第159話:スキルの真価
セネカとルキウスの前に突然少年が立ちはだかった。
その少年は黒髪で灰色の瞳を持っている。
「いやぁ、ボクも探したんだよ? セネカもルキウスもどこに行ったのかなぁってさ。まぁでも見つかって良かったよ」
あんまりにも馴れ馴れしく話すので、セネカはルキウスの知り合いだと思った。
だけど横を見るとルキウスが自分と同じような顔をしている。
「もしかしてルキウスも知らない人?」
「セネカも……知らないみたいだね」
いつも人を驚かせる側の二人が何が起きているんだと考え込んでいる時、目の前の少年は口を開いた。
「あぁ、ごめん。ボクとキミたちは初対面だよ。ボクの名前はピューロ! 偽名なんだけどよろしくね!」
そしてまたしても珍しく二人は面食らって黙ってしまった。
あんまり聞いたことのない自己紹介の形だったからだ。
「キミたちのことはよく知っているよ。それにキミたちのことは認めているから、ボクのことは呼び捨てでピューロって呼んでいいからね?」
「じゃ、じゃあピューロ。君はここに何しにきたの?」
セネカは瞬間的に人見知りモードに入ったので、ルキウスが聞く。
「ボク? そうだねぇ、ボクはキミ達と戦いに来たんだよ……。これ以上話しても仕方がないからさ、もう始めよ?」
ピューロがそう言った瞬間、セネカの背に怖気が走った。
とてつもない濃度の魔力が放たれたのだ。
「分かっていると思うけれど、ボクから逃げられると思わないでね?」
ルキウスは[剣]を取り出し、セネカは[魔力針]を構える。
来る。セネカがそう思ったと同時に多数の銀色の小さな球体がセネカ達を取り囲んでいた。
少し前のセネカだったらその粒一つ一つに斬りかかり、相手の攻撃を潰そうと考えていただろう。
だけどキリアから出された課題を越え続けてきたことで、今は新しい選択肢が思い浮かぶ。
セネカは頭の中で、針剣から出た魔力糸が全ての銀粒に引っ付く状態をイメージした。そして針剣と粒を【縫い】合わせるのだ。
セネカの思考が実現する。
ピューロの視界を妨げるほどの大量の糸が針剣の先から飛び出し、針と粒を繋いだ。
セネカはスキルを発動する。
粒を取り込もうとする力は存外に強く、ピューロの制御を超えて針に引き寄せられた。
そして全ての粒との繋がりを感じ取った後で、セネカは針を後方に発射した。
バァーン!
自分に粒が当たらないように背後上方に放たれた針は地面にぶつかりや否や爆発した。
なるほどとセネカは感じた。
銀色の小さい粒一つ一つが爆発物だったのであれを斬ろうとしていたら対処に手を焼いただろう。
セネカは次の針剣を出し、ピューロの次の攻撃に備えた。
セネカが糸での対処を始めようとした時、ルキウスはピューロに向かって走り出していた。
足からは【神聖魔法】の魔力が噴出していて驚くべきほどの速さが出ている。
しかし、ピューロはそんなルキウスを見ても平然とした態度を崩さない。
敵の脅威を感じてルキウスは反射的に新しいサブスキル[理]を発動した。
頭の中にさまざまな想念が入ってきて、ルキウスの頭を占める。
だがタイラに助言をもらったルキウスの思考がブレることはない。
「やるべきことは断つことだけだ」
ルキウスは翡翠で出来たかのような大太刀を振りかぶり、ピューロに迫る。
これまでだったらルキウスのイメージは様々だった。
敵に攻撃を当てる。剣をスムーズに振る。防御を掻い潜る。
けれど今は一つのことしか考えていない。
目の前の敵を斬る。
しかし、ルキウスの頭の中にはその意志に反する想念が絶え間なく入ってくる。
『ピューロに攻撃は通らない』
『ピューロの防御は貫けない』
『ピューロのスキルを阻めない』
言葉にするとそのようなもののはずだ。
ルキウスは一瞬で敵の強大さを理解した。
敵を断つためにルキウスが越えなければならない壁が多すぎる。
破壊しなければならない[理]が多すぎる。
そのことが分かったからこそ、ルキウスはスキルにさらに多くの魔力を込めた。
敵が油断している今、この初撃を通すことができなければ、勝つことはできないと悟ってしまったのだ。
浮かび上がってくる想念を心の中にある[剣]で断ちながら、ルキウスはピューロに肉薄する。
いつのまにか視界は晴れている。
セネカがピューロの攻撃に対処してくれたのだろう。
ルキウスは己を阻害する[理]を破壊し続けながら渾身の袈裟斬りをピューロに放った。
ギャーン!
