第13話:四撃目

 セネカはずっとソロで活動していたが、現場やギルドで声をかけられることもあった。応答をしないことはなかったが、話し上手というわけでもないし、社交的な会話というのが得意ではなかった。


 だがいまはマイオルと組んで依頼をこなしている。

 マイオルは社交的であるし、さまざまなパーティに入っていたから知り合いが多い。

 自然にセネカも他の冒険者やギルドの職員と交流を持つようになってきた。


 ある日マイオルが言ってきた。


「ねぇ、月詠の日が近づいてきているでしょ。近隣の村の子供がバエティカの神殿に来る時の護衛依頼があるんだけど受けてみない? いくつかのパーティの合同になると思うけど」


「受けてみよっか。そういう依頼も今後は出てくると思うから」


「分かった。せっかくだから場所やメンバーはギルドにお任せするね」


 セネカはこくりと頷いた。





 依頼の顔合わせの日が来た。

 小さな村からスキルを授かりに来る子供たちの護衛ということで、ギルドがいくつかのパーティをまとめて、各々に行き先を割り当てている。


 セネカたちはそのうちの最も遠い村に行くことになっていた。三泊の予定である。

 メンバーが明らかになると、マイオルがすぐに動いて、顔合わせをすることになった。


 一緒に仕事をすることになるのは『樫の枝』というベテランのパーティと『新緑の祈り』という十七、十八歳の女性のパーティらしい。


 『樫の枝』は銅級の四人組のパーティで、男が三人に女性が一人である。経験豊富なので、この組をしっかりまとめてくれるだろう。


 『新緑の祈り』はリーダーとサブリーダーが銅級の新進気鋭のパーティで、女性冒険者としての振る舞いを知りたいとマイオルが熱望していた人たちだった。


 ギルドの集合場所に着くと、お互いに自己紹介を始めた。

 セネカはとにかく二つのパーティのリーダーだけは覚えようと努力した。


 『樫の枝』のリーダーはナエウスという名前だった。ガッチリとした体格で両手直剣を使うらしい。

 マイオルの話によると、今バエティカで一番銀級に近い冒険者なのだという。二十代後半になったそうだ。


 『新緑の祈り』のリーダーはアンニアと名乗った。赤毛の長い髪を後ろで縛っていて、短い杖を持っている。

 どんなスキルを持っているかは不明だが、攻撃と回復のどちらの魔法も使えるらしい。

 目は切れ長で色気があるので男性冒険者に非常に人気なのだとマイオルが教えてくれた。


 セネカとマイオルが自己紹介をした後、みんながこちらに寄ってきて色々と質問攻めにされた。

 女性陣は前々からセネカのことが気になっていたが、男共が群がっているし、セネカ自身も愛想が良くなさそうだったので話しかけにくかったのだ。

 しかし、最近はマイオルをはじめとして、セネカが仲の良い人には笑顔をよく見せているので話す機会を伺っていたらしい。


 しばしの歓談の後、お互いの力を把握するために軽い模擬戦を行うことになった。

 主としてセネカとマイオルの力が分かれば良いはずなので二人は率先して前に出た。

 誰と戦うか決めて良いと言われたので、セネカは当然のようにこの場で一番強いと思われるナエウスを指名した。





 セネカは今の自分の力を知りたかった。

 しかしこの場でスキルを十全に使うのが正解かは分からない。なので、まずは剣だけで戦い、機会があるようならスキルを少しだけ使おうと決めた。


 ナエウスは模擬戦用の刃を潰した両手剣を持ってきた。

 目の前にいるのは十歳の少女である。

