第200話:信と力
国王筆頭補佐官のギィーチョは「順を追って説明しよう」と言った。
「まず護衛役についてだが、これは巫女を龍の住処に安全に送り届け、儀式を完遂させるのが役目だ。樹龍はシルバ大森林の奥深くにいるので、魔物から巫女を守る必要がある」
なるほど、そういう役目もあるのかとセネカは考えていた。先ほどまでの話からも樹龍が簡単に会える場所にいるとは思えない。
「次に護衛役を君たちに要請する意図についてだが、これは王国に伝わる書物の記載に従っている。それによれば、国を統べる者は『巫女の信を集めし、若き力』を推挙すべしとあるのだ。精査の結果、巫女プラウティアの仲間である『月下の誓い』が最も適任だろうということになった」
「ちょ、ちょっと待ってください。プラウティアが巫女になるって決まったのはついさっきですよね? 話が決まるのが早すぎませんか?」
マイオルは慌てた様子で聞いた。
「ヘルバ直系の娘で結婚、もしくは婚約していないのは三女ヴィリデイアと四女プラウティアのみだ。そのどちらになっていても、護衛役は『月下の誓い』に依頼することになっていた」
この話はどうやらかなり練られているもののようだ。ギィーチョの話しぶりや性格からして、あらゆる場合に備えて周到に準備がされていると考えた方が良いだろう。
「いずれにせよ、ここに呼び出されていたという訳ですね」
「その通りだ」
マイオルは溜息をついた。セネカも同じ気持ちだ。ギィーチョの様子的に、プラウティアが巫女に選ばれなかったとしても次にどんな行動を取るのか考えられていただろう。
「『巫女の信を集めし、若き力』という記述で私たちを選んだのは何故ですか?」
「信については話すべくもないが、それを抜きにしても君たちの活躍は目覚ましい。私の推測ではレベル4が最低二人存在している上に、組織力、交渉力、そして危機的な状況下での行動力、全てが群を抜いている」
ギィーチョはセネカとルキウスを鋭い目で見た。レベルのことがバレているようだ。セネカはわざとらしく目をパチクリさせてみたが、ギィーチョの反応はなかった。
「加えて、私は君たちの作戦立案の力も買っている。何が何でも勝たなければならない状況でこそ、君たちの力は発揮される。その性質は今回の事態に相応しい」
ギィーチョは淡々と話しているが、内容は絶賛の一言だ。セネカは照れを見せて、この緊迫した空気をほぐしたい気持ちになったけれど、流石に我慢した。
「全て聞いてから決断すれば良いが、ここまでの話を聞いてどうだろうか。君たちの仲間であるプラウティアが森の奥に入り、樹龍と出会って儀式を行うのをそばで見ていたいと思う気持ちはあるだろうか」
それは当たり前だ。そうしたいに決まっている。だが、こういう感情を率直に出すと良くないらしいのでセネカは頑張って黙った。
「勿論、そう思います。ですがもっと詳しく話をお聞きしたいですね」
マイオルはあくまで冷静に答えた。しかし、おそらくマイオルも「そうしたい」と叫びたい気持ちだろう。
「この護衛役についてだが、書物によれば巫女を除いて十一人が必要なようだ。もし君たちが話を受けるつもりであれば、マイオルに護衛団の団長を任せる。これは人選も一任するという意味だ」
「……分かりました」
てっきり護衛は『月下の誓い』だけで行うと思っていたが、人を集めることも依頼に含まれているようだ。
もし受けるとしたら、とある冒険者パーティに声をかけるのが適しているだろうとセネカは考えた。マイオルをはじめとしてみんなも同じことを考えるだろう。
「次に教会騎士の話だが、これはグラディウス神官からお話いただくのが良いだろう。お願いできますか?」
「分かりました」
グラディウスは神妙に答えた。
「先ほどギィーチョ殿が書物の記載に従ってお主らを推薦することにしたと話しておったが、同じことが教会にも言えるんじゃ。教会にある禁書によれば、樹龍目覚めしときに教会は『信
グラディウスは言葉を選びながら普段よりもゆっくりと話している。
