第五章:王立冒険者学校編(1)

第36話:『試練』

 セネカ達は王都に到着した。


 初めての王都に三人は色めきたった。

 高い防壁、行き交う多くの人々、整備された道、どれも新鮮だった。


 王都の人がそれぞれ独特の格好をしていることにマイオルは気がついた。お金を持っている人もそうでない人も何となく似た雰囲気を感じる。


 田舎丸出しのセネカの振る舞いを笑う人もいたが、大半の人は三人に目もくれず歩き去っていった。


「これが王都」


 セネカはそう呟いてトボトボと目的の方向へと向かって行った。


 キトはユリアの知り合いがやっている宿に泊まることになっている。


 セネカとマイオルはキトを宿に送り届けた後、近場で自分たちの宿を確保した。

 学校が始まったら寮に入ることになっているのでしばらくは仮住まいになる。


 王立冒険者学校の入学試験は十日後に行われ、三日後に結果が発表される。セネカたちは見学が許可されていたのだが、趣味が悪い気がしたので行かないことにした。


 キトの入試も同じ日程である。

 キトの合格は決まっているが、入試の結果によって今後の生活が全く別物になるとキトは力説していた。





 キトを推薦したユリアは薬師協会の名誉会員だそうだ。名誉会員になるには相応の業績を上げなければならず、国に十人といない。


 ユリアはとある風土病に対する薬を開発したことによって名誉会員になった。


 キトが製薬の歴史について書かれた本を調べると、直近の業績を紹介する章にユリアの名前が載っていて『現代製薬研究の金字塔』とまで評価されていた。


 なぜそんな人物がバエティカにいるのだとセネカはキトに聞いたことがある。

 キトによれば、ユリアは権力を求めないので隠居したかったのと、バエティカ近辺で稀に発症する病気の薬を開発しているのだそうだ。


 王立魔導学校は伝統と実績を兼ね備えた名門校である。並外れた業績を上げた人間にしか分からない才能をすくい上げたいという希望を持ちつつも、推薦枠を濫用されて学校のレベルが下がってしまっては敵わない。そのため、推薦枠には制限がある。


 まず、魔導協会や薬師協会の名誉会員が魔導学校に推薦できるのは一度に一人だけだ。なので限られた人間だけにしかその枠は使われない。


 次に、推薦された者の在学期間中の業績はのちに審査され、『その者の推薦が妥当だったのか』という評価がなされる。そこで低い評価を受けてしまうと、推薦者は二度と魔導学校への推薦枠を与えられることはない。

 つまり、キトの評価にはユリアの名誉がかかっている。


 ユリアはこの枠を生涯使うつもりがなかったと言っていた。しかし、あまりにも聡明な弟子が現れたので使うことを決めたそうだ。


 キトはそれだけ評価してくれたことを光栄に思ったけれど、同時に期待が重すぎると思った。


 ユリアのことを調べれば調べるほど、キトの背にのしかかるものが大きくなって行く。


 ユリアの業績は燦然さんぜんと輝き、研究のお手本だと評する者もいる。たった二年でそんな人の弟子として見られなければならない。キトは何度か押しつぶされそうになった。


 しかし、乗り越えた。

 それはこの状況を試練と捉え直すことができたからだ。


 キトはセネカやルキウス、マイオルとよく話していたから英雄についても詳しい。


 英雄には共通の特徴がある。

 それは試練を課されるということだ。


 超えることが難しそうな高い壁に何度も直面しながら、それを乗り越えることで人は英雄になって行く。


 『剣神』だって、あの暗黒の時代に生まれたからこそ、限界を越えることができたのだ。


 だからキトは立ち向かうことに決めた。


 セネカは、珍しく強い言葉を使って努力する親友のことが心配になったけれど、そうして自分を奮い立たせるキトがとても気高くて綺麗なもの見えたので、ただ見守ることに決めた。





