第204話:沢蟹

 セネカがピュロンの円盤で都市エインに向かっている時、ギィーチョは国王の執務室にいた。


「『月下の誓い』はどうだった?」


 王は楽しそうな表情だった。王は変わった人間や才能のある者たちの話を聞くのが好きなので、彼女達に興味を持っていることは当然ギィーチョにも分かっていた。


「噂に違わぬ者達でした。戦闘力は私には分かりませんが、話の理解力や状況判断能力は、あの歳ではかなりのものかと思います」


「そうだったか。要請を受けたという報告は受けたが、どんな様子だった?」


「緊急事態に慣れていると私は感じました。伊達に死線を潜ってきてはいないようですね。要請に関しては、仲間を助けるために行く気持ちが強そうでしたが、情報を取り切るまでは安請け合いしない慎重さもあったと思います」


 話せば話すほど王の機嫌が良くなっていくのが分かる。良すぎる印象を与えるのは好ましくないが、事実を言わないのはもっと良くない。


「聖者ルキウスはどんな様子だった?」


「ほとんど言葉を発しませんでした。ああいう場ではリーダーのマイオルに任せることになっているのか、他の者はほとんど口を開きませんでしたね」


「その場には薬師キトも同席していたと聞いたが、彼女が前に出てくることもなかったということだな?」


「その通りです。話を受けることが決まって、次の動きに関する議論を始めた時にようやく全員が口を開き始めました。その議論の様子を見るに、全員が深く状況を理解していると感じました」


「お前の目から見ても彼女達の輝かしい業績は偶然ではなさそうだったということで良いな?」


「間違いありません。仮に偶然だったとしても、それを糧にさらに成長するような恐ろしい少女達です」


「お前が恐ろしいと感じるほどか! それは面白いな!」


 王は「わっはっは」と笑った後で、顔を僅かにひそめた。


「聞けば聞くほど、セルギウスがキト嬢への対応を誤ったのが悔やまれるな。だが、未熟な者が学ぶ場であることを考えれば仕方あるまい。それに、奴も迂闊であったが、魔導学校にあれほどの規格外がいることを想定しろというのが難しすぎる」


 王が言っているのは第三王子のセルギウスのことだった。キトは昨年第三王子に絡まれて嫌な思いをしたようなので、王家への印象は良くないだろう。


「だが学校に入ったこと自体は良かったようだな。味方が増えずに苦労しているようで、日に日に壮健な顔付きになっていくわい」


 王はまた笑った。だが、ひとしきり楽しむとまた顔を引き締めた。


「それで例の少女はどうだった? アッタロスやレントゥルスだけでなく、ゼノンやピュロンまで気にかけているようじゃないか」


 そう言われてギィーチョはその少女のことを思い浮かべた。


 彼女は色素が薄く時折銀色に見える髪を後ろで結んでいて、ボーッとしているように見えた。華奢に見えたが手足はすらっと長く、器用に剣を扱うと聞けば、納得できる部分がない訳ではなかった。


「正直掴みどころがありませんでした。私たちが話している間には別のことを考えているようにも見えましたが、後からの振る舞いを見るに理解度は悪くなさそうでした。場に緊張感が走れば即座に戦闘態勢を取ったりと、様子がコロコロ変わります」


 王は身を乗り出して話を聞いた。こういう人材のことが王は好きだ。


「見れば見るほど混乱が深まりました。歴史上の全ての偉人を超えて、最速でレベル4になった冒険者にはとても見えなかったですね」


 報告書で知る少女の情報は時に勇敢であり、時に和やかだった。直接相見えることで彼女の両極端な情報を統合できると考えていたのだが、謎は深まってしまった。


「事前情報がなければ、ただのほんわかした少女だと思ってしまったかもしれませんね。ただの少女はすぐに刀に手をかけたりしませんが」


「ますます興味が湧いたな。だが、ゆっくり見守ることにしようか。最大限助けてやりたい気持ちもあるが、その手の天才は支援しようが仕舞いが関係ないからな」


友誼ゆうぎを結ぼうと働きかけなくて良いのですか? 国で囲うことも可能です」


「その必要はない」


 王が何と答えるかギィーチョは分かっていたが、言わないことはできなかった。


「それは結局彼女達のくさびにしかならないであろう。今回も内心では相当譲歩したのだと私は見ている。もしこの国にいて欲しかったら、彼女達にとって居心地の良い場所にすれば良いのだ。そうすれば自然とその環境を守ろうと動くようになるだろう」


「だから囲う必要はないと」


「そうだ。それはどんな組織でも同じことだな。誰にだって家族や友人はいる。隣人を守りたいという気持ちを持ち続ける限り、人は国など捨てんよ」


「差し出がましいことを申しました」


 ギィーチョは丁寧に頭を下げた。『月下の誓い』だってこの国の民だ。その基本は変わらないということを王は言っていた。


「だが私もぜひ会ってみたいものだな。『月下の誓い』のセネカか……。それにお前とやり合ったというマイオルに聖者ルキウス。グラディウスの孫に、レベル2にしてパーティ最大火力のガイアか。とんでもないパーティだな」


 王は悪巧みをするように笑っていた。そして「そろそろ夕食の時間だな」と言ったが、すぐに口に手を当てた。


「王よ、今日の夕飯は何を食べるのですか?」


「さて何だったかなぁ。それよりもほら、『月下の誓い』の話をもっと教えてくれ」


 王は目を逸らした。やましい気持ちなのだろう。


「陛下は最近南部産の沢蟹料理に耽溺されているという話が私の耳に入っています。今日もまた沢蟹料理なのではないですか?」


「どうだったかなぁ……。だがそうだとしても沢蟹は安価な食材だと聞いている」


「少し前であればその通りです。ですが今は時期が外れたために値が上がっております。それに、そもそも南部の蟹を新鮮なままで王都に運ぶための輸送費も日に日に増しておりますよ?」


「それは商人達が勝手にやっていることだ! 王の御用達だからとな」


 王は焦って反論を始めた。耐えきれず尻尾を出してしまったようだ。


「商人が勝手にやっていても購入価格が安くなる訳ではないのです。それに沢蟹に合うからと酒量も増える傾向にあるようですね」


「ま、待て……ギィーチョ! 先日の諫言通り、私は酒の質を落とし、頻度も下げてきたのだ。その分、少しくらい嗜んでも良いだろう!?」


「良いと思っていたから今日まで黙っていたのです。それに陛下がお飲みになる酒が安いわけがないでしょう。質が落ちたと言っても充分に高級なお酒です」


 王は必死に反論を探していた。勿論言い返そうと思えばいくらでも言うことは出来ただろうが、その衝動を抑えるように王は息を吐いた。


「分かった。だが、それは明日からにする。明日以降、沢蟹の準備は必要ないと伝えてくれ」


「畏まりました。賢王のご判断、痛み入ります」


「これも国のためと思い、精進に励むことにする。不本意にせよ、少女達が国を背負って戦おうとしてくれているのだからな」


 王は一瞬しょげていた表情を戻し、元の精悍な顔付きになった。だが、その日の夕食は今季最後の沢蟹を楽しむために緩んだ顔付きだったことをギィーチョは見逃さなかった。

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スキル【縫う】で無双します! 〜ハズレスキルと言われたけれど、努力で当たりにしてみます〜 藤花スイ @fuji_bana

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