第35話:『卓越』

 セネカとマイオルは二つの家を行き来しながら、ルシタニア周辺で依頼を受けた。


 予めルシタニア支部向けにトゥリアに書状をしたためてもらったのでトラブルは発生しなかった。

 マイオルが「何事も根回し⋯⋯」とブツブツ言っていたのを見てセネカはちょっぴり怖い思いをした。


 ルシタニアの周りに魔物は多くないが、いないわけではない。近隣には山も川もある。少し南東へ行けば海も見えてくる。バエティカでは受けられないような種類の依頼があるのでセネカ達は手を出していた。


 はじめに受けた依頼は川にいる軍隊ガニの討伐だった。この依頼は銅級冒険者向けの依頼である。

 軍隊ガニは沢蟹の系統なので水の近くであればどこにでもいる可能性があり、群れをなしているかのように複数個体が集まるので、囲まれると厄介である。


 しかし、マイオルがスキルで索敵し、二人で攻撃することで呆気なく倒すことができた。

 二人ともレベルアップによって身体能力が大幅に上がっているためか、並の魔物では相手にならなかった。


 次の依頼ではキノコを採取したいと言う学者の護衛をした。

 山奥に行き野営をしなければならないため割りの良い仕事ではなかったが、経験のために受けることにした。

 依頼主の学者はキノコ以外には興味がなく、非常に寡黙な男だった。困惑したところもあったが悪い人ではなかったのでなんとか依頼を果たすことができた。

 余談だが、男が採ってきたキノコで作ったスープは、キノコ好きではないマイオルも感動するほどの絶品だった。


 他にも海でウミネコの巣を探したり、鉱山の魔物を討伐したりと活躍した。

 どれも戦闘ではほとんど苦労せず、要件定義の曖昧さや依頼主との人間関係など、これまであまり重視していなかった部分で引っ掛かることが多かった。

 しかし、運の良いことにマイオルは人馴れしているし、二人とも美少女であるので不利益を被ることはほとんどなかった。


 そして、二人はバエティカに帰ることになった。





 マイオルの父がどうしても乗って行けと言うので、帰りはメリダ商会の馬車で行くことになった。高級な馬車にセネカとマイオルの二人乗りである。

 ありがたく甘えさせてもらうことに決め、これまでを振り返りながら今後の話をすることにしていた。


「セネカのレベル3の能力は何度調べてもやっぱり破格ね」


 サイクロプスとの戦いのあと、セネカはキトとマイオルにレベルが上がったことを伝えた。

 二人はひとしきり驚いたあと、尋問するかのようにセネカを囲み、根掘り葉掘り話を聞いた。

 レベル3へのレベルアップも歴史上最速だろうというのが三人の見解である。


 まず基礎能力であるが、干渉力というのが【縫う】際の操作性や強度に関わるのだろうと推察している。

 セネカの干渉力は非常に高くなっていて、手から離れた針を操作して刺繍をすることができるようになった。手縫いよりは明らかに遅いけれど、それでも十分な成長だ。

 また、[魔力針]の強度も上がっており、石でも糸を通すことが出来る。先日はロックタートルという亀の魔物の硬い甲羅も貫くことができた。


 次に[まち針]だ。この能力は戦闘に限らず便利に使える。仕留めた魔物を血抜きして切り分ける時にも空中に固定できるので作業が捗る。もしかしたら敵に直接刺すことで動きを阻害することも出来るかもしれない。

 今は同時に五本が限界ではあるものの、一斉に射撃することが可能だ。今後熟練していけば飛距離が伸びたり、物質以外の物を刺し止めることが出来るようになるかもしれないと期待している。


 最後に大本命[非物質を縫う]である。恐ろしいことにこの能力の対象には今のところ制限がなさそうである。しかし、たいそうなものを縫おうとすればするほど魔力が膨大に必要になるので、結局そちらの面で制限されることにはなってしまう。