 マイオルは不思議に思うことがある。それはルキウスという少年のことだ。


 マイオルの目から見て、セネカもキトもすごい。すごすぎる。

 これまでマイオルが見てきた人の中で、セネカとキトは前に進もうとする力が非常に高い。

 そんな二人が置いていかれまいと必死になり、成長を疑っていない少年とはどんな人間なのだろうか。


 セネカの剣技は凄まじい。それが冒険者たちの見解だ。剣だけでも同年代の冒険者の遥か先を行っているようにマイオルは思っていた。

 そのセネカも剣ではルキウスに全く敵わないらしい。


 マイオルは信じられない気持ちだ。


 セネカによれば、ルキウスという少年が回復魔法を使いながら剣で向かってくるだけでもかなりの脅威だそうだ。


 それを踏まえてセネカが印象的なことを言った。


「ルキウスがレベル1なら勝てる。レベル2なら負けるかもしれない。レベル3だったら勝てないかもしれない」


 その表情は悔しそうでもあり、とても嬉しそうでもあった。





 セネカとマイオルが王都を観光しながらギルドに顔を出しているうちにキトの入試は終わった。入試後、キトはやり切った顔をしていたのでセネカはうまく行ったのだと思った。


 合格発表の日、入学の手続きのためにセネカとマイオルは王立冒険者学校に向かった。


 初めて行く冒険者学校は予想以上に豪奢であり、敷地もかなり広かった。セネカはちょっと気後れした。


 合格発表に訪れる人々は、大抵はセネカやマイオルと同程度の格好をしているが、中には明らかに貧しい人もいれば、どうみても貴族にしか見えない人もいた。


 マイオルやトゥリアの話によれば、王立冒険者学校は他の王立学校と比べると実力主義の傾向が強い。身分差というものが全くないとは言えないようだが、セネカのような世間知らずでも問題がないくらいに出自は問われないようだ。


 合格発表が行われる広場に向かうと、結果が張り出されたところだった。

 飛び跳ねて喜んでいる子もいれば、泣き崩れている子もいる。

 二人はなんとなく気まずさを抱えながら自分の名前を確認しに行った。


 すると、名前を見つけることができた。


--

 セネカ(バエティカ支部):Sクラス 特待生

 マイオル(バエティカ支部):Sクラス 特待生

--


「あるとは思っていたけれど、これで間違いないわね」


 マイオルはゆっくりと息をついてから言った。


「ねぇ、マイオル。Sクラスって書いてあったけどあれって何?」


「この学校で一番上のクラスのことよ。EからSまでの六クラスがあって、成績順にクラスが割り振られるの。Sクラスの定員は十二人で、入学試験を突破するのは至難とされているわ。全国から千人以上の受験者がいて、その中で最も才能があると認められたのがSクラスの十二人よ。キトほどじゃないけれど、あたし達も十分注目を集める存在だわ」


 セネカはよく調べていなかったので目を丸くした。

 マイオルは他の受験者の名前を見ている。


「ねぇ、セネカ。すごいわ。今年は特待生が五人もいるみたい。一人もいない年だってあるから、あたし達二人だけかもしれないと思っていたのに」


 それは凄まじい早さで銅級冒険者になった者たちが他に三人もいることを表している。


「女の子がいると良いんだけれど、名前だけでは分からないわね。とりあえず入学手続きだけでもしてしまいましょう!」


 そう言ってマイオルは足早に動き始めた。





 入学手続きと言っても小難しいことは何もなく、冒険者カードによって本人確認をするだけだった。あとは入寮開始と入学式の日取りを教えてもらったらおしまいである。

 他の人は授業料の支払いについて等の細かい手続きについて話を聞いていたので、特待生でなければもっと色々とあったようだ。


 用事が終わった後、キトと会うことになっている。

 セネカたちの方が早く終わる予感がしていたので、待ち合わせは王立魔導学校だ。


 二人は乗り合いの馬車に半刻ほど乗って魔導学校に向かった。





 王立魔導学校は冒険者学校よりもさらに豪華だった。門は立派な木でできていて、金属の飾り付けがある。

 門には魔法的な機構が組み込まれているように見えるが、それが何かは分からない。


 校舎もツルツルとした石でできていて、かなり綺麗だ。魔法の力を使って掃除しているではないかとセネカは思った。


 セネカとマイオルは何食わぬ顔で敷地内に入って、合格者が発表されている場所に向かった。


「セネちゃん、マイオル! こっちこっち」


 声のする方を見るとキトが手を振っていた。

 セネカが小走りで動き出したのでマイオルもついて行く。


「キト! おつかれさま! 冒険者学校の手続きは終わったよ。ちゃんと合格してた」


 テヘヘと笑うセネカは結構かわいいなとマイオルは思った。


「私も合格していたわよ」


 そう言ってキトも笑った。


「その様子を見ると、うまく行ったようね」


 マイオルはニヤニヤ顔だ。


「えぇ。なんとか成績優秀者とみなされるくらいの点数だったわ。でもまだまだ上がいるみたいだから、しっかり頑張らなくちゃね!」


 セネカはキトの晴れやかな顔を見て、勢いよく抱きついた。


 後に聞いたところによると、キトの成績は全体で十五位、薬師コースで二位だったようだ。単純に考えれば、この国の魔導関連のスキルを得た子供の中で十五位の成績だったということである。


 マイオルはそのことを耳にして「あり得ない!」と三回叫んだ。

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