第192話:「帰りたくなーい」

 朝、調子を取り戻した『月下の誓い』の一行は拠点に戻ることにした。

 物資も少ないし、出来るだけ安全な場所で休息を取りたいというのが全員の気持ちだった。


 セネカ達は万全の状態でリザードマンの森に入った。先が見えているので魔力をふんだんに使うことができるし、ガイアがいるので行き詰まることもなさそうだ。だがそんなセネカ達の様子に反して、魔物達は静かだった。


 マイオルによれば、リザードマンの群れやワイバーンなどが森をうろついているが、こちらを避けるような動きを見せている個体が多いということだった。


「何にも変わった気がしないけれど、龍の加護が効いているのかしらね」


 マイオルはこんな風に話していた。原因は分からないけれど、森の様子が変わっていることだけは間違いなかった。


 ワイバーン領域を抜け、リザードマン領域に入る頃にはみんな余裕を持って行動していた。そのおかげなのか前の探索では見つからなかった植物や菌類、鉱物を発見し、持ち帰ることが出来た。


 また、この探索は、レベルが上がったマイオルとモフが身体を馴染ませるための軽い訓練にもなったようだった。


 そしてついにセネカ達は拠点に帰ってくることが出来た。


「いやぁ、ちょっと居ただけだけれど、ここに戻ってくると安心するねぇ。かなり安全だって分かっているのもあるけどねぇ」


 モフが大きく伸びをした。荷物から解放されたのも大きそうだ。


「今日は出来る限り豪華な食事にしましょうか。水も集めて身体を綺麗にしたいわねぇ」


「私が料理を作るぞ」


「やったぁ!」


 ガイアが料理を作ると聞いてセネカは飛び上がった。まだ日も高いし、ガイアの絶品料理が食べられそうだ。


「だったら私、狩りに行ってくるよ。干し肉もあると思うけど、新鮮な方が美味しいと思うから」


 肉を熟成できたら良かったが、それはさすがに贅沢だ。


「私も野草や果物を探しに行きますよ」


「じゃあ、セネカとプラウティアとルキウスで食料調達をお願いー。私とモフで環境整備をするから、ガイアは料理の準備ね」


「はーい」


 セネカはゆっくりと準備を整え、また森に入って行った。





 龍と戦い、拠点に帰って来てから三週間、セネカ達はまだリザードマンの森にいた。


 滞在の大きな目的は、砂漠の薔薇の回収と運搬だった。あれから何度も奥の砂漠に足を運んだおかげで、今では拠点にかなりの量の砂漠の薔薇が集まっている。


 砂漠は広大で、探せばまだまだ見つかりそうではあったが、もう十分だろうということになった。


 セネカはガイアと共に砂漠の薔薇に関する調査を行ったが、この期間に分かったことは僅かで、王都に戻ってから秘密裏に分析をすることになっている。


 マイオル、ルキウス、モフの三人は、大量の砂漠の薔薇をどう扱っているかの話し合いをたくさんしていた。


 セネカもたまに話を聞いていたが、砂漠の薔薇を引き換えに教会にルキウスの自由を認めさせるというのが主な目的のようだった。そのために砂漠の薔薇を隠す場所を構築することすら行った。


