第99話:拍手

 この国にはいくつもの冒険者学校がある。中でも最高峰だと言われているのが王立冒険者学校だ。そのため、冒険者を目指す多くの子ども達は王立冒険者学校に入るために実力を磨き続ける。


 しかし、王立冒険者学校で求められるのは腕っぷしの強さに加えて、『賢さ』だと言われている。例えば綿密な計画力、抜け目のない調査力、貴族と接することのできる品性がないと上のクラスに上がることはできない。


 鍛えられた知性を駆使して実力の向上をはかり、脅威の依頼達成率を誇る卒業生達の戦闘力は当然高く、泥臭い活動も行っている。けれど、学校の特性上、『頭でっかち』『エリート共』などと揶揄されることが多い。


 対して、それ以外の冒険者学校はひたすらに実践力を高める所が多い。勉強もそれなりにするけれど、体系だった理論を学ぶこと機会は多くない。そういう事が知りたい者は魔導学校に入ってから冒険者になる。


 ヌベスットもそんなありふれた冒険者学校を出た。勿論、調査や計画の教えを受けたけれど、まるで学者のように詳細を詰めることはなかった。


 そもそもヌベスットは勉強が得意ではない。冒険者向きのスキルを授かって、子ども達の中でも身体が丈夫だったから冒険者になっただけだ。


 冒険者を志してからヌベスットは悟った。


「調査とか整理とか、そういうのは俺には向いてないな。全くやる気にならん」


 どうしたら良いかは分からなかった。だから一日悩んだけれど、そもそも考えることが苦手だった。


「ごちゃごちゃ考えるのはもうやめだ! 冒険者は強けりゃ良い。仲間を想って、強い敵を倒していけば誰も文句を言う奴はいなくなるはずだ!」


 ヌベスットそれからひたすらに技を磨き続けた。


 仲間にも恵まれた。

 頭を使う作業は賢い仲間達にお願いし、ヌベスットは任された仕事を確実にこなした。


 そうして活動していくうちに二年前にレベル3になった。そして新しいスキルの扱いが身に付いてきた頃、銀級冒険者への昇格試験を受けることにした。


 仲間は「考えるのが苦手だと言うが、俺はお前が結構頭いいと思っているぞ」と言ってくれる。信頼する仲間がそう言ってくれるのならば、もしかしたらそうなのかもしれないという気持ちもある。けれど、苦手なものは苦手だ。


 だから三次試験の課題を伝えられた時、ヌベスットは迷わなかった。


「ガストヌーを討伐する」


 ガストヌーの討伐は難しいのでそう言うと仲間達は苦笑していた。けれど彼らは黙ってヌベスットを送り出してくれた。





 それから六日間、ヌベスットはガストヌーの痕跡を追って、機会を待ち続けた。


 事前に調べた情報によれば、ガストヌーは定期的に土浴びをするらしい。特にコテリネズミの巣穴の入り口で浴びることが多いようで掘った土が盛られていることがあるそうだ。


 そこでヌベスットはまずコテリネズミを探し、その巣穴を巡った。数箇所まわると、大きな獣が転がった跡や牛系の動物の足跡があった。しかし、形はぼやけて薄くなっていたので時間が経っているようにヌベスットは感じた。


 それからコテリネズミの巣を探し回っていると、草木の混ざった大きい糞が見つかった。付近を捜索すると同じ足跡がくっきりと残っていた。


 新しい物だと思ったのでヌベスットは足跡を丁寧にたどった。だが、しばらく進むと痕跡はなくなり、それ以上追うことはできなくなってしまった。


 そんなことを何度も繰り返しているうちに六日が経った。ヌベスットは若干の焦りを感じたけれど、挑んだのは運が絡む勝負なのだから仕方ないと自分を言い聞かせて、我慢強く探索を続けた。すると、ついにガストヌーが見つかった。


 ガストヌーは風の魔法を駆使する魔物だ。いきりたって攻撃してくることもあるけれど、基本的には臆病な魔物で、敵の存在に気づくと即座に逃げてしまう。そのため、逃げられる前に仕留めなければならない。


