第191話:赤い糸?
青き龍に丸飲みにされるマイオルを見た瞬間、セネカは走り出した。
何かしなくてはと[魔力針]を出すと、発射することができた。
いつのまにかスキルが使えるようになっているのだ。
だが、スキルが使えるといっても魔力はもうほとんど残っておらず、取れる手段は限られていた。
何か縫えるものはないだろうかとセネカは辺りを見回した。だけど、ちょうど良いものはなさそうだ。
「セネカ!!!」
ルキウスの声が聞こえてくる。
マイオルを助けたい。
何とかしたい。
「ルキウス! 力を貸して!!!」
叫びながら走っていると『パキーン』と何かが割れる音がした。
音の方を見るとルキウスが剣を持っていて、虚空を切っていた。
「セネカに力を⋯⋯」
そう呟くルキウスを見ると、視界の端に赤い糸のようなものが見えた。
それは圧倒的な存在感を放っていて、この事態を解決する糸口になる気がしてならなかった。
セネカは無我夢中でその糸を針に通し、スキルを発動した。
「【縫う】!」
それが何であり、どこに縫ったのかも分からなかった。
だけど不思議な手応えがあり、気がつくと目の前には龍がいて、セネカは渾身の力でそれを蹴飛ばしていた。
龍は蹴られた勢いを殺すように空中をぐるんと一回転した後で、何事もなかったかのようにまたふわふわと浮き出し、『ぺっ』と涎まみれの何かを吐き出した。
新たな攻撃かと身構えたが、よく見るとそれは唾液でベトベトになったマイオルだった。
マイオルははっきりした表情でセネカを見ているので間違いなく生きているようだ。よく分からないが助かったらしい。だけど、昂った気持ちは止められない。
「セネカ!」
セネカは怒りに任せてもう一度龍を蹴り飛ばそうとしたけれど、また頭の中に声が響いて来て動きを止めた。
【力は示された】
セネカは固く握りしめていた拳の力を抜き、大きくため息をついた。
◆
マイオルが本物か確認するために頬をむにむにしたり、抱きついたりしてから、セネカは事の顛末を聞いた。
ルキウス達は後方で口をあんぐり開けながらセネカのことを見ていたらしく、すぐにやって来た。
話をしている間中、龍はふわふわと浮いていたが、途中で【加護を与える】と言ってモフを一瞬咥えていた。
マイオルは龍の口の中に長い間入っていたが、モフはすぐに出て来た。
後から聞いた話だが、この時モフはレベルアップしたという。
話を一通り聞いた後、マイオルとモフは龍から鱗を何枚かもらっていた。二人によれば加護のある者にのみ与えられる物らしかった。
セネカは鱗を貰えそうになかったので、せめて触りたいと思って近づいたが、龍はさっと動いて離れてしまった。
もしかしたらセネカは嫌われているのかもしれない。マイオルが食べられたと思って怒り狂ってしまったのがいけなかったのだろうけど、あれは紛らわしい行動をとった方が悪いので、セネカは仕方がないと思っている。
その後、どうしたら良いのか分からず全員で龍を眺めていると、また頭に声が響いて来た。
そして瞬きをする間に龍は消えてしまい、セネカ達だけがそこに残された。
消える間際に龍が伝えた言葉は二つだった。
【龍の時代が始まる】
【
◆
セネカ達は再び丘を登り、オアシスに帰ることにした。
気付かぬうちに全員の魔力が回復しており、敵もいないので容易く進むことが出来た。
「今回のことってさ、結局何だったのかな?」
地面を踏みしめながらセネカは言った。誰かにというよりはみんなに向けての問いだ。
「何だったのかしらね」
マイオルはさっきから少しボーッとしている。
龍の唾液まみれになっていたけれど、匂いはなく、むしろ肌ツヤが良いように見える。
「この森全体が試練だったんじゃない?」
そう言ったのはルキウスだ。歩きながらずっと地面を見ており、砂漠の薔薇を見つけると嬉しそうに拾ってくる。
「試練かぁ……。よく生きて戻ってこれたよねぇ」
「それは本当にね」
モフもルキウスと同じで、楽しそうに砂漠の薔薇を拾っている。二人は以前これを探すために砂漠をずっと歩いていたようだから、今の状況が楽しくて仕方がないのだろう。
「あの青き龍はずっと私たちを見ていたのだろうか……」
ガイアが呟いた。
「どうしてそう思うの?」
セネカが聞くとモフが代わりに答えた。
「龍が僕に加護を与えたからでしょ? あの戦いで僕はほとんど何もしていないけど、龍が言うには力を示したらしいからぁ」
「何もしていないとは思っていないが、理由が読み取りにくいとは感じた」
マイオルのことは置いておくとして、確かにあの戦いだけ見て龍がモフを選んだとは考え難かった。
「あの龍がモフさんを好きなんじゃないですか?」
プラウティアは好み説を考えているようだ。
「龍が言う『力』っていうのもよく分からないし、そういう意味では好みとも言えるわね」
マイオルもプラウティアの意見に賛成のようだった。
「そう言えば、何で最初にプラウティアだけ龍が見えたんだろうね。私たちが気づくまでにだいぶん時間があったよね?」
