第199話:国王の筆頭補佐官

 王都の中心地フォラムにある白い石造りの建物の中にセネカはいた。フォラムには何度も来ているが、この建物に入るのは初めてだ。


 アッタロスは慣れた様子で受付にいた女性に話を通し、奥へと進んでいく。


 プラウティアが連れて行かれてから一刻ほどの時間が経った。その間に先ほどはいなかったルキウスやガイア、キトを超特急で探し、呼んできた。


 セネカ達の後ろにはフローリアがいて、ずっと張り詰めた様子で黙っている。考え込んでいる風にも見えるが、出会ったばかりなのでまだよく分からなかった。


「ここはこの国の行政の中心となっている場所だ。お前らは来る機会がなかっただろうが……これから増えないと良いな」


 アッタロスは苦笑いだ。ここでは賢そうな人がキビキビと働いていて冒険者は得意でない空気だ。だが、実は王立の冒険者学校を卒業して、国の中心で働いている人は何人もいる。


「アッタロスさんは随分慣れているんだね」


「……残念なことにな」


 アッタロスは勘弁してくれとばかりに言い、精巧な彫りの入った扉の前で立ち止まった。


「これから俺たちはある偉いお方に会うんだが、冒険者とのやり取りに慣れた人だから礼を多少失しても許してくれるはずだ」


 話を聞きながらセネカは廊下を見回した。似たような扉の部屋がいくつかあり、どれも大きそうだ。


「だが、鋭いお方だから気をつけろよ? この国で一番の知者だと言う人も居るくらいだからな。それと、ついでに目も鋭いが別に怒っているわけではないから」


 アッタロスはニヤっと笑いながら扉を開いた。


「ギィーチョ様、ヘルバ氏族長代理のフローリア様と『月下の誓い』の六人を連れて参りました」


 質素で整った部屋の中にいたのは、五十代半ばに見える鷲のような鉤鼻を持つ男と、珍しく不機嫌そうなグラディウスだった。


「フローリア様、良くお越しくださいました。君たちも良くここまで来てくれた。とりあえず席に座ってくれ」


 鉤鼻の男はフローリアに慣れた様子で挨拶をした。男の髪は黒く、高級そうな布で仕立てた服を着ている。身だしなみがかなり整っているので、厳しそうな人だという印象を受ける。


「さて、それでは全員が集まったようなので、今回の国家存亡級の事態に関して説明する。私は国王陛下の補佐官をしているギィーチョだ。今回の問題に関する国側の担当者だと思ってもらって構わない」


 セネカは背筋を伸ばしながらギィーチョの話を聞いていた。説明に如才がなく面接でも受けているような気分になる。


「まず私から国の方針について話をするが、ここにはグラディウス神官もいらっしゃるので教会の動きについても話をしてもらおうと思っている。グラディウス殿に関しては君たちと馴染みがあるということで、教皇聖下が派遣してくださった。また、ヘルバ氏族の情報についてはフローリア様に補足をお願いすることになるだろう」


 グラディウスはつまらなそうに頷き、フローリアは神妙そうに返事をした。


「アッタロス、ここまでで何か補足はあるか?」


「そうですねぇ……。お前ら、ギィーチョ様は国王陛下の筆頭補佐官の地位についているんだ。王の最側近がわざわざ出てくるほどの状況になっているということを覚えておいてもらえると助かる」


 アッタロスはみんなの顔を見回したが、マイオルとセネカを見る時間が少し長かった。注意しろということなのだろう。


「それでは話を始めようか。まず第一に今回の問題は、ロマヌス王国建国以前から大陸の植物を司っている樹龍が三百年ぶりに目を覚ます兆候を見せたことに端を発する」 


 龍という言葉が出てセネカは集中を深めた。マイオルの顔付きも変わっている。


「第二に、この問題はロマヌス王国、並びに周辺諸国に甚大な被害をもたらす可能性があり、場合によっては大陸中の植物が枯れる事態に発展すると考えられている」


 ギィーチョは淡々と説明をしていく。全員、身じろぎ一つなく真剣に話を聞いている。


「第三にもし樹龍が目を覚ました場合、龍の護人もりびとの家系であるヘルバ氏族が儀式を行う必要があるが、その巫女として氏族の長の四女であるプラウティアが先ほど選定された」


 フローリアはやるせない様子で顔を手で覆った。プラウティアのことは少し前に決まったはずだが、もう状況を把握しているようだ。


「第四に、国王陛下は王にのみ受け継がれて来た書物に従って、ヘルバ氏族に最大限の協力をするつもりだ。この書物は、ロマヌス王国建国以前からこの地の統治者に受け継がれて来たものだと聞いている。そして最後に、今回の動きに関して、ヘルバ氏族は表向き国からの要請を受けて動いていることになっているが、ヘルバ氏族の判断が王の意向よりも優先されることとなっている」


