第186話:空白地帯
「[綿ぼうし]」
スキルの発動と共にたんぽぽの綿毛のようなものが大量に出現した。綿毛はふわふわと漂いながら、敵がいる方へと向かっていった。
セネカはマイオルに共有された視野の中でリザードマンの様子を見ていた。綿毛は粉を撒き散らし、それを吸ったリザードマン達が咳き込んでいる。
そのせいで群れは一時的にパニック状態になったが、咳が止まるとすぐに落ち着きを取り戻した。
さっきセネカが針と糸で嫌がらせをしたが、それと同じようなものだと思ったのかもしれない。
リザードマン達は怒りを隠しもしない様子でこちらに向かって足を踏み出した。
その時、『ポポポポポ⋯⋯』という気の抜けるような音が発生した。
リザードマン達は喉を掻きむしり、胸を抑えながらバタバタと倒れていく。
そして最終的には全てのリザードマンが地に伏した。
◆
脅威を乗り越えたセネカ達は空白地帯に向かって進んでいた。モフとガイアはまだ気絶していて、ルキウスとセネカに背負われている。
もうすぐ森を抜けられそうなのだが、追ってくる魔物がいて、二人の治療は後回しになってしまっていた。どうすべきか判断が難しい状況だ。
「賭けになるけれど突き進んで空白地帯に入ってみるのはどうかしら? 開けたところで戦った方が分が良さそうよ」
「賛成だけど、足を踏み入れたらまた何か起きるかもしれないよ?」
マイオルとルキウスが話をしている。確かにこのまま森の中で逃げ回るよりは、出てしまった方が戦いやすい。だが、ルキウスの言うことも正しかった。
「せめて空白地帯……この先の砂漠に魔物が居ないかだけでも確かめたいですね。遠くから見た限りでは居ないという話でしたけど……」
「プラウティアの言うとおりかも」
セネカはプラウティアの意見に賛成した。後手にまわらざるを得ない状況なので、取れる情報は取っておきたい。
「……それが良いかもしれないわね。セネカ、空から見てこれる? もしかしたらワイバーンが近づいてくるかもしれないけれど」
「近くにいるとしたら一匹だよね? だったら痺れさせれば逃げられると思う」
セネカは背負っていたガイアをプラウティアに任せ、[まち針]で足場を作って登ろうとした。
「……ねぇ、だったらさ。もうみんなで上がって、空を移動すれば良いんじゃないかな? マイオルの弓とルキウスの魔法があれば、何匹か魔物が来ても足止めできるし」
「……確かに」
「それが良いかもしれないね」
「だったら私はリザードマンが地上から岩で攻撃してこないか見張ります」
全員の同意が得られたので、セネカは長めの針で足場を作った。ルキウスが【神聖魔法】で補強してくれているので、だいぶ登りやすくなっている。
セネカは先頭でポンポンポンと針の階段を上がり、木の上からぴょこんと顔を出した。森の方を見ると、少し離れたところに空を飛んでいる魔物がいる。あれはワイバーンだろう。
「一旦大丈夫そう」
後から来るみんなに声をかけて後方を見ると、そこには広大な砂漠が広がっていた。
「うわぁ……」
セネカ達が最初に渡ってきたパドキアの砂漠は岩石砂漠だった。だが、いま目の前に広がっているのは砂の砂漠だ。奥の方に丘も見える。
「オアシスもあるね」
左の方には水場があって草木が生えている。比較的近い場所だ。
「一見、魔物はいなさそうだなぁ」
そう言いながらセネカは双眼鏡を取り出した。登ってきたマイオルも感嘆の声を上げながら周囲を確認している。
「少し見た限りでは魔物は見えないね。森の出口付近がどうかも見たいから、もっと上に行くね」
セネカは再び[まち針]で足場を作り、空を駆け上がる。じりじりとした陽の光に照らされて汗が滲む。
まずはワイバーンに注意を払い、気付かれていないか確認する。砂漠の方からやってくる魔物がいないかも見なければならない。