「……分からないの。ふと見たら青い鱗が目に入って、気づけば立てなくなってた。みんな何で気が付かないんだろうってその時は思ったけれど、多分私たちに見えないだけで、ずっと何処かに居たんだよね?」
「……もしかしたら今も近くにいたりしてね」
セネカがそう言うと全員が黙り込んでしまった。
歩き方すら静かなものになっている。
「あの龍がどんな力を持っているのか分からないけれど、近くにいなくても私たちの様子を見ることくらい出来るんじゃないかな? スキルを制限する能力も持っていそうだったし、何でもありだと思う」
「あたしの【探知】がおかしかったのも龍の力だと考えるのが自然ね。部分的な制限や解除が出来るんだと思うわ」
そんな話をしながらセネカ達はとぼとぼ歩き続けた。
今回は運良く龍に認められるという偉業をなすことが出来たが、普通に戦ったら間違いなく全滅だった。
あそこまで埒外の存在が待っているとは思わなかったが、正直セネカは手も足も出なかった。渾身の力を込めた攻撃でやっと相手の鱗を貫き、血を滲ませたくらいだ。
「もっと強くなりたいね」
「本当にね」
セネカの言葉に全員が同意してくれた。
◆
「今日も見張りは立てざるを得ないわね」
オアシスについた後、食事を摂りながらマイオルが言った。
「私は問題ないよ」
「僕も大丈夫」
セネカ、ルキウス、プラウティア、ガイアの四人は元気だったが、マイオルとモフはフラフラしていた。
「身体は大丈夫なんだけど、眠くて仕方がないの」
「僕もぉ」
「龍の加護が関係しているのかな?」
「そうなのかも」
こんな会話があって、二人にはすぐに眠ってもらうことになった。
夜、セネカが最初の見張りをしているとプラウティアがやって来た。この後は半交代で行くのでセネカが寝るまでは一緒だ。
「セネカちゃん、調子はどう?」
「元気だよ。多少は疲れているけど」
「あんなことがあった後だから仕方がないよね」
プラウティアはセネカの横に腰を下ろした。
プラウティアと一緒の時は大抵食べ物の話をするので、セネカは最近食べた美味しいものの記憶を辿った。
この前、王都で食べた蒸しパンが良かったのでその話をしようと決めたとき、プラウティアが口を開いた。
「ねぇ、セネカちゃん。セネカちゃんって夢の中で龍を見たことがある?」
プラウティアの話が予想外のものでセネカはちょっとびっくりした。蒸しパンの話はいつでも出来るので、一旦忘れることにする。
「あるよ。あの白龍と戦ったこともあるし、ワイバーンと仲良くなって一緒に空を飛んだこともある」
「さすがセネカちゃんだね」
セネカは褒められてちょっと嬉しかった。
「セネカちゃんは私よりも詳しいと思うんだけれど、伝承も含めるといろんな種類の龍がいるよね?」
「そうだね。特に剣神伝説にはいろんな龍種が出てくるんだ。地面から突然地龍が現れたり、雪山で吹雪を出す龍がいたり……」
「それじゃあ、体が木みたいになっている龍って知ってる?」
セネカは空を見上げて考えた。この領域では綺麗な星空が見える。
「そういう龍がいるっていうのは聞いたことがないなぁ。龍のことだったらマイオルの方が詳しいかもしれないけれど、どうかしたの?」
「ううん、いま寝てる時に夢で見ただけだよ。体表がまさに樹みたいな龍と楽しくお話しする夢だったの」
プラウティアも空を見上げながら話をした。満天の星空がプラウティアの瞳に映って、より一層綺麗だった。
「良い夢だった?」
「うん。龍に震えて死を覚悟した後だとは思えないくらいにね」
プラウティアは笑っていた。つられてセネカも笑った。
「今回はもうダメだと思ったよ」
「そうだね……」
「でも、あれより強い生き物はもういないから⋯⋯。もしかしたら白龍のが強いかもしれないけど、どっちにしろ龍以外の生き物は相手にならないよ」
「そうだね。私たち、今日龍に立ち向かったんだよね」
「そうだよ? 龍の中でも最上格の相手に向かって行ったんだよ。私が針を刺そうとしているとき、プラウティアは龍に斬りかかったんでしょ?」
さっき歩きながらルキウスに聞いた話だ。
「そうなの。無我夢中だったけれど、あんなに恐ろしい相手に攻撃しちゃったみたい。剣が折れちゃったけどね」
プラウティアはお茶目に笑った。だが、やったことは簡単に笑えることではない。まさに英雄のような行動だったはずだ。
「運良く生き延びられたおかげで、きっと得難いものを得られたんだよ。だってもうどんな魔物を前にしても、うろたえないでしょ?」
「そうだね。龍に比べたらさすがに見劣りしちゃうからね」
「うん、本当に良かったよ……。本当に……」
セネカはプラウティアに抱きついた。
いつの間にかプラウティアは涙を流していて、強く抱き返してくれた。
「みんな生きていて良かったね、セネカちゃん」
「うん……。うん!」
目から涙が溢れて来る。
生きて帰って来れて良かった。
その喜びをセネカは噛み締めた。
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