第169話:後悔と傲慢

 夫ともにルシタニアからトリアスまでやってきたルシアは、追悼祭の二日目の式典に参加していた。


 街の中心にある広場では今、昨年のスタンピードで活躍した人が集められ、改めてその功績が讃えられている。


 舞台の上には二人の白金級冒険者をはじめとした冒険者たちが多く立っているが、中でも目立つのは『月下の誓い』の女の子たちだ。彼女たちは広場に集まった人々に注目されながら立派な態度でそこにいた。


 マイオルからセネカ行方不明の一報が入った時、ルシアは心臓が止まってしまうのではないかと思った。冒険者ギルドを経由した速度重視の情報だったので、不正確なこともあるとは知っていたが、夜も眠れなかった。


 さらに数日後、マイオルから手紙が届いた。そこにはセネカとルキウスが再会したこと、だけど二人で行方不明になってしまったことが書かれていた。


 その情報を聞いてルシアは夫のアンダと共に胸を撫で下ろした。あの二人のことだから時間が経てばまたひょっこり帰ってくると思ったのだ。


 その後、マイオルとキトがルシタニアにやってきてしっかりと話をしてくれたのもあって、ルシアはとにかく二人の帰りを待つことにした。きっと大丈夫だというマイオルたちの言葉をルシアは信じていたけれど、その話をするマイオルの暗い表情を時々思い出した。


 そして一ヶ月が経ち、半年が経ち、一年が経とうとしていた。マイオルは定期的にルシアに手紙を送ってくれているが、セネカたちの消息は掴めないままのようだった。


 キトに誘われて、ルシアとアンダはトリアスの追悼祭に参加してみることにした。最初ルシアは気乗りしなかった。セネカもルキウスもまだ生きていて追悼される側ではないため、参加する気にならなかったのだ。


 だけど、このままもし二人が帰ってこないのだとしたら、その功績をしっかりと見て、守ろうとした都市を心に刻むのがせめてもの罪滅ぼしだと考えるようになっていった。


 トリアスに来てからキトがさまざまな人と会わせてくれた。みんながセネカのことを知っていて、楽しそうでも寂しそうでもある顔でいろんな話をしてくれた。


 ルシアはずっと後悔している。あのときセネカとルキウスを引き取ることができたら二人はつらい思いをせずにいられたし、行方不明になることもなかったのではないかと考えずにはいられない。


 きっとその後悔は持ち続けるのだろうとルシアは思っている。だけど孤児院に入ってからの二人の話を聞くと、二人は温かい人たちに囲まれて、とても努力していたことがよく分かる。


 自分たちが引き取ったからといって、もっと良い人生を歩ませられたとは限らないのだから、後悔しすぎるのは傲慢かもしれないけど、ルシアは考えることをやめることができなかった。


 せめて無事でいてほしい。マイオルの隣に成長したルキウスとセネカがいる姿を思い描いて、ルシアは祈りを捧げた。





 ガイアはニーナと二人でトリアスの街を歩いていた。

 二人とも午前中から式典に参加していたため、昼遅くなってやっと解放された。


「ガイア、美味しいお菓子のお店に連れてってあげる」


 トリアスはニーナの地元なので、昨日からおすすめのお店を紹介してもらっている。話しかけてくる人は少ないがニーナの顔をじっと見つめる人がたまにいるので、やはり知り合いは多いのだろう。


 セネカがいなくなってからガイアはニーナと話す時間が増えた。ニーナはパーティメンバーを除いてセネカが最も仲の良かった友人だから、セネカの寮の同室だったガイアに元々興味があったらしい。


 ニーナとセネカは結構似ているところがあるなぁとガイアは思っている。二人ともただの感覚派に見えるけど、意外とよく考えているし、戦闘中に試行錯誤し続けるところも一緒だ。


 そんなニーナは最近新しい友人ができたらしい。


「ぺっちゃんとこの前食べたクッキーが美味しかった。これから行くお店もなかなか」


 その友人はどうやらぺっちゃんというあだ名の王都の冒険者で、度々会っているようだ。ニーナの話だと訓練仲間のような感じがしているが、ファビウスも会ったことがないらしい。


 ガイアはぺっちゃんがどういう人なのか詳しく聞かないままここまで来てしまった。推測するに年上で、ニーナよりも強くて王都の食事処に詳しい。きっとは、それなりに名の通った冒険者なのだろうとガイアは考えている。


「ぺっちゃんも追悼祭に来てるんだっけ?」


「そう。でも、忙しいみたいだから一昨日ちょっと話しただけだった」


「もしかしてスタンピードの時にはぺっちゃんも戦いに参加していたのか? というかあだ名以外を聞いたことがなかったような……」


「ぺっちゃんは戦いに参加してたよ。昨日も舞台上にいたしね。――あっ、このお店だよ! ついたついたっ!」


 舞台の上にいた女性冒険者の顔を思い出しながら、本名を聞き出そうとしたのだが、お店に着いてしまったようだ。

 こうして情報を聞き出そうとしたことはあったのだが、都合よく躱されてしまうことが多い。



 ガイアはお店に入り、ニーナおすすめのお菓子とお茶を注文した。ニーナによればこのお店は牛乳で煮出したお茶も美味しいらしい。ちょっと塩が入っているのが美味しさの秘密だとも聞いた。


「ファビウスとプラウティアはゆっくり過ごせているのだろうか。ニーナ、ファビウスは何と言っていた?」


「うーん。ファビ君は私には何とも言わないんだよね。でも何があってもプラウティアが『月下の誓い』に合流したいと思っているのは分かってるよ。ただそれでも諦めるつもりもないと思うなぁ。ファビ君、結構頑固だから」


 ニーナは「あのファビ君がこんなに恋に一生懸命になると思わなかった」と言いながらちょっとだけ遠い目をしていた。ニーナはファビウスのことを弟のように思っているらしいが、見た目的には完全にニーナが妹である。


「ガイアは気になる人いないの?」


「うーん。私はあんまりないな。自分のことで精一杯だ。ニーナはどうだ?」


「私もないけど、そろそろ相手を作ろっかなぁ」


 ニーナとこういう話をしたことがなかったし、意外だったのでガイアはびっくりした。


「参考までにニーナはどんな人が好みなんだ?」


「うーん。顔が良くて強くて将来有望そうな人かな」


「……結構ストレートな好みだね」


「他に大事なことってあったっけ?」


 思っていたよりも現実主義な答えでガイアは苦笑いした。ニーナは自信満々の様子である。


「頑張って王立冒険者学校に入って、銀級冒険者が見えてきてるからね。私やガイアと結婚したいと思う人なんてたくさんいるよ?」


 王立冒険者学校は名門だ。退学してしまったとはいえ、そこに入学してAクラスにまでなったガイアは有望株だと見なされてもおかしくない。

 自分たちは恋人を選ぶことができる経歴だとニーナは言っているのだ。けれど、ガイアは中々そうは思えなかった。


「そうかもしれないがなぁ……」


「いつ命を失うか分からないってガイアの方が分かっているはず」


 ニーナが思いのほか強い口調で言ったので、ガイアは驚いた。だけど一年前、たまたま生きながらえただけのガイアにとって、その言葉はとても重かった。


「だから私は納得できる人と一緒になりたいなぁと思うなぁ。自分に正直にね」


「自分に正直かぁ⋯⋯」


 出来そうもないとガイアは顔をしかめた。

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