第190話:小火
リザードマンの森に来てからマイオルは度々不思議な現象を目にしていた。
例えば探索初日。リザードマンの森に入る前にみんなで作戦を確認しているとき、突然セネカがみんなの前で話す像が見えたような気がした。
気のせいかもしれないと思ったが、ちょうど良かったので、セネカに想いを打ち明けてもらうことにした。
ガイアとモフが倒れて困っている時もそうだった。空白地帯に逃げ込むべきか考えている時に、[まち針]を足場にしているセネカが見えた。
その行動を促した結果、セネカが全員で空に行くという考えを思い付き、何とかあの場を乗り越えることができた。
極め付けは先ほどの戦闘だ。空に魔法を放つガイアの像を皮切りに、綿爆弾を出すモフ、木剣から何かを出すプラウティアの像が次々に見えて来て、その通りにしてもらった。
その行動に何の意味があるのか全く分からなかったけれど、その通りにして貰えばこの窮地をしのげるという不思議な確信だけがあった。
正確に表現すれば、マイオルはスキルに「そうすれば大丈夫だ」と言われているように感じていた。
◆
マイオルの目の前には巨大な青い龍がいる。
見上げるくらいに大きいのに、その龍は嘘みたいに優雅に宙に浮いている。
さっきその龍に吹き飛ばされて、仲間はみんないなくなった。
いまここにいるのは、御伽話に登場するような伝説の生き物とそれにたまたま遭遇した小娘だけだ。
【力を示せ】
またあの声が聞こえてくる。
みんながいる時からその言葉が自分に向けて言われているような気がしていたのだが、どうやらそれは思い上がりではなかったようだ。
マイオルは【探知】を発動する。
ここはスキルで探索できない『空白地帯』だったはずだが、今ではいつものようにスキルを使うことができる。
セネカ達はだいぶ遠くに飛ばされたようだが、反応には問題ないし、怪我をしたということもないだろう。
マイオルは龍の目を真っ直ぐ見つめながら、サブスキル[予知]を発動した。
その瞬間、目の前に無数の像が発生し、頭の中が破裂しそうになる。
マイオルがこの能力で見ることができるのは、少し先に取りうる未来だけだ。
普通の人間が相手なら、剣の軌道が見えて、それに多少の軌道の幅があるくらいなのだが、この龍は同じ時間の中であらゆる行動を取ることが出来るのだろう。
この現象は、かつて白龍を見た時と同じだった。
以前はこの光景に圧倒され、マイオルは心が折れてしまった。
龍が本気であれば、もうマイオルは何度も八つ裂きにされ、肉片すら残っていないだろう。
自分の身体が震えていることにマイオルは気が付いた。
剣を持ってはいるものの、落とさないようにするので精一杯で、腰を抜かさずに立っている自分を褒めたいくらいだった。
あまりに無力だった。
マイオルは自分の器用貧乏さにずっと悩んでいたが、それが
死に物狂いで英雄達に追いつこうとしていた日々の無為さが込み上げてくる。
【力を示せ】
勘弁してほしかった。
力を見せて何になるのだというのか。
ほんの誤差でしかないような違いを見せて、何の意味があるのか。
それが分からなかった。
マイオルは[予知]を止めた。
この能力をいま使っても何も分からない。
頑張ろうが、諦めようがきっと同じ。
そんな風にも思えてくる。
本当に単純な状況で、挽回は不可能。
こんな時にどうにかできる方法があるというのなら教えてほしい。
マイオルはそのまま剣を離し、相手に身を委ねようとした。
だけど心の中に
それはちょっとした不満だ。
とにかく気に入らないことが多い人生だった。
英雄を目指すと言えば笑われ、本気で訓練すれば宥められた。
止められる理由は様々だったけれど、みんなが示したことは同じだっただろう。
『努力したところで結果は決まっている』
そうかもしれない。
でもそうじゃない可能性もあるはずだ。
そう思ってマイオルは自分なりに努力をして来た。
よくない結果が出たとしても納得できるように自分を追い込んできた。
心の中の小火が揺れる。
何度か死にそうになったことがあった。
運良く避けたり、仲間が助けてくれたりしたおかげで、今日まで生きて来れた。
『もし、あそこで人生が終わるのだと分かっていたとしても、もがくことは辞めなかっただろうか?』
自分に問いかけてみたところ、思った以上にすぐ答えが返って来た。
「あったり前じゃない!」
心の中に光が灯る。
熱い炎が煌めき出す。
【力を示せ】
「うるさいわねぇ……」
マイオルはそんな風に言われるのが嫌いだ。
だから言う通りにするつもりなど全くなかった。
運命が変えられないのだとしても、自分から折れることだけはないと決意を新たにした。
「私は……逃げない」
マイオルは剣を強く握りしめた。
そして心の底から願った。
『意志を貫かせて欲しい。どんなに強大な相手を前にしても戦い続ける心の強さが欲しい』
その時、龍に勇ましく立ち向かう自分の像が出現した。
その顔は笑っていて、まるで御伽話の英雄のようだった。
マイオルは足を踏み出した。
その像に重なるように動き、目一杯の笑顔になって言い放ってやった。
「かかって来なさいよ! 私が相手をしてあげる!!」
自分の渾身の虚勢を見て、龍がちょっとだけ笑ったようにも見えた。
マイオルは龍に飛び掛かる。
剣筋は破茶滅茶で、誰かに見られたら笑われるだろう。けど、それでも良かった。ここには自分と龍しかいないのだから。
剣を振っているうちに段々と楽しくなってくる。
これだけの龍と一対一で戦ったことのある人間はいるだろうか。
もしかしたらあの剣神だって出来なかったことをしているかもしれない。
そう思うと嬉しくて仕方がない。
マイオルは舞うように剣を振るう。
矢をつがえ、近距離で放つ。
何度か龍の爪を盾で弾きもした。
まるで夢のようだった。
攻撃を重ねられていつ死んでもおかしくない状況なのに、どう動けば良いのかが分かる。
次にすべき行動が見えてくる。
像が目に浮かんでくる。
マイオルはなけなしの魔力を剣に通し、龍の頭に攻撃した。
当然のように剣は弾かれ、龍には傷も付かない。分かっていたことだ。
「これで終わりかぁ」
マイオルにはすでに夢の終わりが見えていた。
だからこんな声が頭に響いても、これまでみたいには喜べなかった。
【レベル4に上昇しました。[簡易鑑定]が可能になりました。身体能力が大幅に上昇しました。魔力が大幅に上昇しました。干渉力が大幅に上昇しました。サブスキル[
龍の顔が目の前にやって来た。
ごまかしの効かないような透き通った目でじっと見つめられる。
龍が大口を開ける。
マイオルは抵抗したいと思ったが、指一本動かせなかった。
儚い人生だったが、やり切った。
そう思ったとき、龍の声が聞こえてきた。
【力は示された】
「えっ!?」
マイオルは龍の口の中に入った。
生温かくて湿っているが、不快ではない。
【加護を与える】
また何か聞こえて来たけれど、訳が分からなかった。
そして口の中にいながら一度だけぐるんと回転した後で、マイオルは『ぺっ』と吐き出された。
辺りを見回すと、見たことのないくらいに激怒したセネカが龍に飛びかかろうとしているところだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます