第188話:まるで異界
丘を下ったセネカは一歩先に広がる透明な地面を見つめる。砂漠との間に境界ができており、砂すら侵入していない。
青く透明な地面は水晶のようで、室内にいるかのように平坦だ。ここが聖堂だと言われても違和感がないくらい静謐な空気が流れている。
「ここ、寒くないですか?」
プラウティアは自分を抱きしめるように震えている。
「寒くはないけど、陽が照っているわりに反射されていないね」
セネカは空と地面を交互に見た。今更軽微な違いだが、降り注ぐ光の量と地面の照り方が一致していないように見える。
「セネカ、魔界ってこんな感じだった?」
マイオルに抱きつかれた。身体の温かみが心強い。
「うーん。見た目はもっとおどろおどろしかったかな。空気は粘っこくて、息が詰まりそうな感じ」
「息が詰まるって部分以外はこことは真逆ね」
「でも、まるで異界みたいに感じる気持ちはよく分かるよ」
ルキウスが横に立ち、セネカの頭をポンと叩いた。翡翠色の剣を強く握りしめていて、戦闘準備もバッチリなようだ。
「この地面、ルキウスの剣に似ているね」
色は違うけれど、透き通っていて物々しさがあるのが一緒だ。
「すごく硬そうな地面だよ」
話しているといつのまにか全員が横一列に並んでいた。ガイアとモフの二人もこの先に広がる光景を食い入るように見つめている。
「モフ、調子はどう?」
セネカが聞くとモフはふんわりと笑った。
「おかげさまで悪くないよぉ。魔力も十分にあるからね。次はちゃんとみんなを守るさぁ」
モフは一番呑気に見えるけれど、やる時はやる人間だ。昨日窮地を救ってくれたことで信頼がより強くなった。
「私も万全だ」
ガイアははっきりとした声でそう言った。後ろにガイアが控えている安心感がどれほどのものなのか、今のセネカはよく理解していた。
「頼りにしているよ、ガイア」
ガイアは黒く長い髪をかけ上げながら口元に笑みを浮かべている。
「それじゃあ、行きましょうか」
みんなで肩を叩き合いながら話した後でマイオルがそう言った。直感に過ぎなかったが、この場所が最奥だと感じていた。
マイオルの合図に従ってみんなで足を踏み出した。
少し様子を見てみたが何の変化も起きていない。
セネカはルキウスと共に前に出て、ゆっくりと足を進めてゆく。
セネカは異様な気配があるように思った。だが、それが何なのかは分からない。
雰囲気によるものなのか、どこかに敵がいるのか。それすらも分からなかった。
お腹をギュッと締め付けるような圧迫感が徐々に湧いてきて、汗が吹き出してくる。
隊列は自然と整っていった。前衛はセネカとルキウス、中衛はマイオルとプラウティア、後衛はガイアとモフ。一番典型的な形だ。
一歩一歩慎重に進む中、突然ドサっと音が鳴った。振り返るとプラウティアが腰を下ろして震えている。
「あ、あれは……」
プラウティアは尻もちをつきながら後方を指さしている。
セネカはルキウスとともに即座に後方に周った。そこに敵がいるのだと思ったけれど、目を凝らしても何の変化もなかった。青く透き通る地面が広がっているだけだ。
振り返ってもう一度プラウティアを見る。彼女は変わらずに指をさしており、顔面は蒼白で、目に涙を滲ませている。
「りゅ、龍……」
その言葉を聞いて、セネカはもう一度プラウティアが指す方を見た。するとそこには巨体を横たえ、こちらを見つめる青い龍が出現していた。
「総員、攻撃準備!!!」
マイオルが叫んだ。
全身の毛が逆立ち、心臓が早鐘を打つ。
手が震え、視界が霞む。
【力を示せ】
頭の中に声が響いてきた。
レベルアップの時と同じ現象だが、声には低く冷徹な響きがある。
「セネカ、ルキウス! 牽制するわよ!!」
セネカは瞬時に魔力をかき集め、龍に向かって[魔力針]を撃った。ルキウスは【神聖魔法】の弾を、マイオルは矢を同時に放っている。