 また、この期間中、セネカは渓谷を越えて何度かパドキアの街を訪れた。食べ物を買うのが目的だったので、変装をしてマイオルやガイアと街を練り歩いた。


「帰りたくなーい」


 最近セネカは口癖のように繰り返している。不自由は多いが、みんなに囲まれて悠々自適の生活を行っている。ルキウスの所在が捕捉されたということもなさそうだ。


 おそらくみんなも同じように思っているはずだ。マイオルは教会の頭を冷やすために一ヶ月はルキウスを帰さないと言っていたが、この生活を間違いなく楽しんでいる。


 そんなマイオルがある日、みんなに言った。


「名残り惜しいけれど、そろそろ王都に帰りましょうか。対策は十分に話し合ったし、もう良いでしょう。大事にはなっていないと思うけれど、向こうの動きも気になるし」


「帰りたくなーい」


 セネカは反射的に口にした。


「そうは言っているけれど、この生活に飽きているのはセネカじゃない? 最近ルキウスと二人でワイバーンにちょっかい出しに行ってるの知ってるわよ」


 これは怒られる奴だとセネカは即座に気がついた。まぁ、【探知】すれば分かるので隠し通せるとも思っていなかったが……。


「⋯⋯それじゃあ、いつ帰る? 今日とか明日とか?」


 ルキウスは素知らぬ顔で立ち上がった。このまま押し通すつもりだろう。


「あ、そうだ。これ、マイオルに任せるね」


 ルキウスはそう言って、どこかから取り出して来たワイバーンの角や牙をマイオルに手渡した。どれも貴重な素材になる。


「……あなたたち、最初からこうするつもりだったのね。まぁ、別に良いけれど」


 作戦は完全に成功だ。だが、ここで笑顔を見せようものなら反撃されてしまうのでセネカは無表情を意識する。


「プラウティア、新しい魔物避けができるかもって言っていたけれど、その研究にはまだ時間がかかりそう?」


「そうですねぇ。あとはキトちゃんに分析してもらうための素材を集めたら終わると思います。あと二、三日あれば十分かな」


「分かったわ。それじゃあ、あと数日で出発の予定にしましょうか。帰る準備はみんなで手分けしてやりましょう」


「はーい!」


 セネカは一番大きな声で返事をした。





 その日の夕方、拠点からやや離れた場所でセネカが刀を振っているとマイオルがやって来た。


「やっぱりここにいたのね」


 この数週間、穏やかに過ごしていたものの鍛錬を欠かす人間は誰もいなかった。むしろ人目を憚らずに出来るので、力が入っているくらいだ。


 セネカが大抵この場所で訓練していることは全員が知っていた。


「何かあった?」


 セネカは刀を振りながら聞いた。最近は利便性を考えて針刀を使うことが多いけれど、使い慣れているのは刀だ。攻撃力もこちらの方が高いと思っている。


「ちょっと戦ってくれない? もう少しで何か掴めそうなのよね」


「良いよ」


 マイオルとは、数日に一回は手合わせをしていた。マイオルは上がったレベルに対応すること、セネカはマイオルの読みを上回る行動をとり続けることが目的だ。


 レベルが上がったとき、マイオルは[しるべ]という能力を得た。これは目的に応じた効果的な行動が見えてくるというもののようだ。一度発動するとマイオルの視界に像が現れ、その通りの行動を取ると連鎖的に像が見えてくるらしい。


 手がかりを【探知】していると思うとマイオルは言っていた。これまでのマイオルの能力は、自分で収集した情報から新たな情報を生み出しているような印象があったが、この新しい能力は、これまで知り得なかった外の情報を扱っているようにも見える。

 今のところ一日一回しか使えないようだが強力なスキルだ。




 セネカは刀を構えた。対するマイオルはブロードソードを両手で持っている。


 マイオルは強く地面を蹴り、斬りかかってきた。

 セネカは剣を横から叩き、軌道をずらす。

 そのまま足を払おうとしたが避けられた。


 これは最近マイオルが良くやっている動きなので、セネカが真似して笑っている。


「器用だし、キレもあるわね」


「まぁ、お手本が良いからね」


 マイオルは笑顔のまま、大きく振りかぶった。

 素早く動く刃をセネカは真っ正面から受け止めた。

 自然と鍔迫り合いになり、押し合いが始まる。


 慣れと技術のおかげでセネカが押しているが、単純な力はレベルアップしたマイオルに追い越されそうだと感じた。


 セネカは瞬時に身体を魔力で強化し、腕に力を込めた。同時にマイオルも押してきたので飛び退り、二人の間に距離ができた。


「ねぇ、セネカ。初めてアッタロスさんに会った時のことを覚えている?」


 足に力を込めようと魔力を動かした時、マイオルに聞かれた。


「もちろん覚えているよ。あの時は全く歯が立たなかったなぁ。二人がかりだったのに」


 マイオルは何故か剣を鞘に戻し、腕を組んでいる。戦いをするような体勢ではない。


「凄かったよね。あたしが初めて間近で見た金級冒険者だった……。格が違うって思ったよ」


 セネカも似たような気持ちを抱いたのを覚えている。当時アッタロスほど強い冒険者にセネカは会ったことがなかった。


「そんなあたしもレベル4になっちゃったよ。練度に差はあるけれど、あの時のアッタロスさんと同じレベルだわ」


「そう言えばそうだね……」


「セネカは分かっていないだろうけれど、十七歳でレベル4になった冒険者がこれまでに何人いたか知っている?」


 セネカは首を横に振った。


「たったの五人よ」


「ほえー、そうなんだ」


「そう……。なのに今、私たちのパーティは六人中四人がレベル4なの。しかも、二人は十六歳だしね」


 マイオルとモフは一個上だ。


「多分もう隠し切れないわ。セネカだけなら何とかなったのかもしれないけれど、ルキウスと私とモフ……。それだけいればバレるのも時間の問題ね」


「まぁ、そろそろバレちゃうだろうね」


「『月下の誓い』は最も注目されるパーティになるわ。これまでもかなり目立っていたけれど、それ以上にね」


 注目されるのは良いがたまに絡まれることがあるのでセネカは嫌な気持ちになった。


「何とか隠したいね」


「努力はしたいけれど、いつまで保つかしらねぇ……」


 セネカは遠い目になった。


「だけどね、セネカ。遅かれ早かれこうなるって決まっていたとあたしは思っているの」


「どういうこと?」


「飛び抜けて強くなったら、やっぱり注目されるのは仕方がないのよ。セネカはすぐに金級冒険者になりたいんでしょ?」


「そうだね。それが近道だと思っているから」


 これを聞いてマイオルはニコッと笑った。


「それじゃあ、覚悟をしなくちゃならないわよ」


「どんな覚悟?」


「英雄になる覚悟をね!」


 マイオルはいつの間にか持っていたナイフを投げた。

 セネカはそれを避けながらこっそり準備していた[魔力針]を足の先から蹴るように発射した。


「いや、その攻撃ズルいわよ!」


「マイオルのナイフのがずるいよ!」


 そんな風にやいのやいの言いながら二人は辺りが暗くなるまで戦い続けた。

 察したガイアが二人を呼びに来たが、ちょっとやり過ぎだったのでしっかり夕飯を減らされてしまったのだった。




◆◆◆




 後に伝説と評されるパーティ『月下の誓い』の冒険者と言えばマイオル・メリダが有名だ。


 彼女は個性豊かな仲間たちをまとめ、『月下の誓い』を大陸最強のパーティに押し上げたと言われている。


 武芸百般に通じ、戦闘力も非常に高かったと伝えられているが、特筆すべきはその指揮能力で、歴代の冒険者の中でも最高峰だと評価されている。


 彼女の指揮はスキル【探知】を応用した理論的なものだったようだが、ひとたび窮地に陥ると、誰も予想しなかった行動を指示し、まるで未来が見えていたかのように敵を翻弄したという。


 その戦いぶりは神がかっており、いつしか彼女は『神通力』と呼ばれるようになった。


 彼女の活躍は同時代に活躍した天女、そして聖者とともに後世に語り継がれている。

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