第168話:二つの恋

 マイオルはストローの後について移動しながら、「なんの話だろう」と考えていた。

 ストローが向かっているのはあまり人がいない区画なので、重要な話の可能性が高い。

 そうなると話題は限られるが、少し前にストローがレベル3になったという話を聞いたので、そのことかもしれないとマイオルは思っていた。

 それか、もしかしたらプラウティアのことだったりするのだろうか。彼女はストローたちのパーティから抜けて『月下の誓い』に合流することになるので、そのことで何かあるのかもしれない。『羅針盤』のリーダーはプルケルだが、ストローが交渉を行うことも多いようだった。


 そんな風に考えながら歩いていると、ストローは街のはしっこにある空き地に入った。周囲にはランタンが灯っているため、ぼんやりと明るくなっている。

 ストローはマイオルの正面に向き直り、ずっと閉ざしていた口を開いた。その顔は真剣でマイオルの目をまっすぐ見ている。


「マイオルちゃん、こんな状況の時に申し訳ないんだけれど、どうしても君に言いたいことがあってさ……。だから、俺の想いを聞いてほしいんだ」


 そんな風に始めて、ストローはマイオルとの思い出を語り出した。

 最初に出会った時のこと、一緒に勉強をしたこと、そしてストローのことをマイオルが天才だと言ってくれたこと。どれも懐かしく素敵なことだったとストローは話す。


 ここへ来て、さすがのマイオルもこの話がどこに向かっているのか分かった。だって話すストローは楽しそうだったし、真っ赤な顔でマイオルのことを見ていたのだから。

 そんなストローを見つめながらマイオルはゆっくりと気持ちを決めていった。


 マイオルはたくさんの物語を読んできた。中でも好きなのは英雄譚だったが、英雄の活躍の裏には愛があり、彼らは大切な人のために戦いを続けていった。そんな恋にマイオルも憧れたものだった。

 いつか自分も誰かと結ばれるのかもしれない。素敵な人が目の前にやってきて愛を誓うことになるのかもしれない。そんな風に考えたことはマイオルにだってあるのだ。

 セネカとルキウスみたいに、プラウティアとファビウスみたいに恋ができたらなぁとマイオルはずっと思っていた。


「俺はマイオルちゃんが好きなんだ。俺と一緒に来てくれないか? パーティは今のままで良い。だけど、少しの間だけ一緒に過ごすことはできないだろうか……」


 ストローは申し分のない男だ。

 貴族の生まれであり、成績も優秀で冒険者としての能力は格別だ。マイオルが彼を天才だと評した言葉に偽りはない。

 女子に人気があることもマイオルは知っているし、実はガイアやプラウティアにストローはマイオルに気があると言われたこともあった。

 だからこんな日を考えたこともあったのだけれど……。

 

「ストロー、ごめんなさい。今は誰ともそういうことを考えられないの。セネカもいないし……ううん、セネカが帰ってきたとしたら余計にあたしは前に進みたいと考えると思う。だから今は誰とも恋をするつもりはないの。あたしはもっと強くなりたいから」


「……そっか」


 マイオルは頭がズキズキしてくるのを感じた。しょんぼりするストローの顔を見て、自分が取り返しのつかないことをしたのだと分かったけれど、考えを変えるつもりはなかった。


 続けて言いたいこともあった。「今じゃなければ」とか「あなたみたいな素敵な人に想ってもらえて嬉しかった」とか、そんな言葉を伝えたかったのに、息が苦しくて何も言えなかった。


 かろうじて言えたのは「お互い頑張りましょうね」というだけで、マイオルはその場にいられなくなり、ストローを残して一人で立ち去ることにした。

 だけど、空き地を出る時にほんの少しだけ冷静になり、彼に聞こえるようにしっかりと言った。


「ストロー、ありがとうね。また会いましょう」


 マイオルは逃げるように走り出した。





 マイオルの感情はぐちゃぐちゃになっていた。

 あれで良かったのかと何度も問い直すけれど、答えは同じだ。それなのに胸が締め付けられる。全力で泣きたい気持ちだけど涙が出てこない。

 マイオルはこれまで何度も自分や仲間の命がかかった決断をしてきた。それよりも重いことをだったとは思えないのにこんな気持ちになるのは初めてだった。


 街の外壁に沿って走っていると向こうのほうから誰かがやってくるのが分かった。すぐに【探知】で調べるとそれは冒険者学校で一個上だったセクンダだった。

 セクンダは『宵星』というパーティのリーダーをしていて、卒業後も地道に成果を上げているという話を聞いていた。

 卒業後は関わりがなかったけれど、以前セネカがセクンダに応急処置を学んでいたのでマイオルも親交があった。どうやら彼女も追悼祭に来ていたようだ。


 マイオルは何と声をかけようかと考えたけれど、【探知】で見えるセクンダの姿が何だか変だ。いつもハキハキしている雰囲気のセクンダが俯き、力無く歩いている。目元を拭う仕草から彼女が泣いていることも分かった。