 実力があるとは聞いているが、いかんせん幼すぎる。怪我をさせないように気をつけなければならないと自らを戒めた。


 セネカはギルドにある模擬剣を見たが、刀はなかったので、軽めの曲剣を手に取ってそれを使うことにした。

 強い敵と戦える歓びが心の奥底からわいてきたが、その気持ちが戦いの邪魔になることがよく分かっていたので少し抑えた。


 ナエウスとセネカはお互い離れた距離で構えた。

 ナエウスはセネカの構えが堂に入っていると感じたので警戒度を上げた。


「いつでもいいぜ」


 ナエウスがそう言い終えると同時にセネカは飛びかかった。


「はやっ!」


 ナエウスはセネカの想像以上の速さに驚いた。しかしその程度でやられるような鍛え方はしていない。

 セネカの攻撃をさっと受け流した。


 セネカはもともと攻撃が入ると思っていなかったので、体勢を整えた。

 すぐに二撃目、三撃目を放ったが、これもナエウスに簡単に流された。


 ナエウスは、セネカの攻撃は速いが単調だと思った。

 予想を超える速さにただ受けるだけになってしまったが、これなら返すなり、出鼻を狙うなり、やりようがある。

 ナエウスは迎え撃つつもりで体を引き絞った。


 セネカは凄まじい速さで反転し、遠間から四撃目を放つために体を動かした。

 右足だけ。


 ナエウスはセネカが同じリズムでしか攻撃してこない幼稚な剣士だと決めてかかっていたので、セネカが右足だけ動かして止まったことで完全に拍子を乱された。


「まじかっ!」


 この時ナエウスが元の勢いのまま冷静に踏み出していれば悪くなかったのだが、つい踏みとどまり、完全に体勢が崩れてしまった。


 セネカは一瞬だけ停止したが、すぐに飛び出している。

 ナエウスは完全に虚をつかれ、不安定な体勢でセネカの攻撃を受けなくてはならない。


 マイオルはセネカが勝ったと勇み喜んだ。


「[豪剣]!」


 ナエウスがサブスキルを発動させる。

 すると、魔力流が活発になり、ナエウスの身体が爆発的に強化された。


 ナエウスは恐ろしい速さで剣を振って、セネカの剣を打ち払った。

 凄まじい攻撃にセネカは体ごと吹き飛んだが、空中で体勢を整えて着地した。

 ナエウスが強力な攻撃をしたので、マイオルは悲鳴をあげそうになった。しかし、セネカはケロッとしている。


「軽いな」


 ナエウスがそう言った後、セネカはめげずに次の攻撃を仕掛けた。


 それからと言うもの、セネカに良いところはなかった。

 何をしても対応される。攻撃をすれば返され、回避すれば追尾され、防御すれば崩される。

 [魔力針]で奇襲をかけたかったが、その技を出す間もなく、なす術がなくなった。


 ナエウスは本気だった。

 下手なプライドを持って手加減を始めたらセネカにやられると思ったのだ。

 結果的にやり過ぎてしまったが、彼の戦士としての矜持が手を抜かせなかった。


「参りました」


 セネカの通る声が闘技場に響いた。

 セネカの顔には傷がつき、所々あざになっていて痛々しかった。

 一方、ナエウスは無傷だった。


 『新緑の祈り』のアンニアが走ってセネカのところに向かう。魔法で傷を癒すのだろう。

 アンニアも他のメンバーもマイオルも、ナエウスに抗議をしようと息を吸った。

 だが、ナエウスが先んじて言葉を発した。


「そいつは、セネカは俺と同格の剣士だ。俺に抗議することはその嬢ちゃんを貶めることになる。俺は本気を出さざるを得なかったんだ。だから、讃えてやってくれ。彼女は強かった」


