第100話:異変
セネカは都市トリアスに帰ってきていた。
意気揚々とコテリネズミの巣穴を掘っていたら、突然レントゥルスがやってきて試験の中止を宣言した。詳しいことは後からだと言ってレントゥルスはすぐに消えてしまったのでセネカはとりあえずギルドに向かうことにした。
セネカがギルドに入ると、冒険者達の空気がおかしいことに気がついた。全ての者が張り詰めた様子だ。
奥に進むとシメネメがいた。シメネメはセネカに気づくと手を招いた。
「おう、嬢ちゃん。レントゥルスから聞いたと思うが、緊急事態で試験は中止だ。この後、会議があるから出席してくれ。詳しいことはそこで話す。また声をかけるから今は少し身体を休めると良い」
そう言って受付のカウンターの奥に行ってしまった。
セネカは所在のない心地になったけれど、確かに疲れが出てきているのでしばらく椅子に座ってゆっくりすることにした。
ぼーっとしているとロンドルがギルドに入ってきた。ロンドルはセネカを見るなり、近づいてくる。
「レントゥルス様が突然やってきて試験は中止と言われたんだが、君もか?」
「はい。このあと会議があるので待機するように言われました。詳細はその時に話すようです」
「そうか。レントゥルス様はギルドに戻れと言うなりいなくなってしまったから呆然としたよ。けれど、昇格試験が中止になるなんて聞いたことがない。余程のことが起きたんだろう」
ロンドルはそう言って顔をこわばらせた。
◆
ロンドルがやってきてから一刻ほど後、レントゥルスがギルドに帰ってきた。
「セネカ、ロンドル、これから会議を行うから奥の大会議室に行ってくれ、俺は他の受験者を呼んでくる」
そう言われたのでセネカは会議室に向かった。場所が分からなかったので受付嬢に聞くと冒険者カードの提示を求められた。
カードの確認の後、セネカは奥に通され、会議室まで案内された。
セネカが部屋に入るとそこにはシメネメ、数人のギルド職員、そしてマイオル達をはじめとする多くの冒険者がいた。
「マイオル、ガイア、プラウティア!」
声に反応して三人がセネカの方を向く。三人とも神妙な顔つきで張り詰めた雰囲気だ。
「おう、来たか。聞きたいことはあるだろうけれど、今は他の奴らが来るのを待ってくれ」
セネカは話をしようとしたけれど、シメネメがそう言ったのでひとまずは黙って座ることにした。席が空いていないのでマイオル達とは離れている。
落ち着いて部屋の様子を伺ってみると、誰もが緊張感を抱えていることにセネカは気がついた。特にギルド職員達は憔悴しているようにも思う。
それから少しの後、他の受験者達が部屋に入ってきた。
全員が揃ったのを確認してから、シメネメが口を開いた。
「それでは会議を始める」
◆
事の起こりはマイオル、ガイア、プラウティアの三人がギルドにトリアス大森林での異変を報告をした事だった。
三人の報告を重く受けとめたギルドは冒険者から聞き取りを行うことにした。だが、今は銀級冒険者への昇格試験を行なっている最中だ。冒険者の活動はあまり活発ではなく、試験に関係のありそうな場所を避けている冒険者が多い。
そこでギルドは受験者のサポートのために予備調査をしているパーティを呼び出した。すぐに動きがあったのはロンドルが所属するパーティだった。彼らもトリアス大森林の様子に違和感を持ってギルドに相談に来たのだという。
少ししてから他のパーティもやってきて、「魔物が多い」、「おかしいことがある」と口々に言う。
ギルドは即座に地元のパーティにトリアス大森林の状態の調査を依頼した。そして受験者のサポートに来ているパーティ達に調査協力要請を行った。
ギルドからの要請があるならと、マイオル達は指示に従って本格的な調査を行った。
ギルドの動きは迅速で、基本的には的確だったがミスもあった。例えば、いまトリアスには広域の探索を行えるスキルを持つ冒険者は三人しかいない。一人はヌベスットのパーティの斥候で、もう一人はトリアス支部の冒険者、そしてマイオルだ。
ヌベスットのパーティの人はレベル3で、地元の冒険者はレベル2だと言うことをギルドは把握していた。マイオルはレベル3であることを申告したけれど実績がなかったので、ギルドは最も大事な調査をヌベスットのパーティに依頼した。彼は優秀な斥候ではあったけれど、魔力を検知することが出来なかったので調査が一手遅れてしまった。
調査の結果から魔物の数の上昇を検知したギルドは異常事態だと認識し、金級冒険者のシメネメとレントゥルスに報告を行った。
シメネメは試験の遂行をレントゥルスに委ね、トリアス大森林の奥地に入って行った。迅速さを優先したため、ヌベスットのパーティは奥まで調査に行かなかったのだ。
半日で帰らなければならなかったのでシメネメも最奥まで行くことはできなかったけれど、そこで見たものは次の行動を決断するのに十分であった。
「レントゥルス! 魔物の数が多い。複数の亜種を発見した。俺の知る限りあの地には生息していない魔物を二種発見した。スタンピードが発生する恐れがあると俺は思う。試験は中止だ。俺は本部に『スタンピードの兆しあり』と報告するぞ」
戻ってきたシメネメの話を聞いてレントゥルスは素早く頷き、動き出した。
◆
「経緯としてはこんなところだ。不明な部分に関しては後で質問を受け付けるが、いまは異常事態だと理解して欲しい。この後、詳細調査を行ってから確定するが、スタンピードが発生する可能性が非常に高い。その場合の猶予は最短で三日程度だと俺は思っている。今は昇格試験ということで出払っている冒険者が多いから、彼らが戻るまでは君たちに協力してもらいたい」
セネカはシメネメやギルド職員の話を聞いて目を細めた。スタンピードが発生する可能性があるとしたら試験が中止になるのも仕方がないだろう。
「今後の動きだが、まずこの会議が終わり次第、情報を公表して正式に各方面に協力を要請する。準備を始めないと手遅れになるからな。おそらく街はパニック状態になるだろうがやむを得ない。今日中に近隣のギルドから応援が来るだろうし、じきに王都からも応援が来るだろう。スタンピードが起こるという前提でみんなには協力をお願いしたい」
場の緊張感が増す。セネカは聞きたいことがいくつもあったけれど、まずは話を理解することに努めた。
「スタンピードの確定には専門の冒険者が派遣されるから待ってほしい。だが、その前にいくつか把握しなければならないことがある。そのための調査を『月下の誓い』にお願いしたい」
シメネメがそう宣言すると少しだけ場がざわついた。だが、シメネメは構うことなく続ける。
「マイオル、先ほど内容を伝えたが可能だろうか」
そう言われたマイオルはゆっくり頷いた。
「セネカはどうする。行けそうか?」
「行きます!」
間髪入れずにセネカは言った。
マイオル達の表情がほんの少し穏やかになる。
「分かった。それでは『月下の誓い』は即刻準備して、調査を開始してくれ。詳細はマイオル達に話しているからセネカは話を聞いて欲しい」
そう言われて、四人は会議室からすぐに出て行くことになった。
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