!!」


 輝く車輪は目にも止まらぬ速度で走り、亜空間に真っ直ぐ吸い込まれていった。



 ペリパトスの攻撃が終わった直後、ゼノンが右手を前に出してつぶやいた。


「[時空泡]」


 目を凝らすと右手の前の空間に歪みのようなものが生じている。


 その歪みはゆっくりと『扉』の方向へ進む。


 そして亜空間に入る時に「ぱちっ、ぱちっ」と軽く弾ける音を出したきり、奥に消えて見えなくなった。

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