三人の攻撃はまっすぐ龍に向かっていった。龍は攻撃を受けたが、傷を負った気配はなかった。
「ガイア!!!」
「撃つぞ!」
間髪入れずにガイアが【砲撃魔法】を放つ。
まっすぐ進んでくる魔法に対して、龍はガバッと口を開き、「ギャオ!!!」と一鳴きした。
龍の口先に空間の揺らぎが生じ、ガイアの魔法にぶつかった。
爆発が発生してセネカは宙に投げ出された。
空中で何とか体勢を整え、着地する。みんなも無事着地したようだ。
追撃に備えて構えたけれど、龍は変わらず静かにこちらを見つめている。
青い瞳は全てを見透かすようだ。
【力を示せ】
また声が響いてくる。
龍は手加減しているのだろうと思った。そうでなければ既に全滅しているのではないかと思うほど力の差を感じる。
差が大き過ぎて分からないが、以前遠くから見た白龍と同等の力を持っていそうだ。
お城のように大きな敵を相手にして、どうやって戦って良いのかセネカには分からなかった。
「みんな、大丈夫?」
セネカが問いかけると全員が頷いた。
さっきは震えていたプラウティアも、立ち直ったのか勇ましく木剣を構えている。
「ようやく暴れられそうだね」
ルキウスがそう言った。間違いなく虚勢だけど、その強がりにセネカは勇気をもらえる。
「追撃して来ないね」
「『力を示せ』と聞こえたからな。多少作戦を練る時間はあるのかもしれん」
「ちょっと本気になれば僕らを始末するくらい簡単だろうからねぇ」
ガイアとモフが話している。
「さて、どうしようか」
龍の方に一歩踏み出しながらルキウスが言った。全員の目がマイオルに向く。
「みんな聞いて。あたしのスキルだけど、さっきから[予知]と[視野共有]が使えないの……」
マイオルの声は震えていた。
「だけど……こんな時だけど、試してみたいことがあるの。変な指示をするかもしれないけれど、従ってもらえるかしら?」
マイオルの唐突な話にセネカは一瞬時が止まったように思った。けれど彼女の目を見て、ちゃんと答える必要があると感じた。
「マイオル、いまさら何言ってるの? 着いて行くって私は決めているから、マイオルに命を預けるよ」
セネカはそれだけ言って、龍の元へ足を踏み出した。
「僕もマイオルを信じるよ。短い時間だったけれど、君のことを認めているんだ」
すぐにルキウスも横にやって来た。やはり命をかけるのならルキウスの横にいたい。
負けるつもりはないけれど、もし良くない結果が避けられないのだとしたら、大切な人たちを信じて、全力を出して散っていきたい。
「私はマイオルちゃんを信じています。誰にだって負けないくらい!」
さっきあれだけ怯えていたプラウティアが気がつけば笑っていた。
プラウティアは背中からどどめ色の木剣を抜いて構えた。猛毒を持っているのだろうか。
「僕も任せるよぉ。三人で旅した時も、ガーゴイルと戦った時もマイオルさんの指揮は良かったからね。そしてさ⋯⋯実は、僕はこのパーティのことが気に入っているんだぁ」
「私も命を預けるぞ、マイオル。力ってのを見せつけてやろうじゃないか!」
モフとガイアはマイオルの肩を叩いた。
みんな自分を奮い立たせるのに必死に違いないが、それでも仲間を信じて前に進むことを決めた。
「みんな、ありがとう……。それじゃあ、私に賭けさせて。幸い、龍には力を示せば良いみたいだから……みんなで乗り越えましょう!!!」
マイオルの足は震えていた。
命を預かるのが怖くない訳がないだろう。
セネカもだって手が震えて、針を何度も握り直している。
「それじゃあ、みんなよく聞いて。まずガイアが――」
龍から目を離さないようにしながらセネカはマイオルの作戦を聞いた。
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