「マイオル、今のところ脅威はなさそうだよ。あっちにはオアシスがあって、休憩するのに良さそう。動物も見えない」
「そうね。もし何も起きなかったらオアシスに向かいましょうか」
「下の方はどう? 魔物はまだ私たちを追ってきてる?」
「追って来ているわね。でも見失っているみたいだから足場を消した方が良さそう」
「分かった。じゃあ、下半分の針は無くすね」
マイオルは頷いた。
「ねぇ、今気づかれていないんだったら、大きな木の頭に隠れるようにして治療するのが良いんじゃないかな。二人がいないと防御力も攻撃力も違いすぎるよ」
セネカが言うとマイオルも疲れた顔で同意した。後ろからやってきたプラウティアとルキウスにも聞こえていたのか、二人とも同じような顔だ。
「改めて痛感するわね。モフの防御力は勿論だし、ガイアの魔法がないといざという時の突破力が全然足りないわ」
マイオルは深いため息をついた。
「だけど、二人とも生きていてよかった。今回の学びを活かす機会はこれからもあるんだからね」
「うん、本当にね……」
それからセネカ達は木の陰に隠れながら二人の治療を行った。ルキウスによる治療は問題なく済み、後遺症もなさそうだということが分かった。
ルキウスの見立てでは、モフは魔力が枯渇気味なので時間がかかるかもしれないが、ガイアはそろそろ起きてくるかもしれないということだった。
二人の様子を確認してから全員で盛大にため息をつき、束の間の休憩を取ることにした。警戒はし続けるが、多少の時間なら大丈夫そうだという判断だ。
「そういえばさっき、モフのスキルすごかったね」
水を飲みながらセネカが言った。
「あれがモフの奥の手の[綿ぼうし]だよ。大量の魔力と引き換えに胞子を撒き散らして、敵に吸わせるんだ。原理は分からないけれど、体内に入った胞子は爆発的に増殖して、魔物を窒息させるんだってさ」
「[綿爆弾]は見たことがあったけれど、同じような原理なの?」
「多分同じような原理なのだと思う。でも使い慣れてきたら敵を弱体化させたり、毒を撒くこともできるって言っていたよ」
「ほえー」
「そんな能力があるって知らなかったわ。あたしにも教えてくれたら良かったのに……」
「現状だと制御できなくて魔力を全部使っちゃうみたいなんだ。だからもう少し練習してから伝えるつもりだったんだと思うよ。僕は練習に付き合ったから知ってるけど」
こういう状況でもない限りは使うつもりがなかったのだろう。
「確かにそれなら言わないでしょうね。普段は使う理由がないし……。でも、おかげで助かったわ」
「いやぁ、本当に危なかった……」
ルキウスの話を聞いて、プラウティアが魔力回復薬を取り出した。モフに飲ませるのだろう。傷のことで頭がいっぱいで、魔力枯渇状態のことを忘れていたのだ。
「プラウティア、ありがとうね」
お礼を言うとプラウティアはニパッと笑った。
「そしたら、これぐらいの高さを維持しながら森を進みましょうか。魔物はまだ興奮状態だけれど、私たちのことを見失って散り散りになっているわ」
「分かった。それじゃあ、足場を作っていくね」
セネカは[まち針]を次々に出し、歩き出した。木から頭が飛び出さない程度の高さを意識しながら、出来るだけ身を潜めやすい経路を意識する。
進みはゆっくりだが、一行は着実に空白地帯へと近づいていった。
歩き始めてすぐにガイアが目を覚ました。彼女は自分に起きたことを聞いて、少しだけ思い詰めた顔になった。そして身を挺して自分を守ってくれたモフのことをずっと見つめ続けていた。
しばらくしてから、今度はモフが目を覚ました。普段落ち着いているガイアがモフに抱きつき、涙を流しているのをセネカはただゆっくりと見つめていた。
そしてついに砂漠が見えてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます