第12話:私たちきっとすごくなる
あの日からセネカとマイオルは二人でバエット山林に通っている。
マイオルの【探知】は強力で、非常に効率的に狩りをすることができた。
しかしセネカは自分の探知能力が錆びつくのを恐れて、平時は明確な情報を伝えずに誘導してくれと言った。
それを聞いたマイオルは同意してこう言った。
「あたし、スキルを使いすぎてこれが無いと追跡できなくなっているの。山林に入る時に明確な脅威がないことを確認するから、そのあとはスキルを極力使わないようにしても良い? 熟練の冒険者の中には私のスキルの効果範囲よりも遠くにいる魔物を追跡できる人がいるわ」
セネカは納得して頷いた。
マイオルはセネカがレベルアップをした経緯を聞いて、熟練度の稼ぎ方を変えることにしていた。
これまではとにかく頻繁に使うのが良いと考えていたが、極めて質の高い熟練度を稼げれば一瞬でレベルアップできると知ったのだ。
もちろんマイオルにはセネカほどの膨大な魔力はない。しかし、多少はある。それを使ってどうにか質の高い訓練ができないかと思案中だった。
レベルを上げて試験に合格すれば念願の銅級である。マイオルはセネカとの出会いに感謝した。
◆
マイオルと組むようになってからセネカの仕事も効率が良くなった。
敵を倒し、薬草を採取し、帰って刺繍をする。
冒険者という不安定な仕事をしているのに、セネカの生活はやけに安定していた。
バエット山林は銅級冒険者が何人か集まれば安泰と言われるような場所である。そのため、セネカとマイオルだけではまだ満足に奥までまわることはできない。
セネカは追跡の技術を活かして、強い敵と戦うようになってきた。
これまでは一人だったが、マイオルがいれば安心だ。
その日は痕跡から一角うさぎがいることが分かった。一角うさぎは攻撃力が非常に高いが、敏捷に優れるセネカなら簡単に避けられる。
最近斥候の勉強を始めたマイオルが先導して、一角うさぎの場所を探す。
ぶーん。
嫌な音がした。異常時にはマイオルは躊躇うことなく【探知】を使う。
「さそりばちが五匹こっちにきているわ」
さそりばちは尾に毒を持つ蜂の魔物だ。
少し前だったらセネカもマイオルも逃げていただろう。
だが、二人は示し合わせたかのように戦うことに決めた。
キトお手製の強力な毒消し薬もある。
セネカもマイオルも集団に対して攻撃する手段を持たない。
こまめにコミュニケーションをして、一匹ずつ倒す必要がある。
二人がさそりばちを待ち構えていると、一角うさぎもこっちに向かって逃げてきた。
音に気づいたのだろう。さそりばちは一角うさぎにちょっかいを出すことがある。
二人は計六体の魔物を相手にすることになってしまった。生き物というのは読めないのですぐにこういう事態になる。
しかし、セネカは冷静だった。
ぽんっ、ぽんっ、ぽんっ。
三回連続で破裂したような音が鳴った。
セネカが三本の針を一角うさぎに撃ったのだ。
マイオルは最初は慌てていたが「セネカがまたなんかおかしなことを始めたぞ」と思って、かえって冷静になった。
低速で撃ち出したので、一角うさぎは当然避けようとした。
「えいっ」
セネカは一本の針に全力で魔力を送った。
すると、針はちょっとだけ方向を変えて、一角うさぎの脚に刺さった。
当たってしまえばこちらのものだとばかりに、セネカは針についた糸の魔力を操作し、一角うさぎの脚を不自由にした。
そんなセネカを見ながら、マイオルは思い立ってスキルを使った。技の探求に熱心なセネカを見て、自分も何かを試したくなったのかもしれない。
マイオルの【探知】は一回発動すれば、集落一つ分ほどの距離を探知することができるし、魔力を多く使えばもう少し遠くまでのことがわかる。
しかし、マイオルは違う使い方をしてみた。目に見える領域だけを詳細に探知できるように念じながら【探知】してみたのだ。
かなりの魔力が持ってかれる。
