第202話:さじ加減

 ピュロンがアッタロスに詰められるのを横目で見ながら、セネカはマイオル達と話している。


「セネカ、『羅針盤』がいまどこにいるか知ってる?」


「分からない。少し前は南部にいるってニーナから手紙が来たけれど……。やっぱりニーナ達と一緒に戦うことになる?」


「そうね、それが一番良いと思っているわ。若くて実力があるとなるとね。連携も取れるし、何よりファビウス君がいるから」


 ギィーチョの話を聞いたとき、セネカの頭に浮かんだのも『羅針盤』だった。彼らであればこの厳しい状況でも信頼するに足る。


「……私の記憶に間違いがなければ、彼らはバルニ圏谷にいるはずだ。数日前、プラウティアがファビウス君からの手紙を受け取っていた」


 ガイアが言った。最近手紙が来たのであれば、まだそこにいる可能性が高そうだ。


「それなら西に移動してから都市エインで話を聞けば足跡が辿れそうね。セネカ、ピュロン様と一緒に向かって貰える?」


「うん、分かった。ニーナ達にお願いすれば良いんだよね?」


「えぇ、そうね。ギィーチョ様、今回のことはどれだけ情報を開示して良いものでしょうか」


 マイオルはこちらの様子を静かに見ていたギィーチョに聞いた。


「情報漏洩に最大限注意し、護衛団への勧誘意思がある限りにおいては情報を伝えて構わない。出立の前に君たちには誓約を結んでもらうからその条文をよく読むことだな」


「誓約書はわしがしっかり確認したものじゃからある程度は信頼して良いぞ。そもそも、王国も教会も事態の大きさの割には最低限の要求じゃったがな」


「……分かりました」


 グラディウスが付け足した。彼が見たものであるならば、問題はないだろう。


 セネカは誓約について、記された規約を破った者に対して魔法的な制裁を加えるためのものということは知っているが、実際に結んだことはなく、詳しいことは分かっていない。


 普通は軽いもので結び慣れるはずだが、今回のどう考えても重い。少し前にグラディウスが『抜け道のある誓約は多い』と言っていたが、龍に関する情報はは巧妙に秘匿されていそうだ。


「ガイアはどうする? セネカと行っても良いとあたしは思っているけど」


「……私も『羅針盤』の元に行くことにしたい」


「それじゃあ、決まりね。セネカとガイアはピュロン様と一緒に西部の方にお願い。その間にあたしは最後の一人をどうするか考えておくわ。そしてピュロン様が戻り次第、次の勧誘に行こうと思うの」


 セネカはマイオルの指示に頷いた。プラウティアのいない『月下の誓い』の戦闘員は五人、『羅針盤』も五人なので、あと一人を入れる必要がある。


 何人かの顔が頭に浮かんだが、誰が適しているかは作戦にもよるだろう。


「モフとルキウスは教会に来ると良い。『月下の誓い』の推薦が正式に決まるまでに少し時間があるじゃろうから、今のうちに話をしておこう。マイオル、それで良いじゃろうか」


 マイオルはグラディウスに「お願いします」と言った。


「それじゃあ、あたしはまずキトと一緒に作戦を立てることにするわ。今回のことについて調べたいこともあるしね。キトはそれで良い?」


「うん、良いよ。だけど記憶が鮮明なうちに今回の会議の内容を整理しておきたいかも」


「そうね。それじゃあ、まずはその作業をお願いするわ」


 部屋に入ってからずっと黙っていたキトが初めて口を開いた。おそらく一言一句違わない議事録が作成されるはずだ。


 キトならこれまでの話に入ることが出来ただろうが、意図的に口を噤んでいたのだろうとセネカは思った。


「俺はゼノン師匠に会ってくる。プラウティアと対面できるかは分からないが、情報を擦り合わせたいからな」


 アッタロスも立ち上がった。


「フローリア様は、今後はどうなさりますか? 王都に滞在するのであれば、教会でも王国でもギルドでも賓客対応を受けられると思いますが……」


「私はプラウティアの動きに同調して行動しようと思っています。あと何日かはプラウも王都にいると思うので滞在しますが……『月下の誓い』の皆様の所に行くことは出来ないでしょうか?」


 フローリアは懇願するようにセネカ達のことを見た。

 マイオルは一瞬頬に手を当てて考えた後に言った。


「プラウティアのお姉さんとしては何も問題ないですが、見ての通りおもてなしをすることは出来なさそうです。それに、有事の際に動くことも出来ないと思うのですが、フローリア様が外部の者に襲われるということはありませんか?」


「威圧されることはあるだろうが、実際に手を出す者はいないだろうな。今の情勢だとどの陣営だったとしても手を出した瞬間に内外の全てが敵に変わるだろう」


 ギィーチョの返答を聞いてマイオルはにっこり笑い、「私たちとしてはフローリア様に滞在していただいて問題ありません」と言った。


「それではお願いします。申し訳ないのですが、畏まった対応に慣れていなくて……」


 フローリアは困ったように笑い、頭を下げた。


 セネカは自分が『国王筆頭補佐官』や『教会の元枢機卿』に頭を下げられ、へりくだった態度を取られている状況を想像してみた。確かに辟易とするだろう。


「話がまとまったようであれば、別室で誓約を結んでもらおうか。緊急事態であることを鑑みて、今後もここに来れば私に話が通せるようにしておく」


 ギィーチョはやや穏やかな表情で言った。


 全員でゆっくり部屋を出て行こうとする時、背後から声が聞こえてきた。


「それにしても『月下の誓い』の戦力は充実している。交渉の能力も高いし、何より――」


 セネカは振り返り、ギィーチョを見た。その目はこれまでで一番鋭く、とある少女のことを見ていた。


「王立魔導学校始まって以来の天才薬師と呼ばれるキト嬢もいるのだからな。開発した新型のポーションを王国にも下ろして頂けるようにはなりますかな?」


「開発と改良が充分進みましたらご相談させていただきます。現在は師匠のユリアと話し、安全性の確認が不十分だと考えております」


 キトが答えるとギィーチョはまた笑みを浮かべた。


「なるほど。彼女を温存したか、マイオル」


「……何のことだか分かりませんね。それでは、また後ほどよろしくお願いいたします」


 全員で頭を下げてから部屋を出た。

 そして別室に移動しながらキトが言った。


「いつ薬の改良が充分になるかって、こっちのさじ加減よねー」


 愉快そうな表情の幼馴染の顔を見て、セネカも頬を緩ませた。ルキウスは何故か疲れた顔で苦笑いだった。

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