 セネカは膨れ上がる情報量についていけなくなりそうになった。それに、これは自分たちが聞いて良い話なのかという疑問が湧いてくる。


「このような事態になって、『月下の誓い』には申し訳ない。国王陛下に代わり、私の謝罪で矛を収めてもらえると助かる」


 ギィーチョはゆっくりと頭を下げた。謝っている割には偉そうだが、地位の高い人の行動としてはあり得ないことくらいはセネカも分かっている。


「さて、概要はこのくらいだろうか。質問があるだろうがその前にロマヌス王国に伝わる樹龍の伝説を聞いてもらえるとありがたい。回りくどい真似をするのは好きでないのだが、情報を汲み取ってもらえるとありがたい」


 ギィーチョはそう言って、懐から紙を取り出し、滔々とうとうと語り始めた。


 思わず周囲の人を見ると、グラディウス以外の人は頭を抱えていた。ついて行けていないのが自分だけではないと分かって、セネカはちょっぴり安心した。





 ギィーチョが語った樹龍とヘルバ氏族に関する伝承は以下のようなものだった。


 ロマヌス王国がおこる遥か昔、この地には神々の遣いとされる龍がまもり主として存在していた。


 その龍は植物を司り、大地に豊穣をもたらす力を持っていたという。古くからこの地を治める者たちは、その神聖なる龍に供物を捧げ、その庇護を得ようと努めてきた。


 ある時、祭祀を司る家の娘が龍と出会った。この娘は龍と深き絆を結び、両者は共に植物を愛し、土地の平穏と繁栄を祈った。


 やがて娘は成長し、子をもうけた。子は三人の女児であったが、驚くべきことに全員が植物に関わるスキルを授かった。これはその後の代にも受け継がれ、女児たちは皆、同じ力を持つようになったという。


 龍との交わりを持ったその一族は、次第に龍の護人としての役割を担うようになり、龍の食事や寝床を整え、その世話をすることを自らの使命とした。


 その一族は樹龍と最も近しい者として知られるようになり、時の権力者たちからも重んじられるようになったが、最初に龍と出会った娘の遺訓に従い、彼らは権力には関わらず、ただ祭祀としての役目を果たし続けた。


 時が経つにつれ、一族の力により土地が安定すると、龍は徐々に長い眠りにつくようになったという。しかし、世が乱れる時には必ず目を覚まし、神から託された役目を果たすために力を振るったとも伝えられている。


 龍が目覚めるたび、一族はその傍らに立ち、供物を捧げ、龍に仕えていた。


 そして、龍が長い眠りにつくと告げてから、およそ三百年の月日が流れたのだった。





「現状に関する説明は以上だ。ここまでで聞きたいことがあれば言って欲しい」


 ギィーチョは終始変わらない様子だった。今はいないが、プラウティアが苦手な種類の人だろうとセネカは感じていた。


「プラウティアの存在がすごく大事で、国は助けを借りたい立場だということは分かりました。納得はしていませんが、一旦は飲み込みます。その上で聞きたいんですけど、この情報って国としては隠したい物なのではないですか? わざわざ筆頭補佐官様が出て来て私達に情報を与えた意図はなんでしょうか」


 マイオルが早口で言った。態度から納得していないことは丸分かりだが、口ではそう言うしかないのだろう。


「……なるほど。想像以上に状況が見えているのだな。いまの説明でそこまで理解するとは、私の部下に欲しいくらいだ」


 ギィーチョはアッタロスとグラディウスを見た。マイオルが二人の弟子のような立ち位置であることも知っているようだ。


「お世辞はいりません」


「失礼、その通りだな」


 ギィーチョは初めて笑みを浮かべた。もしかしたらマイオルとは馬が合う種類の人かもしれないと思いながら、セネカは話の行く末を見守る。


「今の状況については話した通りだが、これからのことに関する話をしよう。一足跳びになってしまったが、話が早くて助かる」


「お願いします」


 マイオルは敵意を隠そうともしていない。面倒な事態だと思っているのだろう。


「まず結論を話す。ロマヌス王国は、巫女が儀式を行う際の護衛の中心として、『月下の誓い』を推薦するつもりだ。そしてその結果、第三騎士団と巫女の護衛役を巡って戦闘を行うことが予想されている」


「一体なんの話ですか……?」


 マイオルは身を乗り出しながら聞いたが、ギィーチョは淡白な態度のままだ。


「巫女プラウティアを守るために、そして儀式を成功させるために君たちが国の推薦を受けるか否か。それを話すのがこの会合の目的だ。そのために人を集めさせてもらった」

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