第5話:希望

 セネカは迷っていた。

 こういう時に頼りになるルキウスはもういない。

 なので、自然とキトに会いたくなった。


 次の日、セネカがキトの家に行くと、キトが出かけるところだった。

「あ、セネちゃん。ちょうどよかった。これから呼びに行こうと思っていたの」


 キトの朗らかな笑顔にセネカは癒された。


 キトは街外れにある薬屋で、見習いとして働くことにしたようだ。

 その薬屋はユリアというおばあさんのお店で、繁盛しているわけではないが質の高い薬を出すと知られているらしい。


 キトは自分のスキルが【調合】だとわかってから、すぐに街中の薬師の情報を集め、そしてユリアの店で働きたいと決めて行動を始めた。

 ユリアははじめ、弟子を取るつもりはないと断ったが、キトの聡明さに気づいて意見を翻した。


 セネカはキトの行動の早さに驚いた。

 この少女は穏やかなように見えて、こういうところがある。決断も早い。

 

 ユリアは歳を召してはいるが気品があり、貴族の出なのではないかと言われているらしい。キトはそういうところも含めてユリアさんの元で働きたいと思ったのではないかとセネカは思った。


「それで、どうしてユリアさんのところに私を連れて行くの?」

「セネちゃんには原料調達を手伝ってもらおうと思って」


 セネカは五歳の頃から野山をかけずり回って冒険者の真似をしており、銀級冒険者の両親からさまざまな知識を教わっていた。

 そのため、薬の素材の目利きにも慣れていて、ギルドから良い評価を受けていた。

 採取のたびに泥んこになるので「泥んこセネカ」と呼ばれてしまったが、実は村でも孤児院でも、セネカのその能力は役立っていた。


 キトは当然そのことを知っていたので、ユリアに話を持ちかけたのだ。


 セネカが今後どうしていくのかは、キトにも予想がつかなかった。

 だが、セネカは来年か再来年には孤児院を出なくてはならないはずだ。そのためには冒険者として稼ぐ道があったほうが良い。

 親友への心遣いと、見習いのための打算。その二つを両立させたキトをユリアは大きく評価した。


「ユリアさんが素材をギルドよりも高く買い取ってくれるって言ってくれたの。お店としても、ギルドや商会から買うよりも安くつくから良いってさ」

「本当?」

「本当だよ。セネちゃんは希少な素材も扱えるし、とってくる薬草の品質も良いって聞いてたから、それなりの収入になると思う」

「キト、ありがとう!」


 そう言ってセネカはキトに思いっきり抱きついた。





 ユリアの薬屋は街の外れにある。

 歩きながら、セネカはキトに最近思ったことを洗いざらい話した。


 キトは「うんうん」や「そうだね」と言いながらセネカの話をちゃんと聞いてくれた。


 キトと話していくうちにセネカの頭は整理されてきた。

 キトがセネカの言うことを繰り返したり、確認したりしてくれることで、セネカは考えを見つめ直すことができる。

 それが分かっているからキトも必要な時にしかセネカに口を出さなかった。


「やっぱりまずはお金を稼げるようにならないと」

 セネカはそう言ってまたアイデアを練り始めた。

 そんな友人のことをキトは眩しく思った。





 二人は薬屋に着き、ユリアと会った。


 ユリアはキトの話通り、歳はとっているものの白髪を綺麗に整えていて、姿勢もピンとしていた。

 穏やかな話し方ではあったが、芯の通った佇まいにセネカも自分の姿勢をいつのまにか正していた。


 セネカはユリアにしっかりと挨拶をした後、薬草採取の話を聞いた。


「まずは基本の薬草と毒消し草を採ってきてもらいましょうかね。それで目利きの腕を確認させてちょうだい」


 セネカはうんうんと頷いた。


「週に一回、採れた量だけで良いから持ってきてちょうだい。それを何回か繰り返してから次の素材に行こうかしらね」


「分かりました! ここに持って来れば良いんだよね?」