 空気、意識の隙間、人と人との隙間⋯⋯。セネカはさまざまなものを縫おうと努力しているが、戦闘に使えそうなものは数えるほどだ。しかし、実用化出来ているものはみんな強力だ。


 セネカが持つ魔力が多いとはいえ、非常に燃費の悪い能力だ。キトはこれまでの経緯から意識の持ち方に鍵があるのではないかと言って、セネカに探求を促した。


 最近もセネカは連日地面に針を刺して何やら研究していたが、セネカのやることにいちいち目くじらを立てていたら身がもたないのでマイオルは見て見ぬふりをしていた。しかし、のちのちの心労を考えると折を見て聞いた方が良いかもしれないとマイオルは考えるようになっていた。


 セネカの話やマイオルとの議論からキトは考えを深めているようだったが、憶測に過ぎないからと余り口には出してくれなかった。

 しかし、セネカのこの能力はあまりに強大なので御するのに時間がかかるだろうというのがキトの見解で、ゆっくり時間をかけて馴染ませるようにセネカに言った。


 セネカの能力について振り返ったあと、話はマイオルの能力に移った。


 マイオルは銅級昇格が決まったあと、自分の身の振り方を考えた。その結果、中途半端であるが中衛として弓と剣を修めることにした。


 どちらかを選ぼうと思って考え始めたのにどちらも選ぶ道にしてしまったのだ。


 そういう結論に至った理由はいくつもあるが、スキルを一番活かせるのはその道だと考えたのが大きい。視野の広さを活かして近距離でも中距離でも効果的な立ち回りをする役割、今はそれが自分の進むべき道だとマイオルは考えた。


 やってみたら良い道ではなかったと思うかもしれないが、それでも良いとマイオルは思っている。

 きっと無駄にはならないし、これから冒険者学校に行く。多様な人達と触れ合うことで改めて自分の道を選べば良い。


 【探知】を活かした戦闘をすると決めた時からマイオルは正道から外れた。今は獣道だ。自分の嗅覚を頼りにどこが良い方向かを決めていかなければならない。


 しかし、不思議と不安はない。それは自分がこの道の先端だからで、隣に獣道の覇者がいるからだ。


 深く話し込むうちにセネカとマイオルはいつのまにか眠ってしまった。

 見ているのは壮大な夢物語であったが、それが夢なのか現実なのかは誰にも分からなくなっていた。





 時が経ち、セネカ達が王都に出発する日がやってきた。


 セネカの見送りに孤児院の人達がたくさん来ていた。多くは晴れやかな顔だが、一部は悲しみや決意に満ちている。

 シスタークレアは意外にも気丈に振る舞い、院長はゆっくりとセネカを抱きしめただけだった。その様子はどこか神聖なもののようにキトには見えた。


 決意の顔をしていたのはノルトとピケとミッツだ。三人は意を決したように前に出て、セネカに何かをあげていた。セネカは割りと現金なので物をあげるのは良い手だろう。これまでも度々そういう光景を見てきた。

 しかし、三人の顔には浮ついた色は見えない。セネカを諦めた訳ではないのかもしれないけれど、そこに依らずに立っているような雰囲気を纏っていた。


 マイオルの見送りには冒険者が多い。彼女の交友関係は広いし、愛想も良いのでたくさんの人が駆けつけた。中には食堂の夫婦なんかもいる。

 先日のルシタニア訪問で家族とはしっかり挨拶を交わしたようなのでこちらはさらに明るい雰囲気だ。


 一方、キトのところには両親とユリア、そして友達が何人か来ている。

 意外だったのは両親もユリアも涙を流したことだった。


 淡白な別れになるとキトは思っていた。

 両親はキトに対して関心を持っている素振りは見せるものの、今回のことに積極的ではなかった。「やりたいならやりなさい」、「信じる道を進んでみなさい」と言われて、肯定も否定もされなかった。


