第34話:今日は羊一匹食べられちゃうなぁ!

 マイオルの挨拶が終わってから二人は家に招かれ、いまはユリアの作ったお茶を三人で飲んでいる。


「セネカ、マイオルちゃん。今日はうちで夕食を食べていかない?」


 二人は昨日のマイオル家での豪勢な食事に気後れしていたので、今日は外でご飯を食べることになっていた。


「ぜひお願いしますわ!」


 マイオルはまだちょっと畏まった雰囲気を残している。


「じゃあ、決まりね。もう少ししたら夫が帰ってくるから私は買い出しに行くわ。

 ねぇ、セネカ。カノンさんのことを覚えている? カノンさんもルシタニアに越してきて近くでお店をやっているのよ」


「えぇ! カノンさんもいるんだ。じゃあ⋯⋯」


「そう。カノンさんが漬けた羊肉が買えるのよ! 今日は羊で決まりよ! お祝いしなきゃね」


 セネカはマイオルに説明した。カノンさんは肉をタレに漬ける名手で、羊肉が絶品だった。村長の家ではことあるごとにこの羊肉を食べる。セネカの大好物である。


 タレはすりおろした野菜や果物、塩、酢、少量の麦酒を組み合わせて作られ、新鮮な羊肉を漬け込むらしい。詳細は不明だが、同じように作ってもカノンさんのようにはならないようなので何らかのスキルが関与していると言われている。


 その肉をかまどの上の鉄板で野菜と共に焼くのだ。焼くのは【料理】のスキルを持つルーシアである。美味くないわけがない。


 食事が進んでゆくとタレが煮詰まって旨味がどんどん濃くなっていく。村長のアンダは「こりゃたまらん!」と言いながら良く酒を飲んでいた。


 そんな絶品料理を今日食べられるというのでセネカは自然と身体をゆらゆらと揺らした。





 しばらくするとアンダが帰ってきた。

 アンダはルーシアに話を聞くとセネカのところに飛んできて、またぎゅっと抱きしめあった。先ほどの光景ととても似ていた。

 ルーシアはそれを見てまた涙を流していた。


 落ち着いた頃、ルーシアは買い出しに行くと出て行ったので、二人はアンダと共に話をした。


 セネカは勇気を出して、自分の両親のことをアンダに尋ねた。


「セネカは両親のことをほとんど知らなかったのか。俺が知っていることだけになるが話をしよう」


 アンダは角刈りの頭を撫で付けながら話を続けた。


「エウスとアンナは『金枝きんし』というパーティに入っていた銀級冒険者だ。パーティの仲間の死をきっかけに二人は冒険者を一旦休止して、子供を持ちたいと思うようになったらしい」


 セネカは両親がいたパーティの名前さえ知らなかったので身を乗り出して話を聞いた。


「二人は有望な冒険者だったらしく、あらゆる人に休止を反対されたらしい。だが二人はそれに嫌気がさして、周囲に口を出されないような田舎で暮らすことを望んでいたんだ。その話を俺は聞きつけて、いざという時の村の防衛を担って欲しいとしつこく頼み込んだんだ」


「その時にはもう村長だったんですか?」


「いや親父がいた。しかし、そう長くはないと医者から聞かされていたから実質的には変わらんな。そういう経緯で二人は隠れるようにコルドバ村にやってきて、しばらくしてからセネカが生まれた。それ以降のことは詳しく話さなくてもおおかた知っているだろう」


「アンダさん、お父さんとお母さんの仲間は今もどこかにいるってこと?」


「あぁ、そうだ。だが、仲間にも黙って飛び出してきたようだから恨まれているかもしれないってよく言っていたな。調べるならひっそりとやった方が良いかもしれぬ」


「そっかぁ」


 アンダは後頭部を右手で掻いたあと、姿勢を正してから真剣な顔をして言い始めた。


「セネカ、いまの話を聞いてお前も分かったかもしれないが、お前の両親をコルドバに引っ張ってきたのは俺だ。そしてあいつらは村を守るために戦って命を落とした。つまり、俺が原因なんだ。俺が彼らの人の良さにつけ込んで頼まなかったらお前の両親が死ぬことはなかった」


