第158話:異次元すぎる
それからキリアは毎日のように二人に次の段階の遊びをせがまれ、何とかアイデアを捻り出して伝え続けていた。
そしてそろそろごまかしが効かなくなると危機感を覚え始めた頃、二人の身体も本調子に戻って行った。
「あぁ! 惜しい!」
「今のは危なかったよ!」
セネカとルキウスは、今はお社の庭で元気に身体を動かしながら例の遊びをしている。
そう、セネカが【縫う】の力で自分とルキウスを繋ぎ、ルキウスが【神聖魔法】の力を使ってセネカの動きを断つという訓練だ。
それ自体は良いことなのだが……。
キリアの目の前では、いまセネカとルキウスが飛び跳ねているだけのように見える。
その動きは歳に合わず俊敏だ。
当然二人はレベルが高いので身体能力が強化されているのだろうが問題はそこではない。
問題は、もうセネカが糸を出しておらずルキウスも剣を見せてはいないということだ。
確かにキリアは言ってしまった。
「じゃあ、セネカちゃんはもう糸を出さなくていいから直接ルキウスくんの服と自分を【縫い】合わせちゃおっか。それでルキウスくんはセネカちゃんのそんな動きの気配を【神聖魔法】を十全に使って断ってみようか。もちろんセネカちゃんはルキウスくんのそんな考えの隙間を【縫って】自分のスキルが上をいくように仕向けなきゃだめだよ?」
いや、二人には申し訳ないが、もう完全に口から出まかせだったのだ。
言葉遊びに言葉遊びを重ねて、なんかそれっぽいことを言い続けていれば良い感じに理解して実現していくんじゃないかなぁとは思っていたけれど、二人が真っ正直にいうことを聞くとは思っていなかった。
その結果がこれである。
「セネカ、そんな攻撃には騙されないぞ!」
「ルキウスだってさっきちょっと隙があったからね!」
そんなセリフを吐きながら、二人は笑って爽やかに飛び跳ねている。
もうキリアには理解不能だった。
自分の理解の範疇から遠すぎて知ろうとするのを諦めてしまった。
なぜできるのだろうか。
もしかしたらこの力はお互いにしか効かないのかもしれないけれど、本当に実体なくスキルを使う術を会得しつつあるのだとしたら、驚異的な力になることは間違いなかった。
「今日は手数が多い!」
「僕だって負けてられないからね」
異次元すぎる会話に晒されて、キリアはこの日の夜、ちょっとだけ泣いた。
◆
結局セネカとルキウスはまるまる二週間も月詠の国でお世話になった。
その間キリアに色々と教えてもらっただけでなく、タイラと何度も話をした。
タイラはあれ以来特に二人に助言をする訳ではなかったけれど、彼女の言葉の端々には叡智が込められているように思っていたのでセネカ達は機会があればできるだけ話すようにしていたのだ。
身体が動くようになってからはお社を出て、月詠の国の人々とも交流を持った。
この国では誰もが朗らかだった。
みんなセネカ達のことを知っていて、会えば話をしてくれた。
そしてみんな決まって魔界の話を聞きたがった。
特に子供達は魔界の話が大好きなようで、ちょっとした脚色を込めてセネカが話をすると全員夢中になった。
「セネカちゃん、『避雷針!』」
「『ウババババ』」
どうやらみんなセネカ達がオークキングにイタズラして逃げるところが好きなようだった。
まぁイタズラというには過激なので、後で大人達に「あれはおとぎ話だからね」と釘を刺されるのであるが、それはまた別のお話。
また、セネカ達は何度も神樹の元を訪れた。
最初に来た時のように突然眠くなるようなことはなかったけれど、心地が良いし、魔物が近づかないとも聞いていたのでお昼寝をしていたのだ。
ここで眠ってから起きると不思議と気力が充満していたものだったからやはり強い聖の属性には未知の効能があるとセネカは思ったものだったけれど、それ以上どう追求したら良いのか分からなかったのでじきにその疑問も忘れてしまった。
