第98話:コテリネズミ

 セネカはクマニア大平原の真ん中で野営をしながら頭を巡らせていた。


 冒険者の業績で多いのは、討伐、発見、調査の三つである。


 一番分かりやすいのは討伐だ。強力だったり、希少だったりする魔物を討伐すれば業績になる。例えばこのクマニア大平原で言えばガストヌーを単独で討伐できれば銀級冒険者として申し分ない業績になる。


 しかし、ガストヌーは広大な草原地帯を風のように駆けて遭遇しづらい上に、逃げ足も早い。討伐できるかどうかは運任せになってしまうため、これに賭けるのはリスクが高い。


 発見も同様に運頼みになりやすい。新種や亜種の発見、生息が確認されてなかった生物の地域新発見など、達成すれば大きな業績となることは多い。だが、そういう生物を見つけるには、やはり幾ばくかの運が必要になる。

 運頼みにするのは不安が残るとセネカは感じた。


 そんな訳で多くの受験者、特に王立冒険者学校の出の者は、討伐や発見の機会を待ちながら調査をすることが多いとセネカは聞いている。

 だが、この調査というのも厄介だ。単に調べるだけだったら誰にでもできるのだから、意義がある独自の調査を行わなければならない。


 セネカも調査の準備をしていない訳ではなかった。これまでの昇格試験の内容やニーナ達の情報から当たりをつけていた。しかし、今回の試験内容は想定以上に自由度が高い。


 普通は試験内容がもう少し限定されていて、いくつかの課題の中から選択して業績を上げるようなこともある。


 何をしても良いというのはかえって困ってしまう。

 どうすれば良いのか考えながらセネカは明日からの行動予定を決めていった。





 次の日、セネカは草原地帯を歩き回り、コテリネズミという小さな魔物を探していた。この魔物はクマニア大平原ではありふれた魔物で、冒険者でなくても退治できるくらい弱い。


 だが、このコテリネズミは面白い習性を持っている。それは魔力伝導力の高い金属が多く含まれる土をかじり、飲み込むということだ。


 例えばミスリルは魔力伝導力が非常に高いことが知られているが、鉱脈が見つかることは稀だ。しかし、砂金や砂鉄のように普通の土に存在することがある。コテリネズミは栄養にもならないのに、なぜか土の成分を判別して摂取するようだ。


 コテリネズミは穴を掘って生活をしており、広大な巣穴を作ることが知られている。巣穴の中には排泄をする部屋が作られる。この排泄物にはミスリルなどの金属が比較的多く含まれているため、見つけることができれば小金持ちになることができるのだ。特に、長年に渡って排泄物が溜められた部屋はミスリルの純度が高くなっていて高値がつく。


 大抵の巣穴は大きく深いけれど、稀に浅い層にトイレがあることもあるので、偶然ミスリルが多く含まれる場所を見つければ一攫千金も夢ではない。


 そのため、この地域の青銅級や鉄級の冒険者達はコテリネズミを討伐しながら巣穴を掘るらしい。だが、その行動によって大金持ちになった冒険者の話は聞いたことがないとファビウスが話していた。


 セネカは野営地の近くで、コテリネズミを見つけると捕まえた。


「ニーニー」


 コテリネズミは言葉を持っているとも言われていて、仲間に敵の危険を伝えることもあるらしい。


「よしよし」


 セネカはコテリネズミの背中を撫でながら、お尻の辺りを[魔力針]で【縫った】。そして、回復魔法で微かに癒しながらコテリネズミを放した。


 コテリネズミのお尻からは糸が出ていてセネカと繋がっている。セネカは糸の魔力を辿ることでネズミをある程度追跡することができるのだ。


 追跡能力はマイオルのスキルの劣化版であるけれども、【探知】には出来ないこともあるので、セネカはこの方法を取ることにした。


 それからセネカは他のコテリネズミにも糸を縫い付け、合計四匹のコテリネズミの生態を観察することにした。





 三日が経った。

 コテリネズミの巣穴にセネカの糸が張り巡らされている。流石に魔力をかなり使っているけれど、それでも巣を網羅したとは言えなさそうだ。


 この日はネズミがどのあたりまで進んでいるのか確認しに行った。すると、糸の先端の場所まで行くのに一時いっときはかかった。セネカはコテリネズミの巣の巨大さに驚いた。


 それから野営地に戻ってきて、セネカは出来るだけ立体的になるように巣穴の地図を書いた。ものすごく精度が高いという訳ではないけれど、それなりに正確にかけているはずだ。


