第11話:狙撃するね

 早朝、セネカとマイオルは門を出て歩き出した。

 同じ部屋からの出発なので気軽だとセネカは思った。


 今日はバエット山林の端の方で狩りを行う。

 マイオルの【探知】の威力も知っておきたいし、セネカのスキルと剣の腕を見て欲しかった。


 歩きながら話をしていたが、お互いに警戒は怠らなかった。

 街道でも魔物や獣に人など、何が襲ってくるか分からない。

 マイオルは【探知】が使えるので魔物のことは調べられるがそれ以外のものはまだ分からなかった。


 マイオルはセネカを見た。

 よく力が抜けているのに警戒は怠っていない。

 弛緩と緊張のバランスがとても良い。

 中堅の冒険者と比べても遜色ない。


 マイオルは先輩として後輩を助ける気持ちを持っていたが、助けられるのは自分の方かもしれないと考えた。

 この辺りの察しの良さと学習能力がマイオルの一番強い武器だった。


 マイオルがよく使う狩場があるということなのでセネカはついて行くことにした。

 セネカは昨日の段階でトゥリアにマイオルの評判を聞いているので、油断はしていないがそれほど警戒しているわけでもなかった。





 小道を抜けるとバエット山林が見えてきた。

 マイオルがスキル【探知】を使用する。


「こっちに行こう。アントイーターがいるみたい」


 どうやらマイオルのスキルは魔物の種類まで分かるようだとセネカは思った。

 そのままマイオルについていくことにする。


 しばし歩くとセネカにも気配を感じられるようになった。

 方向的にマイオルは迂回してここまできたので、間に何らかの脅威があったのかもしれない。


「マイオルはいつもどう戦っているの?」

 セネカは響きにくい声色で話しかけた。


「様子を伺いながら隙を待って、行けると思った時に突貫することが多いわね」


「分かった。遠い距離での攻撃はしないんだね」


「えぇ。弓もできるけれど、今日は持ってこなかったわ」

 確かにいまマイオルは剣と小さい盾を背負っているだけだ。


「じゃあ、狙撃するね。足止めになるから撃ったら近づいて戦おう」


 そう言うとセネカはキュッと気を引き締めた。

 マイオルはよく分からなかったが、セネカが集中し始めているのが分かったので黙っていた。


 セネカは静かに歩き出し、アントイーターを目視できるところまで近づいた。


 セネカの足取りは確かだが音はほとんど出ていなかった。

 マイオルはセネカの熟達した動きに内心驚いた。


「見えた。撃つね」


 そう言うとセネカは手を握りしめた後、人差し指を開き、親指を立てた。指先をアントイーターの心臓部に向ける。

 瞬間的にセネカの魔力が指先に集まり、圧縮される。


 パンっという軽い音と共にセネカの指先から高速の針が飛び出した。針は大きくて魔力の糸が通っている。


 針はアントイーターの腹部に当たり、背中に抜けた後、地面に刺さった。

 セネカは糸の性質を変化させてアントイーターの体に粘着させてから糸を切った。


「ちょっと外しちゃったね」


 アントイーターは攻撃を受けて即座に移動しようと試みたが、糸に引っ張られてうまく動けなかった。繋がれた犬のようである。


「何が起きているの?」

 マイオルの目は点になっていた。

 いま目の前で非常識なことが起こっている。


「マイオル、ぼーっとしないで! 行くよ!」


 そう言うとセネカはこれまた凄まじい速さでアントイーターに接近して、死角から首を刎ねた。

 その太刀筋は見事なものだった。


 マイオルは惰性で動き出していたが、本気で動いたセネカに追いつけるはずがない。アントイーターの首が落ちるのを遠くから眺めているだけだった。





 セネカとマイオルはアントイーターを比較的安全な場所に運んだ後で解体を始めた。


 解体をしながらマイオルはセネカに質問し続けた。


「色々聞きたいことがあるんだけど、とにかく、最初に撃ったあれは何?」

 マイオルは動揺していたので、手元がちょっと狂って顔に血が飛んだ。


「針」


「針?」


「うん。魔力を溜めて、パンッてすると撃てるって分かったの」


「ちょ、ちょっと待って! セネカのスキルって【縫う】じゃなかった?」


「そうだよ。だからアントイーターを地面に縫い付けたの。動きが悪くなったでしょ?」


 マイオルはそんな話を聞いたことがなかったので混乱した。


「ちょっと待って。話はわかったんだけど理解できないの」


 セネカは魔力を込めて[魔力針]を出した。


「マイオル、見て。これがさっき撃った針だよ。私の魔力で出来てるの」


「聞いたことないわよ、そんなスキル」


「鑑定した神父さんも【縫う】は珍しいスキルだって言ってたよ」


「そりゃそうなんだけど、そういう意味じゃないわ」


 マイオルはなんだか変な汗をかいてきた。


「セネカ、あなたのスキルで魔力の針が出せるのは分かったわ。どうしてそれを撃ってるの?」


 セネカはしばし考えてから答えた。


「自分のスキルでなんとか戦える方法はないかっていろんなことを試したの。すごく長くて、すごく鋭い針を作ろうと思って魔力をぎゅとしてみたら勢いよく針が出てきたから、もうこれで敵を狙えばいいのかなって思ってね。すごく練習したんだ」


