第197話:対峙と連行
セネカは部屋に入ってきた騎士にバレないように手のひらくらいの長さの針を出した。敵はすでに剣を抜いているので応じなければならない。
マイオルと目を合わせ、迎撃の準備を整える。正直状況は飲み込めないが、相手の行動を許すわけにはいかない。
緊張感で空気が張り詰める。敵が剣を振り上げたら動き出そうとセネカは集中を高める。
「フォルティウス様、話が違います。手荒な真似はしないというお話ではありませんでしたか?」
フローリアが真っ先に声を上げた。だが彼女は怯えた様子で、フォルティウス側も意に介していなさそうだ。
「これは手荒な真似ではありませんよ、フローリア様。冒険者から巫女様を保護するための努力です。それとも、教会のやり方に異議がございますか?」
自信たっぷりに言い切る相手にフローリアは黙ってしまった。フォルティウスはかなりの権力者なのかもしれない。
とにかく敵の様子を見ながらプラウティアを守らなければならない。そんな風に考えてセネカはマイオル、モフと目を合わせる。プラウティアはまだ混乱しているようなので、戦闘はできないかもしれない。
どう動こうかと考えていると、モフが前に出てきて、ゆっくりと口を開いた。
「フォルティウス第三騎士団長、これはどういうおつもりですか?」
「……お前はモフじゃないか。出来損ないが何故ここにいる」
「それはこちらが聞きたいくらいですよ。あなたが巫女と呼んだその子は、僕と同じ冒険者パーティの一員です」
フォルティウスはすごい形相でモフを睨みつけている。後ろに控える騎士達も同様だ。だがモフはそんな騎士達を見もしない。
「私の任務は巫女を保護し、ヴェルディアまで無事に送り届けることだ。巫女が選定されたのであれば至急行動を開始する必要がある」
「それは教皇聖下のご指示であり、あなたの行動はその代理としての振る舞いとみなしてよろしいでしょうか」
モフは堂々と言い切った。普段はぼんやりしているが、こういう部分もあるのかと驚く。
フォルティウスはモフやセネカ達に強い視線をぶつけながら剣を鞘に納めた。だが攻撃態勢を解いたわけではない。
「……お前、教会騎士団に楯突く意味が分かっているのか?」
「楯突いているのではなく、意味と理由を伺っているだけです。我々は女神アターナーからスキルを授かった同じ信徒ではないですか」
フォルティウスは真っ赤な顔で剣に手をかける。やはり戦闘は避けられなさそうだ。
セネカはフォルティウスと後ろに控える五人の騎士を観察する。フォルティウスはかなり強そうだが、それ以外はなんとかなりそうだった。
「フォルティウス様、この件につきましてはヘルバ氏族の長の代理として確かに記憶いたしました。後ほど正式に抗議させていただきます」
フローリアも声を上げた。声は震えていて、やっとのことで言ったという様子だ。
「ヘルバ氏族が抗議して何になるというのだ」
セネカは違和感を持った。この状況はいくらなんでもチグハグだ。フローリアは国王と元老院の要請を受けて動いていて、セネカ達はいま冒険者ギルドにいる。それなのにフォルティウスは突然乗り込んできて横暴を働いているのだ。
教会騎士団の団長だとしても本当にこんなことが許されるのだろうか?
セネカがそんな風に思っていると、もう一人部屋に入ってくる者が現れた。
「天下の冒険者ギルドで剣呑な空気を放つ奴がいると思って来てみれば、フォルティウス第三騎士団長様ではありませんか。これはこれは、こんな小汚いところにお越しいただきありがとうございます。冒険者嫌いのあなたが珍しいですね?」
「……アッタロス・ペルガモン!」
飄々とした様子で入って来たのはアッタロスだった。セネカは久しぶりに見たが、以前よりもさらに身体が引き締まり、凄みが増しているように見える。
「アッタロスさん!」
セネカは思わず声を上げた。マイオルやプラウティアも同じだ。
「お前ら、俺の可愛い教え子達を無下に扱ったらどうなるか分かっているのだろうな? それにトリアスのスタンピードで功績を上げた『月下の誓い』に手を出せば、教会内部の敵も増えることになるぞ?」
アッタロスの登場によって騎士達は明らかにたじろいだ。フォルティウスも剣から手を離し、アッタロスの方をまっすぐ向いている。
「この者達が『月下の誓い』だと?」
「そんなことも知らないで来たのか……話にならないな。それとクラッスス殿もグラディウス殿もご子息のことをかなり気にかけておられるから、甘く見ない方が良いぞ?」
アッタロスは見せつけるように大きく手を広げ、わざとらしく呆れた。そしてフォルティウスに向かって悪い笑みを浮かべる。
「こいつらが、『月下の誓い』……」
フォルティウスはセネカ達一人一人に悪意のこもった目線を向けている。まるで怨敵を見ているようだ。
アッタロスの登場でさらに複雑になった状況を理解しようと考えていると、部屋の外から低い声が聞こえて来た。
「アッタロス、状況はどうだ」
「ゼノン様、問題ありません。これから巫女プラウティア・ヘルバを教会騎士が護衛しますので、付き添いをお願いいたします!」
アッタロスは声を張り上げた後で、「状況は決まったな」と笑いながら言った。
「プラウティア。申し訳ないが今は騎士と共に教会に向かってくれ。ゼノン師匠が付いているし、丁重に扱われるはずだ。どこで会えるか分からんが、俺たちも必ずヴェルディアに向かうから、待っていてくれ」
「は、はい……」
アッタロスはこちらに向き直った。
「お前たちもここは退いてくれ。横暴を許すわけには行かないが、連行を認めないとかなりまずいことになる」
「……あとでちゃんとした話があると思って良いですか?」
「当然だ。おそらくグレイの爺さんも同席することになる」
アッタロスの話を聞いて、セネカは警戒態勢を解いた。マイオルも食いしばっていた表情を幾分か緩めている。
「マイオルちゃん……」
しかし当然だが、プラウティアは非常に不安そうな表情だ。困惑しない訳がない。
「プラウティア。よく分からないことになっちゃったけれど大丈夫よ。ゼノン様もいらっしゃるみたいだし、あなたに何かある前にあたし達が必ず助けに行くから」
マイオルはプラウティアを抱きしめ、頭をポンポンと叩いた。その横には無表情でアッタロスを見るフォルティウスがいた。何やら因縁がありそうだが、動く気配はなさそうだ。
セネカはプラウティアに近づき、マイオルの上からギュッと抱きしめた。フローリアも後に続いた。
「プラウティア」
「プラウティア……」
「セネカちゃん、お姉ちゃん……」
「プラウティア、ヴェルディアでお父様とお母様が待っているわ。あなたに役目を押し付けることになってしまって申し訳ないけれど、必ず力になるからね」
セネカはただプラウティアを安心させたい一心で彼女を抱きしめた。これから何が待ち受けているのか分からなかったけれど、それはプラウティアだけのことではなくて、自分を含めた『月下の誓い』全員に関わることであると思えてならなかった。
本当にこのまま行かせて良いのだろうか。分からないままで、仲間を渡した良いのだろうか。やはり、抵抗するべきではないだろうか。そんな風に考えていると、くしゃくしゃっと頭を撫でられた。そこには無言で首を横に振るアッタロスがいた。
アッタロスはマイオルとプラウティアの頭も同じようにかき混ぜ、小さな声で「堪えてくれ」と言った。
「すまないが、時間だ」
いつのまにか部屋に入って来たゼノンがそう言った。
非常に不安そうな顔で教会騎士達に連れて行かれるプラウティアのことをセネカはただ見つめることしかできなかった。
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