 何かがあったのだろうと察したマイオルは【探知】の範囲を少し広げた。気取られることがあるし、盗み見してしまうことが多いので街中ではあまりこの力を使わないようにしているが、別に禁止されているわけではない。


「そっか……」


 セクンダがやってきた方向を【探知】したことでマイオルには事情が飲み込めた。

 申し訳ないが、今のマイオルがセクンダに話しかけるのはやめておいた方が良いかもしれない。


 そのままマイオルは進んで行った。もしセクンダがマイオルのことに気がついたら話そうと思っていたけれど、セクンダは変わらず下を見ながら歩いており、そのまま通り過ぎてしまった。

 その姿を見てマイオルの胸はさらに痛みを増した。


 言葉に出来ない気持ちを抱きながら歩き続けると城壁を背に立ち尽くす男の姿が見えてきた。

 男は何か考え事をしているように見えるが、その佇まいに隙はなく、敵に襲われればすぐにでも反撃できそうだった。

 街中だからなのか今日は腰に剣をつけている。


 男はマイオルが近づいてきたのに気がついて鋭い目付きになった。だけどその気配に覚えがあったため、すぐに緊張を解いた。


「……マイオルか」

「ケイトーさん」


 これまた冒険者学校の一個上のケイトーがそこにいた。ひたむきに己を鍛えて強さを求める姿から、彼は敬意を持って武人と呼ばれていた。


 ケイトーとセクンダは同郷だ。マイオルはセクンダがケイトーに好意を抱いていることを知っていた。

 何の因果か分からないがケイトーもマイオルと同じように想いを打ち明けられ、そして断ったのだろう。


 ケイトーの表情は上手く読めないが、心なしかいつも以上に固いように見える。どこか所在なさげで、戦闘中のあの迷いのなさとは対照的だ。


「お久しぶりです」

「あぁ……」


 ケイトーは元々口数が少ない人間だが今はさらに口が重そうだった。

 マイオルも今はたくさん話したい気分ではなかったので、ちょうど良いかもしれないと思ってケイトーの横に立った。


 ケイトーとセネカとマイオルは三人で訓練をしていたことがあった。そのときも黙々とその日の課題をこなし、疲れた時は一緒に地面に倒れたこともあった。

 絆とまでは言わないが同じ志を持つものとしての仲間意識をマイオルは持っていた。


「……また強くなったんですね」

「俺にはそれしかない」


 ケイトーはそう言い切った。マイオルはそんなことないと返そうとも思ったけれど、言葉以上の意味がありそうだったので引っ込めることにした。


 その返しの代わりにマイオルは装備していた剣に手をかけて「私も強くなりましたよ」と言ってみた。

 乗ってくればそれで良いし、そうでもなかったら立ち去ろうと思っていたら、ケイトーも剣に手をかけた。

 けれどすぐに剣から手を離して「やるなら外に出るか」と言った。ここで戦ってしまうと大きい音が鳴るのでいまはまずいと思ったのだろうとマイオルには分かった。


「少し出ますか。追悼祭のために駆除したので魔物もあまりいないでしょうからね」

「あぁ、警備も強化されているだろうが鍛錬だと言えば許されるだろう」


 マイオルは頷いて門に向かって歩き出した。剣を交える気分かというとそんな訳はなかったのだけれど、このまま何にもしないよりは気が紛れて良いと思ったのだ。


「俺には恋愛感情みたいな微妙な感情を理解する心がないのかもしれないな。強くなることしか頭にないのだから」


 背後からそんな声が聞こえてきたので振り返ると、ケイトーは珍しく苦笑いを浮かべていた。それにつられてマイオルも何だか笑ってしまった。気持ちが分かるような気がしたのもつられた理由なのかもしれない。


 それから街の外に出た二人は無言で剣を打ち合い、巡回する警備兵に止められるまで訓練を続けた。

 

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