「練習したっていつから?」


「うーん。半年前くらいかな?」


「それにしては腕が良すぎない?」


 あの時、セネカ達は弓でしか届かないような距離にいた。それだけ遠くの標的を初心者に近いセネカが攻撃したのだ。


「縫い付けると思って放つと、少しだけ相手の方に針が動くの。その分、魔力をたくさん使うけど」


「そ、そうなのね⋯⋯」


 常識外のことが多くて、マイオルはついに黙ってしまった。





 しばらくすると解体が終わった。


 アントイーターの皮はそれなりに高く売れるので今日の成果としては十分だろうとマイオルは思った。


 マイオルは【探知】を使って魔物がいないことを確かめた。

 そしてセネカの手を引き、大きな木の下に向かった。


 セネカは不思議に思ったがマイオルに嫌な気配がなかったのでそのまま連れらることにした。


 木の下に着くとマイオルはもう一度スキルを使って、脅威がないことを改めて確認し、口を開いた。


「ねぇ、セネカ。あなたもしかしてレベル2なんじゃない?」

 マイオルの声は低く、少し震えていた。


「話を聞いていて思ったの。いくらなんでもそれでレベル1はおかしいわ。もし言えたらで良いの。セネカ、あたしにあなたのレベルを教えて」

 マイオルは懇願するようだった。


 セネカは考えた。

 あれから色々と調査して、レベルのことは簡単に話さない方が良いと確信した。

 いまセネカのレベルのことを知っているのはキトとユリアとシスタークレアだけである。


 セネカは改めてマイオルを見た。

 セネカから見てマイオルは信用しても良さそうだ。けれど、セネカはキトが思ってくれるほど自身の見る目を確かだと思っていない。

 やはり言うのはやめといた方が良いだろうか。


 いや、そうではないとセネカは思った。


 そろそろ実力を隠すのも限界だと思うようになってきていた。

 今なら少しぐらい噂になってもなんとかできるかもしれない。

 リスクが少ないのであれば、マイオルのことを信じてみたい。

 セネカは自分の直感に従うことにした。


「分かった。けど、代わりに冒険学校のことを教えて」

 マイオルは周りの人が知らないような情報も知っていそうだった。


「分かったわ。でもそう言うってことは⋯⋯」


「私はレベルアップしたの。レベル2だよ」


「やっぱり⋯⋯。ね、ねぇ、さっき半年訓練したって言っていたけどいつレベルアップしたのかも教えてくれる? もしかして⋯⋯」


 そう来たかとセネカは思った。

 マイオルは知っているのだ。


「⋯⋯二ヶ月とちょっと」


「はえ?」


「スキルを得てから二ヶ月とちょっとでレベルアップした」


「えええええぇぇ!?」

 

 マイオルの声がちょっと大きかったのでセネカは人差し指を口に当てて声を止めてもらった。


「ねぇ、セネカ。レベルアップの最速記録がどれくらいかって知ってる?」


「知ってる」


 セネカは突然目を逸らし始めた。

 額から変な汗が出てきている。


「言ってごらん」

 逆にマイオルは楽しそうだ。


「⋯⋯十一ヶ月」


「あなたぶっちぎりで最速よ。歴史上最速でレベル2になった女よ。半年前からって言うからそれでもあり得ないと思ったけれど、二ヶ月って何をどうしたらそうなるのよ!」


 セネカは同じことをキトに言われた時も汗が止まらなかった。


「マイオル、冷静になって。きっと隠している人だっているから記録に残っていないんだよ」


「そうかもしれないけれど、二ヶ月でレベルアップした人なんてきっといないわよ」


「きっといるもん!」


「いないわよ」


「いる!」


 お互いくだらないことで言い合いをし始めてしまった。

 いち早く気を落ち着かせたマイオルが場を整え始めた。


「ごめん。くだらないことで熱くなっちゃったわ。でも本当にすごいことよ」


 セネカはまだちょっとプンスカしている。


「後で私も王都の学校の話をするわね。もしよかったらあなたがどうやって熟練度をそんなに早く稼げたのか教えてちょうだい。私のことをもっと信用できるようになったらで良いから」


 セネカはとっくのとうに腹を決めていたので、明日から明後日くらいに話そうと思って、深く頷いた。

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