第196話:巫女の条件
要請を受けてすぐにセネカ達はギルドに向かった。
拠点に連絡に来たギルドの職員が非常に焦った様子で「出来るだけ早く来て欲しい」と言っていたこともあり、行かざるを得なかったのだ。
ちょうど拠点にいた他の三人、マイオルとプラウティア、モフと共にギルドに到着すると王都支部の中のかなり奥にある部屋に通された。
部屋に入ると赤毛の髪を長く伸ばした色白の女性が座っていた。二十代前半に見え、自然な色合いの綿の服を着ている。
女性の目の前には籠が置いてあり、摘みたてに見える様々な種類の花が入っている。
女性はおっとりとした雰囲気だったので、偉い人に怒られるかもしれないと思っていたセネカは少し気が楽になった。
入室したセネカ達に挨拶しようと立ち上がる彼女を見ているとプラウティアが声を上げた。
「お姉ちゃん?」
「プラウ! 久しぶりねぇー。会いたかったわよ!」
「お姉ちゃんこそ! でも、どうしてここに?」
プラウティアは姉と呼んだその女性と両手を繋ぎ、ぴょんぴょん飛び跳ねた。女性はおっとりとした様子で、プラウティアを優しく見つめている。
「皆さんに大事な用事があったのよ。あなたにも関わることだから良く聞いてちょうだいね」
彼女はプラウティアと繋いでいた手を離し、居住まいを正した。
「皆様、初めまして。プラウティアの姉、次女のフローリアと申します。いつも妹がお世話になっています。今日は氏族の長である父ヴェトリウスの名代としてやって来ましたー」
プラウティアの姉、フローリアは貴族の礼をとった。セネカ達も公式な場に相応しい挨拶を返す。
フローリアが席についたのを見て、セネカ達も素早く椅子に座った。
「皆さん、改めていつもプラウティアがお世話になってます。本当だったらお菓子でも食べながらゆっくりお話ししたいところなんだけれど、役目があるのでそちらを優先します」
フローリアはやや砕けた様子で話し始めた。声がふわふわしているので、朗らかに感じてしまうが緊張感は解けない。
「今回皆さんを読んだ理由は二つあるのですが、まず一つ目から話しますね。現在ヘルバ氏族の長からプラウティアに帰還命令が出されています。公にはなっていないけれど、現在ヘルバ氏族、特に直系の者の全てにこの命令が出ていて、ヴェルディアに戻り始めているのです」
フローリアは話しながら眉をひそめた。こういう話をするのがあまり得意ではないのかもしれない。
ヴェルディアというのは都市のことだ。この国の東側に位置していて、周囲にはシルバ大森林が広がっている。植物資源に恵まれているが田舎の古い街と見られることが多い。プラウティアの故郷なので話には聞いていたけれど、セネカは訪れたことがなかった。
「その命令は断ることのできない種類のものだと考えて良いでしょうか?」
マイオルが質問した。鋭い目でフローリアを見ている。
「この命令については、氏族の者と縁を切る覚悟があれば、拒否することもできます。ただ、それだけの重さがあるものだと考えてくださいー」
フローリアは普通の様子で質問に答えた。想定通りの反応だったかもしれない。
「皆さんの宿泊場所も用意しますので、シルバ地方、並びに都市ヴェルディアにご滞在いただけたらと思っています」
マイオルは目を細めた。セネカはふとプラウティアを見てみたが、俯いていて表情が読めない。
「さて、次が本題なのですが……」
フローリアは声の調子を一段下げた。眉は垂れ下がっていて非常に悩ましげだ。
「現在ヘルバの氏族は国王陛下、並びに元老院からとある儀式の遂行を要請されています。その儀式を執り行う巫女の最有力候補がプラウティアなのです」
セネカは再びプラウティアを見た。だが、彼女の様子は変わらない。
「儀式ですか?」
ルキウスが言った。怪訝な様子なのは、教会でやりたくもない儀式を沢山させられたからだと思う。
「機密情報であるため、今は内容をお話しすることはできないのですが、非常に重要な儀式だと理解していただけるとありがたいです」
フローリアは頭を下げた。この国で一番偉い人たちからの話であれば、言えないことがあるのは仕方がないだろう。
「……儀式は氏族の長とその妻が行うものではないですか?」
ずっと下を向いていたプラウティアがやっと口を開いた。声は震えている。
「通常の儀式であればその通りよ。だけど今回は約三百年ぶりに行われる特別な儀式なの」
「さ、三百年!?」
マイオルをはじめにみんなが声を上げる。ロマヌス王国ができてから百年と少しなので、前回の儀式は建国よりもはるか前ということになる。
「そんな儀式を何故……?」
「ヘルバ氏族は古くからあって、この国ができる前から
セネカは言葉が出なかった。三百年前といえばあの剣神が活躍した時代、暗黒時代の頃だ。
「その巫女に私が……?」
「まだ候補だけどね。それでプラウ、私に教えて欲しいことがあるの」
フローリアは一旦大きく息を吸い、そして吐いてから声を出した。
「巫女の選定基準は三つあるわ。一つはヘルバ氏族の血を引き、植物系のスキルを持っている女であること。二つ目は純潔の身であること。三つ目は、前の二つの条件を満たす者の中で最も直系に近い血筋であること」
フローリアは再び深呼吸し、部屋にいる全員の顔を見た。モフのことを少し長く見ていたようだが、意を決したように口を開いた。
「ねぇ、プラウ。申し訳ないけれど聞かせて欲しいの。あなたは男性に身体を許したことがある?」
プラウティアは顔を真っ赤に染めた。
「あ、ありませんよ!」
ふとモフを見ると、彼は木製の机の表面をじっと見ていた。気まずい話題なので仕方がないだろう。
聞いた方のフローリアは「そう……」と言いながら、とても悲しそうな表情になった。
「それじゃあ、プラウ。あなたが巫女に確定よ。心と身体を許せる人があなたにいれば良かったのだけれど……」
「どういう事ですか?」
フローリアは泣き出しそうな様子だ。
セネカは話の流れが掴めず二人を交互に見るしかない。
「今回の儀式だけど、巫女が最終的にどうなるのか分からないのよ。古い儀式だから情報が欠けていて、危険がないとも言えない状況なの」
「そんなことをプラウティアにさせるんですか?」
マイオルは立ち上がり、フローリアを睨んだ。フローリアはマイオルの視線を真っ直ぐに受けたが、その目には諦念が滲み出ていた。
「皆さん、プラウ、ごめんなさいね。私もこんなことをさせたくないけれど、これはどうしようもないことなの……。何故ならこれは国の存亡に関わることなのだから……」
フローリアは目に涙を溜めながら籠を持ち上げ、中に入っていた花を机の上に出した。そして、胸の前で手を組みながら震える声で言った。
「【花占い】」
机に出された花達が淡く光り出し、宙に浮き上がる。
花弁や柱頭など様々な部位が分かれて、色とりどりの模様ができる。
「プラウ、あなたは仲間を信じなさい。すぐに助けが来るからそれを辛抱強く待つのよ? 私も協力するから……。だから、待っていてね。そして無力な私を許してちょうだい」
フローリアは涙を流しながらそう言った。プラウティアはただ「お姉ちゃん……」とだけ言って黙ってしまった。
次々と進んでゆく話にセネカを含めて全員が唖然としていると、突然部屋の扉が開き、青白い鎧を着けた男たちが何人も入ってきた。
「茶番は終わりだ。巫女を寄越せ」
先頭にいた男はひどく乱暴な様子で剣を抜き、セネカ達を威嚇した。
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