第201話:皮肉の応酬

「『争陣の儀』は早ければ十日後には執り行われる予定です。巫女が樹龍に供物を捧げる『龍祀りゅうしの儀』の前には護衛役が決まっている必要がありますので、遅くとも十五日以内には戦いがあると考えてください」


 フローリアは胸に手を当てながら説明を始めた。先ほどから何度もグラディウスの方を確認している。


 よく考えたら彼女はグラディウスがこちらの味方であることを知らないのだった。先ほど教会の者たちの手荒な様子を見たら気になるのは仕方がないだろう。


 そのことを察したのかグラディウスが口を開いた。


「フローリア様、わしはそこにいるモフの祖父です。教会では以前枢機卿という立場にありましたが、今では古文書が好きな老ぼれ神官でしてな。孫に不利益のある振る舞いをするつもりはありませぬ」


 グラディウスはしわしわの顔で笑った。思わず毒気を抜かれてしまうような表情だった。


「それに改めて言及させて貰うが、その辺りの事情を汲んでわしをここに派遣したのは教皇聖下じゃし、そもそも教会の禁書をいち早く読み込んだのはわしなんじゃよ」


 フローリアは一瞬、ふっと力を抜いた。だが敵ではなくともすごい人たちがいると気がついたのか再び姿勢を正した。


「教皇派と呼ばれる信徒達と教皇聖下の思惑はあまり一致していないのじゃよ。良くも悪くも達観しているお方なのでな」


 それを聞いてセネカは割り切れない気持ちになった。仮にも教会の長なので、統制をとってほしいところだ。だが、そんな風に思っているとルキウスが口を開いた。


「セネカ、教会の聖者ルキウス派が聖者自身の思惑を汲み取らなかったように、教皇聖下も苦労しておられるみたいなんだよね。教会というのはそういうところなんだよ」


 ルキウスがそこまで言うのならとセネカは言葉を飲み込んだ。


「王国としては、今回のことに関しては『月下の誓い』を全面的に後押しするつもりだ。教会の陣営に好きにさせるのは情勢的にもよろしくない」


「この話を受けたら、あたしたちは完全に王国派とみなされると言うことですよね?」


 ギィーチョに対してマイオルが聞いた。だが、その問いに答えたのはグラディウスだった。


「お主らはすでに教皇派の過激な者たちからは目の敵にされておる。奴らは砂漠の薔薇の件で、面子を潰されたと思っておるようじゃからのう……。おそらく今更じゃな」


 グラディウスは髭を軽く扱いている。ちょっと笑っていて、らしさが戻ってきている。


「ギルドは王国側なんでしょうか?」


「その部分が今回の問題をより複雑にしている」


 マイオルの疑問に答えたのはギィーチョだ。


「ギルドは表面的には中立だが、心情的には王国側だ。巫女がギルド所属のプラウティアであるし、王国の推薦も冒険者パーティの『月下の誓い』となる。教会に顔が利くゼノンに間に立って貰っているし、教会側もギルドと完全に対立するのはまずいと分かっているはずだから譲歩を引き出せる」


「だが、それでも第三騎士団が有利な条件で戦おうとするのを防ぐので精一杯じゃろうな」


 グラディウスは眉間に皺を寄せ続ける。


「つまり、お主らは実力で第三騎士団に勝たなければならない。レベル5のフォルティウス擁する第三騎士団にな。王国の書物には『若き力』とあるようじゃからアッタロス達を参加させるわけにもいかんし、正真正銘、力でぶつかって、栄えある教会騎士団の精鋭達を打ち負かさなければならんのじゃよ」


 グラディウスの言葉に反応したのはセネカだけではなかった。マイオルもルキウスもガイアもモフもキトも、考え込んでいた表情を一変させ、グラディウスとギィーチョをまっすぐに見た。


「……ギィーチョ様、もし私たちが負けたらあの横暴な騎士達がプラウティアを樹龍の元に連れて行くということですよね? そしてこれは王国と教会との代理戦争でもあると」


 マイオルははっきりと言葉にした。そう、これは儀式の形を取った代理戦争だった。セネカ達はいつのまにか王国の威信を背負わされているのだ。けれど、正直そんなことはどうでも良かった。