しかし、敵の動きが手に取るように分かる。
セネカが先頭のさそりばちに向かって突貫した。あのまま切断するつもりだろう。
マイオルも自慢のばねを活かして、さそりばちの群れに向かって跳躍した。
セネカによって視界が遮られてしまったが、スキルによって後ろのさそりばちの動きもしっかり把握できる。
マイオルの頭は情報量の多さにやられてスパークしそうだったが、なんとか処理している。
後ろのさそりばちが何やら不審な動きをしている。
もしかしたら毒をセネカにかけようとしているのかもしれないとマイオルは思ったので、手に持っていたブロードソードを投げつけた。
べしゃ。
投げたブロードソードは後ろのさそりばちに刺さり、落ちていった。
セネカが体勢を整え、マイオルの横につく。
「今のは危なかったかもしれない」
セネカは言った。
「見えていたの?」
「ううん。なんとなく。毒を出そうとしていたの?」
「その通りよ」
相変わらずセネカは謎の能力を持っているとマイオルは思った。
さそりばちがあと三匹、一角うさぎが一匹いる。
セネカが攻撃を仕掛けに行った。
マイオルはスキルを発動させ続けている。
俯瞰的に状況を見定め、セネカの動きをフォローする。
マイオルはセネカと魔物の動きを予測して、脅威をあらかじめ除くことに注力することにした。
不穏な動きをしているさそりばちを牽制し、隙を見せたら斬った。
一角うさぎがぴょんぴょんと動き始めたので、離脱される前に喉を裂いた。
マイオルの働きで戦況が整理されていく。
セネカは格別に戦いやすくなったのを感じた。
シンプルな状況になれば実力が高い方が勝つ。
セネカは自分の戦いに集中して、残り二匹のさそりばちを瞬く間に斬り捨てた。
◆
マイオルはさそりばちの素材を取りながら、先ほどの戦いのことを振り返っていた。
スキル【探知】の使い方を工夫することで、新しい戦い方が出来たような気がした。
まだ未熟なのは自分でも分かっていたけれど、確かな手応えがあった。
索敵をするだけではなく、戦いにも直接役立てられるスキルなのかもしれないと期待を持った。
【探知】は珍しいスキルだが、上位のパーティになれば保持した者がいる。その大半は斥候だ。
斥候向けのスキルというのはいくつもあるが、危機察知に長けた【探知】はとても重宝される。
マイオルも深く考えることなく、斥候となるべく勉強を開始していた。
だが、そんな安易な考えで良いのかマイオルは疑問を持つようになった。
隣にセネカがいるからである。
セネカは常に新しい戦い方を作っている。
良く失敗もしている。だが、全部本気の失敗だ。
当然のように試して失敗し、その失敗から学んで、ぐんぐん前に進んでいく。
【縫う】という一見生活系のスキルにも戦いに活かせる道があったのだ。【探知】だって他の使い方があるとマイオルが考えるのは当然だった。
マイオルは自分の可能性を考えた。
しばらくはセネカのフォローをしてみよう。
前衛で、他の前衛をカバーしながら戦うのが良いかもしれない。
中衛や後衛で指揮官をするのも良いかもしれない。
後衛で弓を持って脅威を潰し続けるのも良いかもしれない。
マイオルは自分が何に向いているのか分からなかった。
だから試すしか無い。
この先の未来に何が待ち受けているのかは分からなかったが、先が分からないからこそワクワクしている自分に気づいて、とても嬉しい気持ちになった。
これも全て、セネカと寮で同室になったからだった。
セネカを見ていると、未来に希望が持てる。
マイオルは輝かしい未来への階段をまた一段登った。
◆
セネカはセネカで考え事をしていた。
一角うさぎの皮を剥ぐのは脳を使わなくてもできるほどに熟達してきていた。だから、思考に集中できる。
[魔力針]を撃つのは非常に有効だ。
【縫う】を使って攻撃出来るようになったのはこの方法を見つけたからで、本当に良かったと思っている。
だが、このままで良いだろうか?
