第189話:「縫える!」
「作戦開始!」
マイオルの合図と共にセネカは龍に向かって走り出した。
先頭はプラウティアで、その次にマイオル、ルキウス、セネカと続いている。
さっき作戦を伝えられたが、内容は思ったよりシンプルだった。
『まずガイアが空に【砲撃魔法】を撃って、モフは龍の右側に[綿爆弾]を放りまくって。他の全員はプラウティアを先頭にして龍に突撃ね』
ガイアの魔法を空に向けて撃つ理由も分からないし、モフが綿を爆発させるのもよく分からなかった。ガイアが「空に向けてって⋯⋯どんな角度だ?」と聞いたときもマイオルは「任せるわ」と言った。
マイオルは自分で言っておいて、何故そうしたら良いのかを分かっていないようだった。だが、謎の確信がありそうだったのでセネカは信じることにした。
「【砲撃魔法】!」
ガイアがスキルを発動した。魔法は空高く上がり、見えなくなった。
「[綿爆弾]」
続いてモフが龍の右側に向かって爆弾を出した。後でその辺りが綿まみれになるはずだ。
龍はと言えば、先ほどまでは長い身体を地面に横たえていたのだが、今はふわふわと浮いている。目はこちらを向いているが、相手にされているのかすら分からない。
「プラウティア、木剣を振って!」
マイオルの声が響く。特に指示がなかったが、プラウティアはスキルを使って、木に含まれる成分を散布した。空気が紫に色付く。
「身体機能を高める成分です! 吸ってください!」
どう考えても毒にしか見えなかったが、身体に良いものだったらしい。セネカは走りながら大きく息を吸った。ちょっと渋い。
「矢を放つわ!」
マイオルは背負っていた矢を鷲掴みにして、一度に何本もつがえ、龍の方に放った。特に意味のある行動には見えない。
「ルキウス! 剣を出来るだけ光らせて!」
今度はルキウスに指示が来た。ルキウスは一瞬考えた後で、身体にある魔力のほとんどを剣に込め出した。
ルキウスが剣を光らせていると、まずマイオルが放った矢が龍に届いた。当然龍は矢を受け止めたが、刺さることはなかった。
次に龍の右側でモフの綿爆弾が破裂した。こちらも龍には何の脅威もなく、地面がモコモコしただけだった。
「ガイア、次の魔法の準備をして! プラウティア、薬を投げつけて!」
マイオルが次の指示を出す。セネカは自分に指示が来ないのでむずむずして来た。
龍までの距離が半分ほど縮まった時、空にキラッとしたものが見えた。
よく見るとそれはガイアが最初に空に放った【砲撃魔法】だった。魔法はやや分散しているものの、龍に向かって落ちてゆく。
「えい!」
プラウティアが小さな瓶を龍に投げた。おそらく痺れ薬だろう。
ガイアの魔法とプラウティアの瓶がほぼ同時に龍に向かってゆく。
その時、初めて龍は動きを見せた。
綿のない左側に瞬時に移動したのだ。
「ガイア、魔法を撃って! ルキウス、剣を投げつけて!」
ルキウスは限界まで魔力のこもった剣を龍に投げた。ガイアも魔法を放った。
攻撃が龍に迫っている。
「セネカ、瞬間移動して龍の背に乗り、鱗を全力で縫ってきて!」
セネカは立ち止まり、待ってましたとばかりに魔力を引き出す。
「ギャォォォォォ!」
龍は咆哮を上げた。
体の周りが青く光っている。
その光に触れたガイアの魔法とルキウスの剣は一瞬にして消えてしまった。
「グルルル……」
だがすぐに龍の体から出ていた光は消えて元の状態に戻った。
セネカは自分が使える魔力の多くを費やし、龍の背の部分の空間と自分が存在する空間を縫い合わせる。
「行ってくるね」
次の瞬間には、目の前に龍の背中が広がっていた。
鱗は大きく、一枚にセネカが乗れるくらいだ。
セネカは残りの全ての魔力を針に込めた。
思えば、セネカの飛躍は革を強引に【縫う】ことから始まった。
針先に全てを込め、それを貫くことで壁を突破したのだ。
「とがれー! とがれー!」
セネカは声を出しながら頭に思い描いた。
この針は世界で一番硬く鋭利だ。
全てを貫き、そして【縫う】ことができる!