「プラウティアを守るのは私たちだよ。そのためだったら相手が騎士団でもレベル5でも関係ない……倒すよ」


 セネカは立ち上がって言った。ここまで話が進んで黙っているような人間は『月下の誓い』にはいない。


 気づけば全員が立ち上がっていた。プラウティアだって、もし別の誰かが同じ目にあったら立ち上がっただろう。


「ギィーチョ様、今回のお話、お受け致します」


 マイオルは真っ直ぐに頭を下げた。


「申し訳ありませんが、あたしたちは政治的なことは分からないので国と教会の関係がどうとか、そういうことについて関与するつもりはありません。ですが、仲間のプラウティアの力になれるのは自分たちだという自負がありますし、国が危機だと言うのならこれまでお世話になった人たちのために全力で戦います」


「それで良い。君たちの目的は巫女プラウティアを近くで守ることだ。それを第一に考えて任務を遂行することで、副次的に国の安寧に繋がっていくと私は考えている」


 ギィーチョは淡々としている。セネカ達の動きまで想定済みだったのか、それともただ淡白な人間なだけなのか分からない。


「話を進める前に一つ考えを正しておこうか。確かに争陣の儀は国家と教会の代理戦争という側面がある。結果によって情勢に影響は出てくるだろうが、この戦いは秘中の秘となるだろうし、各陣営の最高戦力が出てくる訳でもない。むしろ、教会側は勝って当然だと考えているだろう」


 ギィーチョは初めて愉快そうに話をし始めた。


「私からの君たちへの期待は教会騎士団に勝つことではなく、実力を示すことだ。最低限、君たちが力を示してくれれば十分な成果にできると言える。だからこれは私からの問いかけとしよう。マイオル、君たちは味方である王国からも、敵である教会からも過小評価されているぞ? 私たちをどれだけ楽にさせてくれるのか、是非見せてくれると有り難い」


 セネカはギィーチョを睨んだ。昔だったら武器に手をかけていただろうから大きな成長だろう。


 マイオルも大きく息を吐き、そして不敬にもギィーチョを指差した。


「国王の筆頭補佐官様は、味方の士気を上げる手法にも習熟されているようですね」


「お褒めいただきありがとう。君たちの思惑は分かっているつもりだ。良い結果を期待している」


 ギィーチョは真っ直ぐにマイオルを見た。二人の間に謎の火花が散っているように見えたけれど、セネカはよく分からなかった。


 何とも微妙な空気になったところで、今度はアッタロスが立ち上がった。


「それじゃあ、話はついたと言うことで良いですかね? マイオル、争陣の儀では戦闘員が十一人必要だ。あと六人集めなければならないが、目星はついているか?」


「はい。とりあえず五人はすぐに思い浮かびます」


「儀式の日まで時間がない。まずは迅速に人を集めることが大事だ。そのあとは作戦の立案をしつつ、修行をしてもらうことになる。俺をはじめとして、全員に指導役をつけるから覚悟しておいてくれ」


「分かりました」


 相手にはレベル5の騎士がいるという話だった。それに勝つのであれば相応の作戦を練る必要があるだろうし、セネカ自身も成長する必要がある。


「長距離の移動が必要だったらそこの部屋の隅にいる奴を使ってくれ」


 アッタロスが指した方向を見たが、誰もいるようには見えなかった。だが、そのまま見つめていると空間がぐにゃりと歪み、中から少年が出てきた。黒髪で灰色の目をしている。


「ピュロン様!」


 声を上げたのはガイアだ。「ピューロ」と言ってセネカが手を振ると、振り返してくれた。


「気づかなかったかもしれないけど、ボクはずっとここにいたんだよねぇ……。あ、フローリア様、白金級冒険者のピュロンです。たまに偽名のピューロって名乗っている時もありますが、お好きに呼んでください」


 ピュロンは流麗な動作でフローリアに挨拶した。いつもはぽやぽやしているが、流石に場慣れしているのかもしれない。


「ピュロン様、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


 マイオルが一歩進み出てそう言った。声色は明るく楽しそうだ。


「マイオルは何だかニコニコしているね。もしかして、ここにボクがいるって分かってた!?」


「えぇ、分かっていました。言ってはいけないことかと思っていたので、後から仲間に伝えようと思っていましたが……」


「ふーん、強くなったんだねぇ……。ってかさ、アッタロスさんは何だかボクの扱いが雑じゃないかな? レベル5に上がってからぞんざいすぎない?」


 そう言ってからピュロンは「あっ」と言って口を塞いだ。


「おい」


「…………」


 ピュロンは黙ってこちらに目を向けてくる。助けて欲しいのかもしれないが、それは無理なお願いだ。


「ほら、まぁ、めでたいことですし?」


 お茶目な様子のピュロンは、この後アッタロスに怒られてしょんぼりとしていた。


 アッタロス・ペルガモン、『流星の冒険者』がレベル5になったことをセネカはここで初めて知った。

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