そして、そんな日々を過ごしながら別れの時がやってきた。
「次にあんたらに会うことはないだろうねぇ。その前に私もくたばっちまうだろうからなぁ」
タイラはここ数日セネカ達に会うたびにそんなことを言っている。
最初に聞いた時には困ったものだったけれど、キリアの話によればセネカ達がそろそろ出発するので寂しくて仕方がないのだという。
その気持ちの裏返しだと思うと嫌な気持ちにはならず、二人は何故だかちょっぴり嬉しい気持ちになった。
「タイラさんが元気なうちに必ずまた来ますから」
「長生きしてくださいね!」
セネカとルキウスがそう言うとタイラは破顔した。
「キリアさんにもお世話になりました。僕たちを見つけて運んでくださったのも、毎日回復魔法をかけてくださったのもキリアさんだと後から聞いて驚きました」
「本当にありがとうございました」
気づけばキリアは涙を流していた。
二人は手のかかる子供だったけれど、近くで接していた分、その純粋さもキリアはよく分かっていた。
そしてタイラの【占う】が正しいのであれば、この子達はこれから過酷な運命に立ち向かうことになる。
「セネカちゃん、ルキウスくん。言ってなかったけど、私のスキルは【月光】っていうの。――あなた達二人の行く末に月の神様の加護がありますように」
キリアが前に出した手から繊細にゆらめく幻想的な光が放たれ、セネカとルキウスに降り注いだ。
その光の色は、かつて二人が英雄になることを誓ったあの夜の月の光によく似ていた。
別れを済ませて、いざ出発という時になるとタイラが出てきて最後の助言をしてくれた。
「セネカ、ルキウス。あんた達に私の婆さんの口癖を教えるよ。『力は鍵になる。それのおかげで極楽に行けるようになるかもしれんけど、地獄の鍵も同じものだ』。あんた達の力は確かに良い未来への鍵となるけれど、一歩間違うと危ない目に遭うことになる……。気をつけるんだよ」
鬼気迫る様子で伝えてくれたタイラの顔を二人は忘れないだろうと思った。
◆◆◆
セネカとルキウスは月詠の国を発った。
この国は山に囲まれたところにあって、山を登った後に谷を越えて、さらにまた山を登る必要がある。
そして何日か先に進んだ後で、やっと次の街が見えてくる。
地図や食料、そして装備などもキリアが用意してくれた。
異国の物ではあるけど、どれも良質で、多少山で迷ったとしても問題ないほどの準備がなされていた。
「ねぇ、ルキウス。いつかここにお返しをしにこようね」
「そうだね。出来るだけ早く帰って、力をつけてまたすぐ来よう。タイラさんがお元気なうちにね!」
二人はこれから半年以上かけてロマヌス王国に帰るのだ。
どんな旅になるのかは分からない。だけど、必ず帰ると心に決めた。
前途は多難かもしれないけれど、出来うる限り日程を短縮して一日も早くみんなに会いたい。
魔界に行っているうちにセネカもルキウスも十五歳になってしまった。
一年や二年会わないだけで全く変わってしまうことはないだろうけれど、何があるかは分からないのが人生だ。
それこそ、スタンピードの対処をしていたら魔界に吸い込まれてしまうことだってあるのだから……。
セネカとルキウスは月詠の国での日々を振り返りながら黙って歩き続けていた。
時折セネカの目から涙が溢れていることにルキウスは気がついていたけれど、その時はあえて慰めることはしなかった。
セネカもその気持ちをしっかりと味わいたかったのでルキウスに泣きつきはしなかった。
そうやって、二人は歩き続けていた。
そして山の中の開けた場所についた時、それはやってきた。
「あー、いた!!! セネカにルキウスでしょ? 探したんだよねー。やっぱりこんなところにいたんだねぇ。まぁ二人だったらここなんじゃないかと思っていたんだけどさぁ」
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