第187話:変哲
「取り乱してすまなかった」
顔を真っ赤にしたガイアがみんなに謝っている。隣にいるモフの顔も赤く、苦笑いを浮かべている。
「元気そうで良かったけれど、ちょっと熱かったわね」
マイオルがニヤケながら肘でガイアを突いた。プラウティアはそんなマイオルのお腹に抱きついて宥めようとしている。
セネカはルキウスの横でそんな四人を見ている。
「みんな元気で良かったね」
「うん。魔物にもバレていないようだし、良い状況で空白地帯に行けそうだね」
「二人が起きてくれたからね。本調子じゃないだろうけれど、これから何が起こるか分からないから心強いよ」
いまセネカ達はいま砂漠を目の前にしながら、束の間の休息を取っている。さっきモフが目を覚ましたので安堵感が込み上げたのもあるだろうが、これから空白地帯に入るので、緊張を和らげるためにちょっとおちゃらけているのだ。
「さて、それじゃあ、行きましょうか」
ひとしきり笑った後で、マイオルが空気を変えた。それを見てセネカも気持ちを切り替えた。
「ガイアとモフは魔力を温存しながら、まずは身体の調子を確認して。私と一緒に中衛をしましょう。前衛はセネカとプラウティア、後衛はルキウスの陣形で進んで、何が起きるのかを見るのが良さそうね」
セネカとプラウティアが前に出るのは探索中心の陣形だ。今回はルキウスに後ろを任せて全方位の守りを固める意味もあるだろう。
「何が待っているかしらね……。ここまで来たら、『かかって来い』という気持ちになるわね」
マイオルは好戦的な笑みを浮かべながら剣を抜いた。反対の手には盾を持っている。こんな状況でそういう態度になれるのはとてもマイオルらしいとセネカは思った。
「じゃあ、進むね」
確認を取ってからセネカは砂漠に入った。砂が入るのを防ぐために魔力の糸で作った布を靴に縫い付けてある。
おそるおそる歩く。
プラウティア、マイオル、ガイア、モフ、そしてルキウスが後に続き、全員が足を踏み入れた。
全員に緊張が走る。
「何も起こらないね」
「……そうね」
「…………しーん」
その場でじっとしてみるが、魔物が現れるわけでもなければ、遠方から攻撃されるということもない。
「……魔物の鳴き声が止んでない?」
ルキウスが言った。確かにさっきまでは森から魔物の声が聞こえていたけれど、いまは静寂が広がっている。
「マイオル、スキルは使えるの?」
「うん。相変わらずこの領域の情報は得られないけれど、森の中のことは分かるわよ。魔物の動きが落ち着いてきたかもしれないわ」
どうやらスキルが全く使えないという訳ではないようだ。
「それに広域の探査は出来ないんだけれど、視界の範囲内だったら大丈夫みたい。俯瞰的に見ることも出来るわ」
「都合よく阻害されてるみたいで気持ちが悪いねぇ」
手をぱたぱたさせながらモフがそう言った。確かにその通りだ。
「とにかく細心の注意を払いながらオアシスに向かいましょうか。魔物の気配はなさそうだけれど、虫や小動物がいるかもしれないから気をつけてね」
セネカ達は一歩一歩しっかりと進んでいった。
「……本当に何もないわね」
あれから何事もなく、セネカ達はオアシスに辿り着いた。ここまで魔物もおらず、虫一匹発見できなかった。
「プラウティア、この植物は見たことある?」
セネカが声をかけるとプラウティアはハッとして背筋を伸ばした。プラウティアはさっきからこんな様子で、遠くに見える丘を何度もチラチラ見ている。
「さっきから気にしているけど、丘に何かあるの?」
プラウティアは眉をひそめた。
「理由は分からないんですけど、気になるんです。誰かに見られている、というのとも少し違うんだけど、目をひかれちゃって……。皆さんはどうですか?」
「私は何にもかなぁ。ルキウスはどう? 渓谷にいた時から威圧感を感じてたみたいだけど……。森にいた時は私も圧迫感があると思っていたんだけど、砂漠に入ってからはさっぱりなくなっちゃったよ」
「うーん……。僕も同じかな。奥に進むにつれて何か強大な力の存在を感じていたんだけれど、ここに来てから全然なくなったよ」
「あたしは何にも感じないわ」