「禁書には三百年前に樹龍が目覚めた時のことも記載されていたが、その時には第三騎士団を推挙したようじゃった。伝統的に護衛能力が高い者が集まっておるでな。今回も第三騎士団が選ばれることになるだろうとわしは思っておる」
「それでフォルティウス様がギルドまで来られたんですね」
モフが言った。あの高慢な騎士団長が来たことにも一応理由はあったようだ。
「あぁ、そうじゃな。お主らの顔を見るに相当な態度だったと察するが、
「それはどういう意味ですか?」
「そうじゃなぁ……。まずは前提からになるが、教会において龍は神の遣いということになっておるんじゃが、これがどういうことか分かるか?」
セネカは首を振る。皆目見当が付かなかったがルキウスは頷いている。
「聖者も神の遣いですし、神の勅使を名乗る教皇聖下もそう見なされていますね」
「ルキウスの言う通りじゃ。龍の方が格は高いことにはなっておるが、女神の直臣が神の遣いの守護者に過ぎないヘルバ氏族に配慮しすぎるのは良くないと考える者が多いのじゃよ。特に、教皇派閥の血統主義者にな」
グラディウスの話を聞いて、以前ルキウスに聞いた話が頭に浮かんできた。確か現教皇は神に言葉を伝えるスキルを持っているとかで、強く神聖視されていたはずだ。
「そして第三騎士団にはそういう原理主義の者が多いんじゃ。奴らは冒険者のことも嫌っておるしな。だが、そんな教会もロマヌス王国、特にアウレリウスの氏族を軽視する訳にはいかないのじゃよ。これらを俯瞰すると今回の複雑な関係が見えてくる」
「つまり、王国はヘルバ氏族を最大限重く見つつも教会に配慮をする必要がある。教会の第三騎士団はヘルバ氏族やギルドを軽視しているが王国には配慮しなければならない、と……」
マイオルがまとめた。おかげでセネカも今の状況が段々と飲み込めてきた。今回の事態を通して、直接的にではないが王国側と教会側で対立が起きているのだ。
「大まかにはその理解で良いじゃろう。だが、ヘルバ氏族に対する教会の態度はまちまちじゃな。樹龍が目覚めたとして、ヘルバの巫女に儀式をして貰わぬことには始まらないという部分では意見は一致するはずだがの」
だとしたらあの態度はおかしかったと思うが、どうにも根本的に理解が難しい事柄のように思うので、セネカは考えるのを止めることにした。
グラディウスは続ける。
「だから結局のところ、最終的には王国も教会もヘルバ氏族に巫女の護衛を推薦するまでになるのじゃよ。出過ぎたことをすれば均衡が崩れてしまうのでな」
「そういうことになります」
ほとほと疲れた様子を隠さずにグラディウスは言い、ギィーチョは同意した。
「それじゃあ、今度はヘルバ氏族がどう動くかという話になるわけですね」
「その通りだ。フローリア様、お願いします」
ギィーチョはマイオルに答え、フローリアに
「分かりました……」
フローリアはここまでほとんど口を開いていなかった。気づけば彼女の顔は蒼白になっていて、いつの間にか痩せてしまったようにすら見える。
プラウティアのことを考えると、フローリアもこういった場に慣れている訳ではないだろう。であれば今回の役目にかなりの負担を感じていてもおかしくなかった。
「ヘルバの長にのみ伝わる伝承によれば、龍が目覚めた時には、国を統べる者と神を崇める者
に対して、巫女の護衛役を推薦するように求めることになっています。今回も伝承に則り、王国と教会にヘルバ氏族から情報を迅速に共有しました」
今回の出来事はヘルバ氏族が発端であるらしいということがやっと分かってきた。プラウティアを守ることには何も含むところがないが、いつの間にか大きな騒動に巻き込まれてしまっている。
「そして、対立した場合には『争陣の儀』を行うことになっています。これは簡単に言えばシルバの森で戦いを行い、勝った方を巫女の護衛として認めるというものになります……」
フローリアの声はどんどんか細くなっていった。
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