 アンダは目を逸らしながらひどく気まずそうな顔をした。


「お前とルキウスの世話をするのは楽しかったが、それだけじゃあない。どこかに罪悪感があったんだ。俺はお前達の親の仇だ。本当にすまなかった」


 アンダは真っ直ぐに頭を下げた。


 それを見たセネカはすぐに返した。


「アンダさん、そんなこと言わないで。私はそんなふうに思わない。だってコルドバ村での生活は本当に楽しかったもの。お父さん達がいた時も、その後も。ルキウスと良く話していたよ。私たちは恵まれているねって。


 コルドバ村じゃないところに住んでいても、いつかああなったかもしれない。父さんは敵が強いからといって逃げ出すような人じゃなかった。娘や周りの人を守るためなら強大な敵に立ち向かような人だった。だからこうなったのは誰のせいでもないの」


 セネカは毅然とした態度で言った。


 マイオルはセネカの横でセネカの話をじっくり聞いていた。セネカは思い込みが強い少女だが、その思いに不思議な魅力が備わっている。マイオル自身も思い込みが激しいという自覚はあったが、どこか空想じみていて実体がない。対してセネカの思い込みには芯があって揺らぎない。

 セネカのそれは信念と呼ぶべきものなのだとマイオルは後から知った。


「コルドバ村はもうなくなっちゃった。お父さんにもお母さんにも、もう会うことはできない。ユニウスさんは二人目の父さんだった。ヘルウィアさんは二人目の母さんだった。だけど、四人はもうこの世界にはいないの⋯⋯。私が帰れるのは孤児院か、アンダさん達のところだけだよ。アンダさんは私の三人目のお父さんなの」


 セネカは言い淀みながらも、頭を下げたままのアンダの方をしっかり見て話している。


「私、知っているよ。バエティカの街をアンダさんが駆けずり回って一番良い孤児院を探してくれたって。私とルキウスが二人で同じところに入れるように色んな人に頭を下げたって。私がいまこうしてマイオルと笑って過ごせるのもアンダさんとルーシアさんのおかげなの」


 まだ頭を上げないアンダを見て、セネカはゆっくり息を吸って、吐いた。


「私もルキウスもアンダさんを恨んだことなんてない! 感謝しかしたことない! だからもういいの。そんなに思い詰めないで!」


 セネカは珍しく声を荒げながら言い切り、アンダをぎゅっと抱きしめた。


 アンダの目から涙が一雫落ちたようにマイオルには見えたが、自分の視界も曇り始めていたのでしっかり確認することはできなかった。





 そのあとは最近のことを三人で話した。

 話しているうちにルーシアが帰ってきたので、下拵えを手伝った後、ご飯の時間になった。


 どうにも湿っぽい空気ばかりが流れていたが、マイオルの頑張りにより楽しい空気が戻ってきた。


 ルーシアは大量の肉と野菜をこれでもかと言わんばかりに焼いた。

 具材はタレと野菜の水気で蒸され、甘みを増している。


 まずは子供の二人に料理が取り分けられた。セネカは期待に鼻を膨らませている。

 先ほどから美味しそうな匂いがぷんぷん漂っていたのでマイオルの口も唾液でいっぱいである。


 マイオルはしっとりとした見た目の肉を取り、口に運んだ。


「うんまぁー!」


 肉厚だが柔らかく、味がしっかり染み込んでいる。

 タレの味なのだろうか。野菜の甘みに酸味が混じり異常に食べやすい。大蒜や生姜も入っているだろう。食べるほどに食欲が刺激される。


 これは大人の羊の肉なので独特の香りとコクがある。マイオルは適度に羊臭い肉が味わい深くて好きなのでちょうど良い。羊の匂いとタレの味が調和して手を組んでいる。

 羊が苦手な人にも食べやすいだろうし、羊の味が欲しい人にも食べ出がある。


 隣を見るとセネカが我を忘れて食べている。セネカはいつも食べ方が非常に綺麗なのだが、今日はすごい量を口に入れている。

 マイオルも負けじとおかわりをもらった。


 気がつくとマイオルのお腹は膨れていた。もう食べられない。


 食事の前にセネカが「今日は羊一匹食べられちゃうなぁ!」とゴキゲンに言っていた。また変なことを言ってるなぁとマイオルは思っていたが、そう言いたくなる気持ちが分かるくらいに美味しい食べ物だった。


 正直、実家の豪勢で食べきれないような料理よりも何倍も美味しかった。

 実家のご飯も好きだが、冒険者としての生き方が染み付いてしまったのかもしれないとマイオルは笑った。


 その日は食べ過ぎてしまい、もう動きたくなかったのでマイオルの家に言伝を頼んで、二人はアンダの家に一泊した。

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