 元々、両親は頑張れと子供に言う人間ではない。かわりに「あなたが頑張っているのを私たちは知っている」と認めてくれるような親だった。

 愛はあるが情は薄いというのがキトの見解だったけれど、どうやら違ったのかもしれないと思うと胸が痛くなった。

 もしかしたら心を鬼にして娘の成長を見守ってくれてたのかもしれないという考えが突然キトの頭に浮かんだ。


 ユリアも優しく厳しい人だったが、時折り見せる素っ気なさから、やるべきことだけをする人だと思っていた。その像から離れた訳ではないけれど、思ったよりもキトに愛着を持ってくれていたらしい。

 折を見て王都に来るというので、薬屋の巡回をする約束をした。


 今回の旅もメリダ商会から馬車が出た。そのおかげでキトは随分楽に王都に行くことが出来る。移動には日程的にだいぶん余裕を取っているので、王都についたらまずは身体を慣らす必要がある。


 バエティカを発ってからは、キトは適度に勉強をしながらも、セネカとマイオルとたくさん話をした。


 始めは真面目な話だった。スキルのことやレベルアップのことについてたくさん議論をした。キトの想定通りであれば、キト自身はレベル2の三歩手前ぐらいまで熟練度を稼いでいることも伝えた。


 次第に話すこともなくなって、だんだん下らない話をするようになった。景色も変わらず刺激がない時間が長かったので、今思えば何が楽しかったのか分からないことでお腹を抱えて涙が出るまで笑った。良い思い出になったとキトは思った。


 最終的には黙り、それぞれが物思いに耽るようになった。

 まぁ実際には、セネカはたくさんお昼寝をしていたし、マイオルはスキルを使いながらボーッとしていたので、真剣に物事を考え続けていたのはキトだけだ。


 キトが考えていたのは、キト自身の夢についてだ。


 例えばセネカやルキウスは、大切な人を守って、何があっても生き延びられるような強さを求めている。そのために日々を鍛錬に費やしている。

 マイオルは御伽話のように、龍と戦って名を残したいらしい。意外にも勇ましい夢だ。


 そんな友人達に囲まれているが、キトにはそんな明確な夢はない。


 友人達の夢をサポートできれば良いのかもしれないと思ったこともある。だが、自分の人生の主役は自分なのだから、サポートだけで終わって良いのだろうかと思ってしまうこともある。


 自分も大事だし、友人達も大事だ。


 自分はセネカほど創意に満ちているだろうか。

 ルキウスほど洗練された才を持っているだろうか。

 マイオルほど確固たる意志を立てられるだろうか。


 どれも自分から遠いことのように感じる。


 いっそのこと平穏を本気で求めてみるのも良いかもしれないと思った。

 平穏が一番だ。

 それなのに、セネカやマイオルのように自ら光り輝く者の所へ寄っていってしまう。立派な走光性だ。


 やはり彼らのサポートをするのが良いかもしれないと思ったが、そこでまた自分の傲慢に気づいてしまった。


 キトが助けたい少女は有史以来最速でレベル3になった冒険者だ。

 もう一人の少女は龍を倒すと言って憚らない天才冒険者だ。

 最後の少年は神聖魔法を得た剣の申し子だ。


 彼らを助けられる人間が平凡であるはずがない。


「ふふふふ」


 キトは込み上げる笑いを堪えきれなかった。結局のところ、キトは抜きん出なければならない。

 それ自体簡単なことではないだろうが、もっと上を目指す者が隣にいる。

 キトは何故だかそれに負けたくない。

 だとしたら目指すは『卓越』だ。


 いっそのこと、自分の傲慢さを肯定できるほど秀でてしまえばよい。


 我ながら大それたことを考えたものだと思った。

 しかし、その考えはキトの腹にスッと収まり、やがて熱を持ち始めた。


『心の中では自重する必要なんてない』


 どこからか浮かんできたその言葉を胸に、キトは3になる戦略をじっくりと練り始めたのだった。



----------


お読みいただきありがとうございます。短いですが、第四章:ルシタニア編は終了です。


次話から第五章:王立冒険者学校編が始まります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る