第203話:寝っ転がって食べる干し肉は美味しい

 ピュロンの円盤の中で食べる干し肉は美味しい。そんな風に思いながらセネカは寝っ転がっていた。


 先ほどギィーチョ達の話を聞いた後で、セネカは誓約を結び、ガイアとピュロンと共に王都を発った。


 誓約の内容は想像していた以上に緩かった。これはセネカ達に与えられている権限が大きいことを意味するので、今回の事態の重さを再確認することが出来た。儀式が終わった後に結び直す可能性があるようだったけれど、その時のことはあとで考えることにしている。


 マイオル達との打ち合わせもした。『羅針盤』に開示する情報や今回の依頼を受けてもらう条件をすり合わせ、すぐさまピュロンがスキルで作った円盤に乗っているという次第だ。




 セネカが寝ている場所から離れた所にはピュロンとガイアがいて、熱心に話し合っている。


「――ピュロン様は段階的に圧縮を行なっていった方が安全性が高いとお考えなのですね」


「うん、そうだね。ガイアのスキルでは自動的にその辺りの制御をしているんだと思うけれど、自分自身で魔力を臨界状態にするのであれば、そちらの方が危険がないと思う」


「そこについて考えたことはありませんでした」


 ピュロンの円盤に乗れば目的地である都市エインまでそう時間はかからないのだが、ガイアは積極的に議論を持ちかけている。というのもガイアは今回の『争陣の儀』で一番力を発揮しにくいのが自分だと考えているようだった。


 細かい戦いの規則はこれから明らかとなるが、殺傷性の攻撃を避けることになるというのがギィーチョやグラディウスの見解だった。となると、非常に殺傷力の高いガイアの【砲撃魔法】を撃てる場面は限られるはずだ。


 そこでガイアはピュロンに相談して【砲撃魔法】、特に[花火]をさらに上手く使う方法を模索している。


 ちなみにピュロンについては、面倒なので人の目がある時以外は、本名のピュロンで呼ぶことになった。セネカとルキウスだけは何故か呼び捨てだ。


「ボクの推測だけど、ガイアの[花火]ってさぁ、手動制御が必須だけど自由度の高いサブスキルなんじゃないの?」


「手動制御ですか……?」


「だって音を大きくしたり、魔力を飛び散らせたりとかも自分で制御しているんでしょ? それって普通のスキルとは違うと思うんだよなぁ……」


「そうでしょうか? 確かに始めはスキルをどう使えば良いのか分かりませんでしたが……。強くなるにはスキルをある程度は手動で制御できなければなりませんよね?」


 同意を求めるようにガイアがこちらを向いて来たので、セネカは頷いておいた。


「間違いではないけれど、それは高レベル帯での話だよ。ガイアはまだレベル2でしょ? そのくらいだったら自分のスキルを馴染ませながら少しずつ出来ることが増えていくものなんだよ。何に使ったら良いのかも分からず、ほとんどスキルの補助が入らない能力なんて……レベル5にならないと出てこない」


 セネカは立ち上がり、二人の方に近づいていった。


「ピュロン、自分でスキルの調整をするのは当然なんじゃないの?」


「……キミ達って、当然のようにスキルの方を調整しようとするよね。普通は人がスキルに合わせて活動していくんだよ。そして使用とともにスキルが成長していくから、またそれに合わせて鍛えていくというのが多くの人が通る道だよ」


「えっ、そうなの?」


「そうだよ。まぁ、でもその考えの方がきっと正しいのだろうねぇ。おかげで『月下の誓い』は面白い力を持つ人ばっかりだからね」


 ピュロンは楽しそうに笑った。そしてしばらく黙ってからまた口を開いた。


「……今回のことってさ、すごく特別なんだ。どれくらい特別かっていうと、普段は誓約で言ってはいけないことも言えちゃうくらいなんだよねぇ」


「そうなの?」


 セネカ達が誓約を結んだ時、アッタロスやピュロンもまた別の誓約を結んでいた。どちらかと言うと制限を解除するようなものだと聞いていたので、その話をしているのだろう。


「ちょっと制限を緩くし過ぎているんだよねぇ。ゼノン様がそれに気が付かない訳がないから、多分意図通りなんだろうけどさぁ」


 ピュロンは少し真面目な顔になった。セネカもガイアも黙り、何を言い出すのか待っている。


「このことはパーティの人以外には決して話してはいけないよ?」


「分かった」


 ガイアも「当然です」と言ってすごい勢いで頷いた。


「レベルアップってあるでしょう? ボクはレベル5なんだけど、レベル4と5では大きく違うことが一つあるんだよ。それは共通スキル、サブスキルの他にもう一つの能力、エクストラスキルを得るってことなんだ」


「エクストラスキル……」


「そう。このエクストラスキルっていうのは強力だけど厄介で、名前以外の情報はないんだ。そこから自力で発動方法を探らなきゃいけないし、何なら使う方法は一つじゃないんだよねぇ」