「私も」
「僕もぉ」
違和感を持っているのはプラウティアだけのようだ。だが、ルキウスも感じていた感覚がここに来てパタリとなくなってしまうのも奇妙だとセネカは考えていた。
「とりあえずだけれど、いろいろなことがあったし、今日はこのオアシスで野営しましょうか。砂漠で行動する前に体力を回復させたほうが良さそうだしね。明日はあの丘に行って、高いところから先を見てみることにしましょう」
マイオルの意見に全員が賛成した。オアシスが安全とも限らないが、砂漠の探索前に水分を補給できるのはありがたい。
「あれだけ意気込んだのに何もなくて消化不良だと思うけれど、その力は明日に取っておきましょう。まずは今日を乗り越えられたことを喜ぶのが良さそうね」
マイオルの言葉を聞いて、セネカは何となくルキウスにちょっかいをかけた。
◆
次の日、これまた平穏な夜を過ごした一行は、砂漠の中を歩き始めた。
「昨日は気づかなかったけれど、砂漠のわりにあんまり暑くないね」
「そうね。夜も思ったより温度が下がらなかったわ」
セネカは横にいるマイオルと話し始めた。時折ガイアが走り出してサソリの抜け殻や巣の跡を見つけるのだが、生きている姿を見つけることはない。
それ以外には特に何も起こらずに警戒しながら愚直に歩き続けている。
「あぁ!!!」
ガイアがまた駆け出した。今度は何だろうと思って見ていると、ガイアは掴んだ物をモフの元に持っていき、広げて見せた。
「これは……砂漠の薔薇?」
「やはりか。見覚えのある物が落ちていると思ったのだが、間違いないだろうか?」
「うん。小さいけれど間違いないよ。この質感にこの匂いだし……」
「ここに落ちてるってこと?」
セネカは目を凝らして地面を見つめた。色が違うといっても、砂の海の中から見つけるのはとても難しそうだ。
「簡単には見つからなさそうね……。あっ! あったかも」
みんなぼんやりと下を見ていたが、マイオルが見つけてからは目の色を変えて探し始めた。
丘に向かって進みながらセネカ達はいくつもの砂漠の薔薇を見つけた。小さめのものばかりだが、セネカも二つ見つけることが出来て満足している。
「リザードマンの集落で見た砂漠の薔薇はここの物と考えて良さそうね。大きさは違うから、選抜して拾ってきているのかもしれないけど……」
「こんなにたくさんあるなんてね」
ガイアを見ると地面をじっと見ながら考え事をしているようだった。こんなに沢山落ちている理由が気になるのだろう。
「表面が綺麗なものもあるけど、ボロボロのものが多いね」
「あぁ、もしかしたら削れて小さくなってしまったのかもしれないな」
「なるほどね」
セネカもガイアと一緒に地面を見つめる。パドキア砂漠とここでは環境が違いそうだが、何か共通点があるのだろうか。
だが、そんな思考もマイオルの言葉に遮られた。
「ここでも拾えるだけ拾いましょうか。みんなまだ荷物には余裕がある?」
「まだ大丈夫!」
全員問題ないようだったので、目に付くたびに砂漠の薔薇を拾いながら進んで行った。
◆
「あー、やっと着いた……」
砂漠の薔薇を拾っては進み、時折ちょっと戻って拾い、ということを繰り返しているうちに目当ての丘に辿り着いた。
砂丘というよりは硬い地盤が剥き出しになってできた地形のようだ。砂だと登るのが大変だっただろうから、ありがたい。
「それにしても、ここまで砂漠の薔薇以外は何にもなかったね」
セネカが言うとマイオルが答える。
「そうね。ガイアがサソリを二匹捕まえて液浸標本にしたけど他に生き物は居ないわ」
「砂漠のわりに気温も安定しているし、風もないから生物がいても良いんだけれどね。やっぱりここは特別な場所なんだろうなぁ」
セネカはゆっくりと丘を登り始めた。大きな期待を胸に抱きながらも、また何もなかった時の落胆に対する準備も整える。
そしてついに頂上に達した時、セネカは目を大きく見開いた。
「何これ……」
丘の先にあったのは、地面が青く透き通っている不可思議な領域だった。
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