 コテリネズミは基本的に忙しなく動いているが、日に何度かは動きが止まり、うずくまっているように感じることがある。動きが止まる場所は、毎回同じではないけれど、複数の個体で共通の所であることもある。ここがトイレではないかとセネカは考えている。


 他にも同じ場所で特定の行動をとる空間というのは存在するので、見込みが違う場合にはそのような場所を当たらなければならない。


 セネカは追跡していたコテリネズミの糸を解除した。三日にわたって糸を出し続けていたので魔力が大きく減ってしまった。しばし回復しなければならない。


 セネカは野営地を出て、巣穴を掘るための道具を調達するために一旦街に戻った。ギルドに寄ることも考えたけれど、今は時間が惜しいのですぐにまた野営地に戻ることにした。


 道具を運んで野営地に帰ると、すぐにトイレ候補の場所の中で最も浅い位置を目指して、セネカは穴を掘り出した。軽く身体を強化しているので効率はそれなりだ。


 しばらく掘っていると「ミミー、ミミー」と鳴くコテリネズミが穴から出現して、セネカを攻撃するようになってきた。侵入者に対する反撃だろう。


 セネカはシャベルでコテリネズミを倒してゆく。増えすぎると農作物に被害を与える魔物なので、間引きして問題ない。


 さらに掘っていくと部屋のような空間が見えてきた。想定の場所よりはまだ上だけれど、トイレでもおかしくないような見た目だったのでセネカは調べることにした。周囲の土とは色味の違う堆積物もある。


 セネカは頭の上に出現させた[まち針]を空中に固定し、掘ってきた穴を少し戻った。そして[魔力針]に炎をまとわせて部屋に放った。念のための消毒である。


 熱が冷めるのを待ちながら自分で描いた地図を確認すると、いま調べている部屋はコテリネズミ達がお尻の辺りをフリフリしながらゆっくり歩き回る空間のようだった。この行動が排泄なのであれば、ここがトイレでも良さそうだ。


 掘り進めながら待っていると熱が冷めたようだ。セネカはさっきの部屋に戻って、堆積物に手をかざした。そして魔力を通してみる。すると、鉄等よりも小さい抵抗で魔力が通った。


「あー、ここがトイレかもしれないなぁ」


 セネカは呟いた。


 どこかに見込み違いがあったかもしれない。だが、とりあえず当初の予定通り掘り進める。あとは確認だけなので、身体の強化に多めに魔力を回し、手早く掘ってしまう。


 すぐに大きな部屋が出てきた。コテリネズミ達が日に何度もうずくまる場所だ。だが、入念に調べてもそこには何もなく、ただ、広い空間が広がっているだけだった。





 それから、セネカは襲ってくるコテリネズミを蹴散らしながら得た情報を整理していた。


 コテリネズミは、おそらくお尻をフリフリして歩きながら排泄をするのだろう。何匹かを捕まえて観察すれば分かるはずだ。


 コテリネズミ達が日に何度もうずくまるのは何故だろうか。きっと何か意味があるのだろうけれど、それを調べる時間はない。セネカは試験のために好奇心を抑えなければならないと思った。


 他にも気になることはある。例えば、今回かなり深いところまで掘ったけれど、巣穴はさらに深くまで続いているようだった。けれど、セネカが追跡したコテリネズミ達は観察期間中浅いところに留まっていた。これにも理由があるかもしれない。


 だが、とにかく大事なのは今回の方法がコテリネズミのトイレを見つけるのに役立つかどうかだ。方法の価値を高めるためにはさらに効率を高め、出来るだけ金属の純度が高い排泄物を大量に集めなければならない。


 離れた場所でも同じ方法が成立するなら、方法の信頼性も高まるはずである。セネカは野営地を移動することに決めた。


 ちなみに、コテリネズミの排泄物は火にかけてしまえば匂いはなく、セネカにはただの鉱物にしか見えなかった。

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