セネカは狙撃手になりたいわけではない。撃つ攻撃はあくまでも攻撃の補助で、弓や投擲武器、魔法は本職の人たちと比べてしまうと見劣りする。
あくまでも剣士が遠距離攻撃を持っているから強力なのであって、攻撃自体が破格なのではない。
セネカは剣士だ。
だから針を撃つ鍛錬は続けつつも、次の道を探さなければならない。
それは途方もないことのようにセネカは思った。
スキルを得てからやっとの思いで冒険者となって、スキルを活かせる道が見えてきた。
だが、その道はセネカに合った道ではないように感じたのだ。
そもそもセネカの前に歩きやすい道はない。
【剣術】や【火魔法】などとは違うのだ。常に自分の道を開拓しなくてはならない。
常に目を見開いて、獣道を作るように隙間を抜けていかなければならないのだ。
一角うさぎの内臓を埋める穴を掘りながら、セネカはめげそうな気持ちになってきた。
あと何度この気持ちを乗り越えたら両親を超える冒険者になれるのだろうか。
「ルキウス、私、頑張れるのかな?」
山林の空気はとても澄んでいたので、ふと呟いた言葉が風に乗り、ルキウスに届いてしまいそうだった。
「きっとルキウスもキトも頑張っているよね。弱音が二人に届いちゃったら悪いから」
そう言ってセネカは作業を続けた。
さっきのマイオルの動きはとても冴えていたとセネカは思った。
戦闘が終わった後のマイオルの顔は引き締まっていて、目には火が灯っているように見えた。
きっと何かを得たのだろう。
セネカはあの目を見たことがあった。
両親を超える冒険者になると覚悟を決めたルキウス、ユリアの元で本気で学ぼうと決心したキト。二人とも目の奥に光を携えていた。
マイオルは強くなる。
セネカはそう確信した。
このままではマイオルはすぐに手の届かない存在になってしまう。ルキウスもキトも、先に行ってしまう。
いつか羽化すると信じながら自分も前に進んでいくしかない。
セネカは硬く決意した。
そんなセネカの目は、誰よりも強く煌めいていた。
◆
寮に帰って、いつものように寮母ミントのご飯を食べた。ミントは【家政】というスキルを持っていて、その力を振るっていた。
ギルドがお金を出しているだけあって、高い水準で仕事をしているし、バエティカの子供寮の中でミントは一番の当たりだった。
寮の近くにある共同浴場に二人で行き、しっかりと温まった後、各々好きに過ごすというのが、セネカとマイオルの日常だ。
マイオルは【探知】の練習をしていた。
これまでは一瞬で広く詳細に探知が出来るように心がけていたのだが、今は狭い範囲で継続的にスキルを使う訓練をしている。
魔力がゴリゴリと減っていくのでその辺りをどうにかしなくてはならないし、魔力操作もまだ不安定であった。
セネカはのっぺりとしたコヨーテみたいな縫いぐるみを抱きしめながら縫い物をしている。
正確には、両手を使わずに魔力の針を動かすことでなんとか縫い物をしようとしている。
この日の戦いで、魔力を注ぎ込めば遠隔でも針を動かすことができると分かった。これがもっと簡単にできれば何か役に立つかもしれないと思ったのだ。
だが、戦闘の時と違って針はほとんど動かない。
セネカはひたすら「ぬぬぬぬ」と魔力針に念を送っていて、ちょっと怖い見た目だった。
セネカがマイオルの方を見ると、マイオルは目を瞑ってひたすらスキルの練習をしているようだった。
セネカは心の中で「きっとうまくいく」と呟いた。
◆
寝る時間になった。
二人とも早く寝る方なので同じタイミングで寝ることが多かった。
マイオルがベッドに入って電気を消すと、すでに横になっていたセネカが言った。
「ねぇ、マイオル。私たちこれからだよ。きっとこれからすごくなる。私、それが分かっちゃったの。みーんな上手くいくって分かっちゃった」
マイオルはセネカの言ったことをしっかり聞いていたが、突然のことだったので即座に返せなかった。
正直、意味はわからなかったのだが、嫌な気はしなかった。
「ねぇ、セネカ⋯⋯」
マイオルは話の続きをしようとしたが、耳を澄ませるとセネカの寝息が聞こえてきた。
セネカは意味深なことだけ呟いて眠ってしまったようだ。
「すごくなるかぁ⋯⋯。あたしがなれるのかな」
マイオルの声が暗くなった部屋に優しく響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます