第97話:三次試験開始

 ロンドルとヌベスットの戦いは安定していて、百回戦闘を行ったら彼らが百回勝つだろうと思えるほどだった。


 一方でセネカは自分の戦闘にそこまでの自信を持てなかった。戦闘が長引くほど攻撃を受ける可能性が高まり、崩れてしまうのではないかと感じていた。だから止むを得ず敵の攻撃の途中で反撃することにした。


 みんなが呆気に取られている中、セネカは何度もケンタウロスにカウンターを決めた。このケンタウロスは、攻撃力は強いが耐久力がない。だからセネカの反撃が十を数える頃にはよろめき始めてしまった。


 セネカはその隙を見逃さず、全力で身体を強化してケンタウロスの足を切断した。そして敵が狼狽えて転がっているうちに首を落としてしまった。


 かかった時間は非常に短く、ロンドル達の半分以下だった。早ければ良いというわけではないけれど、その圧倒的な差は他の試験者達にプレッシャーを与えた。





 セネカはこれまで様々な技を開発してきた。特に父の模倣である『敵の意識の隙間を縫う技』はお気に入りだ。しかし、使えば使うほど問題点が明らかになってきた。


 格上の敵に使う場合、そもそも隙が少ないので技を成立させるのが難しい。なんとか技が発動しても防御されてしまうことがある。セネカの技能ではこの技で強い敵を倒すのは難しい。


 敵が弱い場合は技を使えば敵を一刀両断できる。しかし、そういう相手は隙を衝くまでもなく倒すことができる上に、この技は魔力消費が激しくて効率がよくないのだ。


 セネカは隙をく技を諦めたわけではないが、現状使い所が難しいことを認めざるを得なかった。



 考えを深めるうちにセネカは次第に効率の良い技を模索するようになっていった。その結果編み出したのが、一つの行動に二つの意味を持たせるというスキル運用だった。


 例えば、ケンタウロスの猛攻の合間に反撃するためには大きく二つの要素がある。

 一つは切れ間がないように感じる攻撃の隙間を見計らい、良いタイミングで攻撃を繰り出すという要素だ。敵が白龍のような圧倒的格上でない限り、攻撃を仕掛けるタイミングは僅かだが存在する。

 もう一つ大事なのは立体的に振るわれるケンタウロスの攻撃を掻い潜って、適切な軌道で刃を通すという要素だ。敵にダメージを与えるためには狭い空間に刃を入れ込んで攻撃を当てなくてはならない。


 セネカはこれらの要素を成立させるためにスキルを使用している。

 タイミングを掴む意味の【縫う】と空間的な意味の【縫う】だ。

 この方法は魔力効率が格段に良く、意識の隙間や空気を縫うことに比べたら非常に使いやすいのだ。


 この方法が実現できるのは、もしかしたら気持ちの問題なのかもしれないとセネカは考えている。一つの大きなことをなすことよりも二つの単純な要素を組み合わせた方が簡単だとセネカが思う感情が反映されているのかもしれない。


 この【縫う】というスキルは不思議でいっぱいなので、できるだけ理解を深めようとセネカは日々考えている。





 その後、一行は奥に進み、ブカスとエスプレスの戦いが行われた。二人とも危なげない戦いで、セネカはしっかりと挙動を追った。


 他の受験者達の戦いはセネカから見ても熟達したものだった。自己理解が進んでいるのだろうというのがセネカの感想だ。


 彼らは自分に何ができて何ができないのかが分かっているようにセネカには見えた。各々がなんのスキルを持っているのかは分からなかったけれど、スキルの使い方が巧みであることには違いがなかった。



「よし。全員問題なかったな。それじゃあ、これから帰るぞ」


 シメネメの号令に従って、全員で来た道を戻り、洞窟を出た。

 そしてまた馬車に乗り、重苦しい雰囲気で過ごした後、ギルドの前で降りた。


「二次試験は全員合格だ」


 シメネメが前に出て来て、合格を伝える。受験者のみんながふっと肩の力を抜いたのがセネカにも分かった。


 シメネメは言葉を続ける。


「それじゃあ、早速、三次試験を開始する。課題は『クマニア大平原』で業績を上げること。期限は十日だ。三次試験は二部制だから、十日後に次の課題を与える。またギルドに集合して欲しい」


 そう言ってあっさりと解散した。





「二次試験はとりあえず合格だった。次は『クマニア大平原』で業績をあげる試験だから今夜から向かうね! 期限は十日!」


 セネカは宿に来るなり、マイオル達にそう伝えて、すたこらさっさと出かけて行った。試験の実施場所が平原になった場合の物資はマイオル達が整えている。


 三次試験の課題は業績を上げることだ。魔物を倒しても良いし、調査を行っても良い。冒険者の仕事の範疇であれば何を行って良い。もちろん試験中に仲間に協力を依頼しても良い。


 だが、試験開始時から隠密の得意な試験官がついていて、セネカの動きは監視されている。そのため、仲間が見つけたものを自分が発見したと主張しても点数は高くならない。


 そのような事情があってか、純粋な回復職や支援職でもない限り、ほとんどの受験者はソロで行動を始め、パーティとの接触は最低限にするらしい。セネカの行動はそれに倣ったものだ。


「セネカは平原の方だったみたいだから、あたし達は明日からトリアス大森林に向かいましょう」


 マイオルがそう言うと、ガイアとプラウティアは頷いた。


「セネカちゃん、うまくいくと良いね」


 マイオル達はこれからトリアス大森林に向かい、探索を行う。業績に直結しなくても調査生活を行う上で有益な情報はたくさんあるので、まとめてから伝えようとしている。


 例えば、丘の野営地は今は泥だらけだから使わない方が良いとか、たくさん生えている野草は食用だといった情報である。こういった瑣末な確認に費やす時間も大きいため、時間の節約になる。


 こういう情報は直接本人に伝えると怪しまれるが、文書にしてギルド経由でセネカに渡してもらえば変に減点される心配はない。


 これまでの受験者には、試験に直結しない情報の中に有益な情報を隠蔽して入れたり、暗号を使って情報を得たりする者もいたそうだ。それがバレたら大きな減点になるけれど、もし優秀な試験官の目を掻い潜ることができるのであれば、それはそれで良いそうだ。





 マイオルはガイアとプラウティアと共にトリアス大森林に入った。


 この森には貴重な植物が生えていることがあるので、セネカ向けの調査を行いながら素材探しにも余念がない。お金稼ぎも重要だからだ。


 この森にはいくつもの野営ポイントが知られているので、その地を巡り、情報を得ていく。中にはマイオル達と同じ行動をとっているパーティがいたけれど、他の受験者の支援者かもしれないのであまり近づかないでいた。



 マイオルが異変に気がついたのは四つ目の野営地の様子を見ていた時だった。


「⋯⋯魔力溜まりがある」


 スキルを使うと遠くの方に魔力溜まりと思しき反応があった。それに言葉にはできないが魔力の挙動に違和感がある。


「プラウティア、ガイア、あっちに魔力溜まりがあるの。ちゃんと調べた方が良い気がするから、見に行きましょう」


 二人は頷いてマイオルの示す方向に進んだ。これまでにマイオルが魔力溜まりを見つけたことは幾度もあったけれど、その時とはマイオルの様子が違ったのでプラウティアが聞いた。


「マイオルちゃん、魔力溜まりが気になったの?」


「えぇ。気のせいだったら良いんだけど、普通の魔力溜まりとは違う気がしてね。うまく言葉にできないんだけれど、アッタロスさんとサイクロプスを見つけた時に似ている気がしたのよ」


「⋯⋯亜種が発生している可能性もあるということか?」


「そうね。近くに魔物の反応はないから戦闘にはならないと思うけれど、念のため心の準備はしておいて」


 マイオルの話を聞いてガイアとプラウティアは真剣な顔つきになり、警戒度を上げた。二人はセネカとマイオルから魔力溜まりにまつわる騒動の話を聞いているので、周囲の様子を観察し始めた。


 しばらく歩くと、マイオルが魔力溜まりを探知した場所に着いた。


「魔力濃度は高くないけれど、やっぱり普通の魔力溜まりとは違う気がするのよね」


 そう言いながらマイオルは[視野共有]で二人にも魔力溜まりを見てもらった。


「うーん。私には分からないな。見慣れていないからだと思うが」


「私にも分かりません」


「そうよねぇ⋯⋯」


「セネカちゃんがいれば何か気付いたのかもしれませんが」


 マイオルは魔力溜まりを見つけるたびにみんなに見てもらうべきだったと反省した。違和感を抱くものだけを見せても分からないのは当然だろう。


 広めの範囲に対して【探知】を発動すると、離れたところにまた魔力溜まりがあることにマイオルは気がついた。


「あっちにも違う魔力溜まりがあるわ。さっきと同じくらい離れている。濃度も同じくらいね。見に行っても良い?」


「あぁ。違和感があるのならもう少し調査をしても良いと私は思う。プラウティアはどうだ?」


「はい。私も賛成です。魔力溜まりのことを調べながらでも昇格試験の調査をすることはできそうなので」


「ありがとう。そしたらもう少し付き合ってもらうわね」


 三人は再び歩き出した。

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