 ヌベスットのスキルは【速剣術】だ。研ぎ澄まされた速さと技術で敵を倒し続けてきた。ガストヌーとは相性が良い。


 はやる気持ちを抑えながらヌベスットはガストヌーを追った。出来るだけ敵が油断している時に攻撃を仕掛けたい。


 しばらく観察していると、ガストヌーはコテリネズミの巣穴に近づいて行った。奴らの特徴的な鳴き声が聞こえてくる。


 ヌベスットは剣を抜き、汗の滲む手で握りしめた。そしてガストヌーがコテリネズミに気を取られている隙を見て、全力で駆け始めた。


「[迅速]、[風除け]」


 サブスキルを使い、ヌベスットは高速で移動する。移動する際の風の抵抗が小さくなり、独特の加速を見せる。


 突貫するヌベスットにガストヌーが気がついた。だが、ヌベスットはもう十分に近づいている。


「うおおお! [一点突破]!!!」


 ヌベスットは切り札のサブスキルを発動し、剣を振りかぶる。


 素早かった動きはさらに加速する。


 ヌベスットはガストヌーの首目掛けて、曲剣を振り下ろす。[風避け]の効果が波及し、刃が鋭く走る。


「ぶもぉぉぉぉ!!」


 ガストヌーは叫び声を上げて抵抗しようとしたけれど、なす術なく切り伏せられた。




 ヌベスットが討伐の喜びに浸ろうとした時、背後に気配を感じた。


『パチパチパチパチ』


 手を叩く音がしたので振り返るとそこにはシメネメが立っていた。いつからそこにいたのかヌベスットには分からなかった。


「見事な討伐だった。これは大きな業績として認められるだろう。だけど、残念ながら試験は中止することになった。俺も手伝うからガストヌーを至急片付けて、ギルドに戻って欲しい」


 そう言ってシメネメは自身の冒険者カードと、今回の試験官の証である腕章をヌベスットに見せた。


 それらの物品はシメネメの魔力に反応して輝き、本物であることを示していた。





 マイオルの気持ちが明確に変わったのはプラウティアとガイアも「何かおかしい」と言い始めてからだった。


「これネジバナだけど、見たことのない花の色です。さっきまでは普通のが生えていたのに⋯⋯」


「やたらとカミキリムシが飛んできているな。それに魔物の数もなんだか多くないか?」


 これまでの違和感がマイオルの勘違いであったら良かったのだが、魔力溜まりだけでなく生物にも影響が出ているようだという話が複数あがってきた。


 かなり気になるが、しかし、今はセネカのために予備調査を行なっているところだ。これ以上のことを調べるためには本腰を入れる必要がある。


「決断の時ね⋯⋯」


 マイオルはそう呟いてから頭を整理し、プラウティアとガイアに相談した。


「魔力溜まりの発生と挙動、植物の花の色、虫や魔物の行動の変化⋯⋯。どれも大きなことではないかもしれないけれど重なると不気味だわ。でも調査をしっかり行うためには目的を変える必要があるわよね。二人はどう思う?」


「うーん。私はギルドに報告するのが良いんじゃないかと思います。それぐらいだったら時間は取られないし、もしかしたらありふれた出来事だと分かるかもしれません」


「私も同感だな。だが、魔力溜まりの分布に関してはマイオルしか調べられないと思う。今日の夜にギルドに報告することにして、それまではしっかり調査を行わないか? セネカのためにさらに情報を得たいという気持ちもあるけれど、現状でも必須の情報は得ているはずだ」


 マイオルは二人の意見をしっかり聞きながら吟味をした。


「ガイアちゃんの言う案に私も賛成です。魔力溜まりのことは少し慎重に判断するべきかもしれないので」


「分かったわ。そしたら今日の夜には引き上げてギルドに相談に行きましょう。今は昇格試験中だから偉い人がいる可能性が高いわ」


 そうして、三人はさらに情報を得てからギルドに帰って行った。

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