 ナエウスは微笑んでいた。

 信じられないことだが、この十歳の少女は近々銅級に上がってくるだろう。それだけの実力がある。

 自分たちと同じところまでやってくる。

 そんな将来有望な世間知らずを守ってあげるのが、自分たちのやるべきことであるようにナエウスは思ってしまった。


 バエティカで一番銀級冒険者に近い男ナエウスは、熱心なセネカファンになった。





 治療を終えたセネカはケロッとしていた。


 セネカが本気で戦う様はマイオルに強く印象付いた。

 ナエウスの言葉には世辞も含まれているだろうとマイオルは思っている。マイオルが思う以上にセネカの剣は強かったが、さすがにナエウスと同格とは言い難かったからだ。

 しかし【縫う】を使った遠距離攻撃を加味すれば、冒険者としての実力はすでに銅級に匹敵しているのかもしれない。

 マイオルが目指す姿がそこにあった。


 セネカの模擬戦が終わったので、次はマイオルの番だ。

 セネカは自分の実力を測るためにこの模擬戦を使った。その意気にあてられて、マイオルも一番戦いたい人にお願いすることにした。


 マイオルは深呼吸をしてから言った。


「アンニアさん。お願いします」


 アンニアは短く「分かった」と言って戦いの準備を始めた。


 『新緑の祈り』のアンニアは、十二歳で冒険者学校に入ったとマイオルは聞いていた。

 在学中に銅級に上がり、十五歳で卒業した。

 その後、バエティカを拠点として活動を続けている。


 同じ年齢の時のナエウスより強いかもしれない。


 マイオルの武器は剣だ。

 片手でも持てる軽量のブロードソードを使っているが、何が最適なのかはわかっていない。


 対するアンニアは小さい杖を持っている。

 拳三つ分の長さの木に赤い鉱石がついている。


 マイオルは【探知】を使った。

 実は魔力を感知できるようになったと気づいたのだ。

 セネカに反応があった時には、ついに魔物化したかと驚いたものだが、どうやらセネカのバカでかい魔力に反応したようだった。

 しかし、その能力はいまだ不安定であるし、ごく僅かである。魔力は持って数分だろうが、ここでその力を試してみる価値はある。


 マイオルは片手に剣、もう片手に小さい盾を持っている。

 その構えは年相応だったのでアンニアはほんの少し笑みを浮かべた。しかし、さっきのセネカとナエウスの戦いを思い出して、気を張り直した。


 戦いはマイオルが突撃するところから始まった。マイオルとしては、とにかく魔法を使ってもらわなければ始まらない。なんとか魔法を使わせる状態に持っていきたかった。魔法を奥の手のように思っていたからだ。


 しかし、アンニアは初手から魔法を放ってきた。マイオルにとって嬉しい想定外だ。

 アンニアは小さい氷を飛ばして、マイオルの進行を邪魔してくる。


 マイオルは自分の目で見ている光景と、【探知】による俯瞰的な視点を両立させている。頭がおかしくなりそうだったが、なんとか剣と盾で氷を弾き、アンニアに接近する。


 マイオルが剣を振り下ろすと、アンニアは華麗に回避して、瞬時に後退し、また距離をとった。

 その動きは流麗で見失ってしまいそうだった。


「魔法使いがノロマだとは限らないのよ」


 そう言ってアンニアは攻撃を再開した。

 アンニアの攻撃は少しずつ強くなっている。もしかしたらマイオルを鍛えようとしてくれているのかもしれない。

 大きい氷弾の後ろに小さな氷弾を隠して撃ってくることもあったが、マイオルには見えていたので適切に対処することができた。


 マイオルは防戦一方だった。

 硬直した局面をなんとか打開したかったが、強引に切り込んでも負けてしまう未来しか見えなかったので、良い状況になるのをひたすら待った。


 アンニアはマイオルの狙いを察して、全力を出すことにした。

 アンニアの魔力が脈動し、両手に凝縮する。

 これはアンニアのとっておきだ。『樫の枝』のメンバーは見たことがあるので、ここで晒すのは悪くない。


 アンニアもナエウスみたいに後輩に冒険者としての矜持を見せたかった。


 突然アンニアの両手から魔法が放たれた。

 右手からは氷弾だが、左手からは電撃が迫ってくるので、マイオルは慌ててしまった。

 なんとか電撃を防ごうとしたが、構えた盾にも微小な電気が伝わり痺れてしまった。氷弾をかろうじて防いだものの、次の行動を取れる態勢ではなくなってしまった。

 マイオルが気づいた時には瞬間的に移動したアンニアが横にいて、マイオルの首に短剣を突きつけていた。


「そこまでだ!」


 ナエウスの声が響き渡り、マイオルは床に座り込んだ。


 アンニアはマイオルの肩に触れて治癒魔法を使った。


「よく我慢したわね。あの状況で焦れずに良い流れが来るのを待ったのは正解だったわ。あなた、もっと経験を積めば良い指揮官になるかもね」


 こっそりと言ってくれた。


「私に[二重魔法]まで使わせたんだから、頑張るのよ。マイオル」


 流し目で微笑むアンニアの顔はマイオルから見ても魅力的で思わず赤面してしまった。


 鼻を伸ばした『樫の枝』のメンバーたちが殴られるのも当然の成り行きであった。

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