「一つの能力で色んな使い方があるってこと?」


「その通り。しかもスキルを手動で制御しなくちゃならないんだ。大体の使い方を想像して念じれば発動するそれまでの能力とは違って、自分なりの方法を作って行かなければならない。使い方が分かるまでに何十年もかかる場合もあるみたいだし、場合によってはその力を使えないまま、この世を去る人もいるみたいなんだよねぇ」


 セネカはピュロンの話に夢中になった。いま語られていることは、スキルの根幹に関わる情報で、最高峰に到達した者しか知ることのできないものだ。


「ガイアやセネカのスキルを見ていると、手動で制御していることが多いでしょ? それって、エクストラスキルみたいな使い方なんだよね。これまでの人々はエクストラスキルを得てから試行錯誤すれば良いと考えていたと思うんだけれど、キミ達を見ていると違う道もあるんじゃないかって思えてくるよね」

 

「私たちの成長の秘訣はそこにもあると思う?」


 ピュロンは頬に手を当てて考え始めた。


「そうだね。あとさ、キミ達ってルキウスも含めて女神に対する信仰があんまりないでしょ?」


「そうだけど、何で分かったの?」


 セネカは首を傾げた。


「見てれば分かるってのもあるけど……スキルってさ、女神アターナーから授かった完璧なものって考えている人が多いんだよね。だから不完全な人間の方がスキルに合わせるのが当然って認識がどこかにあるんだよ。レベルが上がってくると必ずしもそうではないって感じてくるんだけれど、キミ達には元からそういう考えがなさそうだから」


「ほえー、なるほどね。確かにスキルが完璧で不変なものだと思ったことはないかなぁ。むしろ、スキルこそ神様みたいに人間の願いを叶えてくれるものだって私は思ってるなぁ。ガイアはどう?」


 ずっと難しい顔でピュロンの話を聞いていたガイアは頭に手を当てながら話し始めた。


「私はまだレベルが低いから確たる考えはないのだが……そうだな、確かにスキルは動的なものという考えもある。だが一方で、人間が形成するものではなく、奥に潜む真価を探っていくようなものでもあるとも思うかもしれない」


 ガイアの考えは少し違うようだった。だけど、その答えがガイアらしかったのでセネカは微笑んだ。


「科学の法則みたいに探究していくものみたいってことだよね?」


「……そうだな。例えば、彫刻みたいにおぼろげな形が段々と見えてくるようなものとかな」


 ガイアと話を続けていると突然ピュロンが「わはは」と笑い始めた。


「どうしたの、ピュロン?」


「キミ達って本当に面白いよね。もう何十年もエクストラスキルを調べてる爺さん達よりもよっぽど参考になるよ」


 ピュロンには思うところがあるみたいだったけれど、それが何なのかは分からない。


「だから思うんだよね。そんなキミ達がエクストラスキルを得たとしたら、どんなものになるのかなってさ。きっと、それはガイアの言う真価を発揮するようなものになるとボクは思っているんだけどねぇ」


 セネカはピュロンの言葉を反芻しながら干し肉を噛み締めた。歯応えはあるが繊維は良く解け、塩味が染み出てくる。


「さてと、議論はここまでにしようか。そろそろエインが見えてくるからね」


 ピュロンは立ち上がって外を見た。今回はしっかり地図を見ているので方向は問題ないはずだ。


 セネカは干し肉を噛み続けながらまた寝っ転がろうとした。そしてその時、ちょっと閃いた。


「……あっ! そういえばだけど、今回の戦いにピュロンが出てくれたりしないの? すっかり忘れていたけど、ピュロンが出てくれれば百人力だよ!」


 そう言うとピュロンもガイアも少し気まずい顔になった。何か間違ったことを言っただろうか。


「セネカ、ピュロン様は見た目はこの通りだが、お歳はそれなりに上だぞ?」


「えっ?」


「確かアッタロス先生の少し下だと聞いていたが……合っているでしょうか?」


「う、うん。そうだよ。ボクは昔スキルで作った薬を飲んでからほとんど歳を取らなくなっちゃったんだよねぇ。……というか、セネカってもしかしてずっとボクのことを同い歳くらいと思っていた?」


「そ、そうだよ? 同年代に自分よりもずっと強い人がいてすごいって思っていたの」


 セネカは動揺で手に持っていた干し肉を落としてしまった。


「も、もしかしてピュロンって私のお父さんたちと同世代だったってこと?」


 ピュロンはゆっくり頷いた。


「えぇー!!!」


「セネカ、本当に分かっていなかったのか……」


 驚いたセネカは落ちた干し肉を拾い、本当に短い時間だけ不貞寝をした。


 気の毒に思ったガイアが膝枕をしてくれたので、ちょっと得をしたと思っていたのはセネカだけの秘密だった。

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