大きな針を両手で持ち、鱗に向かって全力で突き立てる。
「私はこれを【縫う】!」
自分自身も針の一部になったかのように力を込めると、『パリパリ』と音が出て針先が鱗に突き刺さった。
「私は龍も縫える!」
そう言った瞬間、手応えが変わった。
透明感のある鱗の裏に血が滲んでいるのが見える。
肉に到達したのだ。
「縫える!!!」
もっと大きな声を出してみたが、これ以上針が動く気配はなかった。
「セネカ! 離れて!」
マイオルの声が聞こえてくる。
悔しいので離れたくなかったが、気づけば反射的に飛び
龍の体が再び光り、刺さっていた針がかき消される。
あのままいたら、セネカの身体ごと消されていたかもしれなかった。
セネカは着地し、後方にいるみんなの元に戻った。
その時、また例の声が聞こえて来た。
【
龍は大きく息を吸い込み、強烈な風を出した。
身体が浮き上がり、飛ばされそうになる。
セネカは身体と地面を糸で繋いで耐えようとしたが、何故かスキルが発動せず、そのまま吹き飛ばされてしまった。
訳も分からず飛ばされているうちに丘を越えてしまった。やはりスキルは使えず、とにかく着地に備えなければならなそうだ。
下は砂漠なので大丈夫だと思うが、埋まったら出るのに苦労するかもしれない。
どうしようかと考えていると下側から柔らかな風が発生し、ふわっと着地することができた。
「……飛ばされた」
周りを見るとモフとプラウティアが近くに着地していた。
やや離れたところにガイアとルキウスがいる。
みんな無事だった……と息をつきそうになったが、どれだけ探してもマイオルがいない。
「みんな! マイオルは?」
セネカの声に反応してみんながキョロキョロした。だが、何度見てもマイオルはいない。
「飛ばされた時って、どんな陣形だったの?」
セネカが聞くとルキウスが答えてくれた。
「セネカの後ろにプラウティアさんとマイオルがいたと思うけど」
全員がプラウティアに注目する。
「マイオルちゃんは私の横にいました。咄嗟のことだったから分からなかったけれど、私が浮き上がった時、マイオルちゃんが下の方に見えたような……」
プラウティアは必死に記憶を辿っているようだが、どちらにせよ確かなのはマイオルがここにいないことだけだ。
「その位置取りでマイオルさんが飛ばされないってことありえる? 方向が違ったのかなぁ?」
「おそらくあれは魔法だったと思う。吹き飛ばされた割には初速と終速の差がおかしかった」
モフの疑問にガイアが答える。あれが魔法であったのならば、マイオルだけ飛ばされなかったかもしれないし、みんなと違う方向にいるとしてもおかしくはない。
「とりあえず丘を目指すしかないね」
「うん、僕もそうするのが良いと思う。一人残されているとしたら早く戻らないと行けないし、はぐれたのだとしても丘を目指すはずだから」
セネカの提案にみんなが賛成した。丘の方を向いて全員で走り出す。
「ねぇ、みんな。私、さっきから【縫う】が使えないんだけれど、これって私だけ?」
「セネカもか……。僕も【神聖魔法】を使えないんだ。使えていたらここまで飛ばされなかった」
「……僕も使えないみたいだぁ」
「私も[花火]が出ない」
「私も使えません」
全員スキルが使えないようで困惑の表情を浮かべている。
「一体何が起きているんだ? 突然龍が現れるし、力を示せと言われたと思ったら飛ばされるし……」
話しているガイアのことを見たら、彼女の顔から汗が滝のように出ているのが見えた。
「スキルも封じられているように思える。私たちは良いが、もしマイオルが龍の前で同じ状態になっているとしたら……」
焦る気持ちはみんな同じだろう。
大切な仲間が一人、ここにいないのだから。
「違う方向に飛ばされていてくれ……!」
身体能力の高いセネカとルキウスが前に出る。
みんなはついてこれないだろう。
申し訳ないが、一秒でも早く丘に着きたい。
丘を登ってその先の領域にマイオルがいないことを確認したい。
そうじゃないとマイオルが危ない……。
丘に着いたセネカは這うようにして丘を登る。
最速で行くためには足だけではなく手を使う必要があるのだ。
息は苦しく喉はカラカラだ。
記憶にないくらいに自分がうろたえているのが分かる。
頭が真っ白になって完全に動転してしまっている。
丘のふもとにはマイオルがいなかった。
さっきから後ろを見ているが、マイオルらしき影は見えない。
龍の前にマイオルだけ取り残されてしまったのだという考えが頭から離れない。
どうか無事でいてほしい。
そう願いながらセネカは丘の頂上まで駆け上がった。
目線の先には大きな青い龍と小さな金髪の少女がいた。マイオルだ。
マイオルは背を向けていてどんな表情をしているのか分からない。
「良かった」
生きていた。間に合った。
セネカは満身創痍の身体を奮い立たせ、マイオルの元に向かおうとした。
しかし、その時、青き龍は動いた。
大きな口を開けて、ゆっくりとマイオルの身体を丸飲みにしてしまった。
「マイオル!!!!!」
セネカは微かに回復した魔力の全てを使って、龍に向かって行った。
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