第114話:その魔物

「ゼノン、あとは任せたー」


 ペリパトスは気楽にそう言ったあと、地面に座り、胡座をかいた。

 攻撃は終了したので、あとはゼノンが『扉』を閉じるのを見るだけだ。


「あぁ」


 ゼノンは手を大きく広げたあと、大河のように雄大だった魔力を解放し、激流のごとく循環させ始めた。


 ゼノンは広げた両の掌を向かい合わせて、間にある何かを挟み込むように動かした。その動きに伴って宙に浮かぶ亜空間が僅かに小さくなり始める。


「骨が折れるな」


 いつも涼しい顔をしているゼノンの額には汗が滲んできている。


「⋯⋯畳み込まねばならぬか」


 ゼノンは何やらぶつぶつと呟いている。


 横にいるペリパトスは興味深そうにゼノンの顔を見ている。滅多に本気を出さないゼノンの全力が見られるかもしれないと思ったからだ。


 ゼノンはゆっくりと息を吐いたあとで、魔力の圧をさらに高めた。そして透き通った汗を流しながら全てを魔法に投入した。

 

「[次元圧縮]」


 ゼノンがエクストラスキルを発動した途端、それまで抵抗を続けているように見えた『扉』はあっけなく小さくなり、姿を消した。


 ゼノンは楽しそうな笑みを浮かべながら額の汗を拭った。





「ファビウス、ニーナ、私とペリパトスはこれから睡眠を取る。あとは頼んだぞ」


 ゼノンはポーションを飲みながらそう言った。


「分かりました。『扉』はこれで閉じたんですか?」


「そうだ。だが、しばらくの間は空間が荒れたままだろう」


 ゼノンはそう言ったけれど、ファビウスは理解できなかった。


「ペリパトス、私のポーションを飲むと良い」


「お前が持ってるポーションの効果は高いけれど、激マズなんだよなぁ⋯⋯」


「ポーションは癒すために作られたのだ。その原理に従って調合してもらったに過ぎない」


「そりゃ、そうなんだが、人間はまずい薬を喜んで飲むようには作られていないんだよ」


「それもまた真理だな」


「だがまぁワガママ言ってる状況じゃないからな。ありがたく飲ませてもらう」


 ペリパトスはゼノンから瓶を受け取り、毒でもあおるかのような様子で飲み、顔を大きく歪ませた。


 ゼノンはその様子を満足そうに眺めてからもう一度ファビウスとニーナの方を向いた。


一時いっときほど経過したら起こしてくれ。睡眠を取っているだけだから緊急時には起こしてくれて構わない」


 そう言った後、ゼノンは腰を下ろし、膝を抱えて丸まりながら眠ってしまった。


 寝方が意外とかわいいが、見てはいけないもののように思ったのでファビウスは目を逸らした。





◆◆◆



 その魔物は『扉』を通ってこの世界にやって来た。


 魔力の薄い世界に降り立つと、目の前に強大な魔物が立ちはだかった。


 それは『扉』の前に鎮座し、『扉』の成長と共に強くなることの出来る特別な魔物であった。


 魔物同士で戦うことも出来たけれど、彼は同じ匂いのする者と戦うのが好きではなかったので即座に場所を譲り、自分は離れることにした。


 ゆっくりと歩いて強大な魔物の横を通り過ぎる時、両者は目を合わせた。


 『扉』を介さねば決して出会うことのなかった二匹の魔物は目線を交わし、まるで戦友であるかのように心の中でお互いを激励した。





 その魔物は能力を持っている。

 それは時に敵を攻撃し、時に仲間を増やすための能力だ。

 だからまずはひっそりと潜む場所を探し、入念に準備をしてから仲間を呼ぶことにした。


 時折、敵の気配がした。

 自分が探られているような気がしたので、気配を感じるたびにその魔物は能力の使用をやめ、時が経つのをゆっくりと待った。


 そうやって隠れているうちに腹が減っていることに気がついた。

 その魔物は魔力の薄い世界に慣れていなかったので突然に訪れる空腹にいささか驚いた。

 だから、弱い魔物や獣をたくさん狩って、いつでも食事ができるように穴蔵に貯め続けた。





 しばらくすると、戦いが始まった。

 強大な二つの力がぶつかる気配がある。

 あの魔物が戦っているのだろう。


 探られるような気配を頻繁に感じるようになった。

 中には身の毛もよだつほどの不快な波がやってくるが、その魔物は激情を抑え込み、自分の力が気取られないようにしながら、さらに森の奥へ移動していった。


 酷く不快な波は定期的にその魔物を襲った。攻撃を仕掛けたくなるような衝動が溢れたけれど、その魔物は耐えることが出来た。


 反対に、それはあまりにも一定の間隔でやってくるので、その魔物はいつそれがやって来て、いつなら来ないのかを学習してしまった。


 だからその魔物は時期を見ながら少しずつ強い魔物を呼び続けた。





 しばらくすると、絶大な波動があたりに立ち込め、穢らわしい気配が漂った。

 その魔物はあの強大な魔物の敗北を悟った。それほどに強烈な攻撃だった。


 隠れながら近場の魔物を食って英気を養い、その魔物は自らの能力で『扉』の様子を窺っていた。けれど、あの魔物を倒した強者が『扉』から離れる気配はない。


 少しすると同じくらい強大な力を持つ者が現れ、二人は全力で『扉』に向かって攻撃を放った。

 そして、あろうことか魔法で強引に『扉』を閉じてしまった。


 その魔物は、生まれつき備わる知覚能力を動員して、必死に『扉』の気配を探った。


 そしてあることに気がついた。


 強引に閉じられた『扉』の封印はまだ完全ではなく、接合が馴染むまでにまだ時間があるということだった。


 それならまだやりようはある。

 邪魔な奴らを排除する。


 その魔物は覚悟を決めた。

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