「えぇ。私かキトはいるだろうから、ここに来て渡してちょうだい」


 素材採集の話が終わった後、ユリアがお菓子とお茶を出してくれるというので、セネカは喜んでお呼ばれした。





 ユリアが出してくれたお菓子はスコーンであった。燕麦が少し混ぜられているらしくて、すごく香ばしい。セネカは幸せだった。

 お茶もおいしかった。自然の香りがいっぱいのハーブティーはユリア特製だ。


 セネカはユリアのことを「強い人だ」と思った。

 もちろん武力のことではない。芯の強さや知識、品性が合わさって、そう感じるのだ。

 それに、キトに対して応答するユリアはきちんとしていて、セネカはユリアが好きになった。

 キトがなぜこの薬屋を選んだのか分かる気がした。


 セネカは自分のことをユリアに相談したくなった。

 思い切りの良さは母譲りである。


「ユリアさんはこれまでに色々な人に会ってきてるよね? 私、冒険者になりたいのにスキルが【縫う】なの⋯⋯」


「話はキトから聞いたわよ。確かに私はこれまでに色々な人を見てきているわね。スキルとは一見合わない夢を抱いて成功した人も、そうではなく失敗してきた人も」


 セネカもキトも真剣な顔で話を聞く。


「スキルっていうのは分からないことだらけなの。そのおかげでみんな振り回されてしまうんだけど、それは可能性を追う余地があると考えることができるって私は思っているわ」


「余地ですか?」

 キトが必死に頭を回転させながら話を聞く。


「えぇ。例えばキトは【調合】というスキルを得て、薬師になろうとしたわ。それがまっすぐな道よ。だけど【調合】にできることは薬を作ることだけではないのよ」


「え? 【調合】って薬を作るスキルじゃないの?」

 セネカも話についていくのに必死だ。


「違うわ。【調合】するものだったらなんでも良いのよ。例えばこのハーブティー。これを【調合】スキルでブレンドして、お茶屋さんになっても良いわ」


「そういうことですか」


「とりあえず今はキトも薬師としての仕事を学ぶのが良いと思うわ。だけど、もう少し大人になったら薬師以外の道も考えてみなさい。案外そういう道が合うかもしれないし、薬師になった時も別の仕事の経験が活きるものだから」


「⋯⋯分かりました」

 キトはまた頭を働かせて色々と考えている。


「セネカちゃん。さっきも言った通り、私はいろんな人を見てきているわ。うまく行った人も行かなかった人もたくさんいる。厳しいけれど、夢を叶えたいなら自分でなんとかするしかないわ」


「そうですよね」

 セネカはしゅんとしてしまった。

 それを見たキトもつられてしゅんとした。


「だけど、一つだけ分かっていることがあるわ」


 セネカもキトも頭を上げて、品のあるユリアの顔を見る。


「自分のスキルと向き合わずにうまく行った人はいないわ。まずは自分のスキルで何が出来るのかを調べてご覧なさい。そうしていくうちにあなたに適した道が見えてくるはずよ」


「私でも強い冒険者になれますか?」

 セネカは跳び上がって、目を輝かせながら言った。


「それは分からないわ。でもそうなれたら良いって応援しているわよ」

 ユリアは整った顔に綺麗な皺を作って笑った。

 セネカもキトもその顔に見惚れてしまった。


「キトも同じでしょ?」


「う、うん! セネちゃん私も応援しているよ」


 セネカはそれを聞いて、また跳び上がるほど嬉しい気持ちになった。


 キトはまだユリアと何回かしか会っていないが、ユリアを師に選んだことが正しかったと確信した。

 セネカの人を見る目は自分のそれよりも信用できる。

 キトはあらゆる面での心配が一旦片付いた気がして、静かに胸を撫で下ろした。





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次話からセネカの成長劇がはじまります!

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