手応えはあった。
だがそれは突如ルキウスの目の前に出現した銀色の壁を斬った手応えだった。
防御壁を破壊したはいいけれど、その壁の先にいるピューロには傷一つつけることができていない。
途中から攻撃の失敗を感じていたルキウスは反撃されないようにすぐさま飛び退き、セネカの元に帰って行った。
「セネカ、敵はすごく強いよ。多分僕たちじゃ勝てない」
ルキウスの言葉に答えるようにセネカは頷いた。
セネカの意見もルキウスと同じようだった。
「オークキングより強いよね? それも次元が違うレベルで」
今度はセネカの言葉にルキウスが同意した。ピューロに勝てるイメージが全く湧かなかったのだ。
奇策を用いて煙に巻くような方法さえも通用するとは思えなかった。
次は何をしてくるのか。
セネカとルキウスが意識を張り詰めさせている時、ピューロの声が聞こえて来た。
「ちょ、ちょっと待って……」
それは気の抜けるような声だった。
先手を握っているのは圧倒的強者の方なので、ピューロが待てというなら猶予ができる分、二人にとって都合が良い。
「セネカとルキウスが強いのは知っているけれど、一年魔界に行ったくらいで強くなりすぎじゃない? ボクの攻撃が完璧に防がれたし、自動防御も突破された。レベル4になりたての子達にできるような芸当じゃないと思うんだけど」
ピューロは声に出しているけれど、二人に質問をしていると言うよりは呟くようなトーンだった。
「帰還者が強くなると言ってもたかが知れているし、それにその様子だとまだ帰って来たばっかりだよね。うーん……。でもまぁいっか!」
ピューロは一人で悩み勝手に解決してしまった。
元より細かいことはあまり気にしない性質の人間である。
「思ったより楽しめそうで良かったよ。それじゃあ、戦いを続けようか!!!」
思考を投げ捨てて笑みを浮かべるピューロの周りに先ほどの数倍は多い銀色の粒が出現した。
◆
「あぁ! 負けたぁ……!」
技の強度を上げたピューロに対して、セネカとルキウスは為す術なかったのですぐに勝負がついた。
だが、それでもピューロは笑顔で追撃してくるので二人は意地になって戦い続けた。
最初は危機感を持っていたけれど、ピューロには一切の殺気を感じなかったし、途中からは「楽しいねぇ!」と言って遊び出したので、セネカたちもそれに乗っかって思いっきり技を試すことができた。
セネカが防いだ銀の粒の攻撃は、数が十倍にも二十倍にもできるようだった。しかも、ただの爆発だけではなくて風を発生させたり、高温になったりと様々な性質を持たせることができるようだったのでセネカは対処しきれなくなってしまった。
銀色の壁一枚を抜くのにルキウスは必死になったけれど、あの壁は瞬時に出すことができるらしかった。
確認しただけでも一度に十枚は出せるようだったし、最後の方は攻撃を跳ね返して来たのでこちらも性質をいじれるようだとルキウスは気がついた。
二人は攻撃と防御の役割を交換してみたりと色々変化をつけてみたけれど、全てピューロに跳ね返された。
何より驚きだったのはピューロはただの一歩も足を動かさなかったことだ。
同じ場所に立って、まるでなんでもないようにセネカとルキウスの動きに対処し切ってみせた。
「強かった……」
これまでに対峙して来た全ての相手の中で一番強いのではないかとセネカは感じていた。
例えばあのアッタロスでさえも、ここまで技が通じないと思ったことはなかった。
「いやー、久しぶりに楽しかったねぇ! ここまで来て良かったよ。まぁここまで来たのは楽しむためじゃないんだけどねぇ」
ピューロは文字通り遊戯を終えた後のように爽やかにそう言った。
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