第121話:スキル【縫う】
前方ではアッタロスとレントゥルスがガーゴイルと戦っていた。
モフが後衛の防御を担っていることで、レントゥルスが前衛の戦いに集中することができる。おかげで厳しい戦いの中にも微かな希望が出て来た。
ルキウスが回復魔法を使えるというのも大きい。守護者化したガーゴイルにダメージを与えるためには思い切って踏み込まなければならないが、回復がなければ保守的な立ち回りをしなければならなかった。
ルキウスは時折【神聖魔法】で攻撃をしている。『扉』から出てくる魔物達は聖なる属性に弱いため、ルキウスの攻撃は有効だった。
しかし、ガーゴイルは『扉』から得る魔力の量を徐々に増やしていて、一撃の威力が強くなって来ている。また、発生させる亜空間の数も増えており、次第に手が足りなくなっていた。
アッタロスは後方からセネカが持ち帰った情報を元に戦略を立てていた。緊急事態の狼煙を上げてから多少の時間が経ったけれど、二人の他に援軍が来る様子はない。
それは別の強力な魔物の対処に戦力のほとんどをかけているかららしい。巨大な魔物が都市側に出ているようなので手が離せないのだろう。
ゼノンかペリパトスが狼煙を見て来てくれることも期待しているが、すぐに現れない以上、来れない理由があるのだろう。
敵が『扉』を再度開いたという情報がない限り、強い方の魔物にかかるのは当然である。もしかしたらペリパトスは巨大な魔物の方に向かっているのかもしれない。
アッタロス達は疲弊している身体に鞭を打って戦線を保っている。戦いの鍵はルキウスが握っていることは間違いないのだが、そのルキウスを活かす方法が思い浮かばない。
せめて亜空間のせいで消耗を強いられる状況を変えられればと考えているのだが、打開策は浮かばなかった。
◆
セネカは久方ぶりにはっきりとした頭でルキウスを見ていた。澱んでいた思考が今は研ぎ澄まされている。
ルキウスは翡翠色の大太刀を振りながら時に魔法を撃ち、時に回復している。その動きは機敏そのもので、幾つもの役割を当然のようにこなしている。
圧巻なのはやはり剣技だった。以前にも増して動きにキレがあり、すごく早く動いているようにも見えるし、反対にすごくゆっくり動いているようにも見えた。
反応速度も群を抜いている。セネカは自分の反応速度に自信があったけれど、ルキウスの前では形無しだろう。
反応が早いお陰で行動が半歩分早くなり、苦しい状況を避け続けられるという好循環を続けることで、消耗が少なくなっているようだとセネカには分かった。
その柔らかな動きは、記憶の中のルキウスの父ユニウスとそっくりだ。
ルキウスはやっぱり剣士のままだった。
あの日、森の中で素振りをしていた時から、ずっとずっと剣を磨き続けて来たのだ。
それがセネカにはよく分かった。
それじゃあ、自分はどうだろうか。
セネカは自問した。
自分もずっと剣を磨き続けて来た。
正道からは外れてしまったかもしれないが、今でも剣士という意識を強く持っている。
だからルキウスに自分の剣を見て欲しい。
そういう気持ちがある。
だけど、それ以上にルキウスに見て欲しいものがあることにセネカは気がついた。
この四年間、ずっと向き合い続けて来たことがあった。
初めは落胆していたけれど、今では自分の一部として心から誇ることができる。
そんな自分の新しい一面をルキウスに見て欲しい。
セネカの胸はそんな気持ちで一杯になった。
「私のスキルは【縫う】。
ハズレだと言われたけれど、努力で当たりにしてきた。
ねぇ、ルキウス、見ていて⋯⋯」
セネカは刀を納めて、スキルに気持ちを集中させた。
セネカはいつだってスキルに助けられて来た。
死にそうになっても、仲間を失いそうになっても、何度もスキルの力を発揮して、逆境を跳ね返して来た。
追い詰められてしまった時、スキル【縫う】をうまく使うことができればきっと切り抜けられる。そんな揺るぎない気持ちを再び思い出した。
そして、そんな素晴らしいスキルに相応しい人間に自分は成長した。
そういう自負心も芽生えて来ている。
セネカは今日もスキルに願いを込める。
答えはいつも簡単だった。
何かをどうにかして縫ってしまえばよい。
ただそれだけだ。
だから——
◆
ルキウスは深く集中していた。
己の感覚に従って、【神聖魔法】を十全に扱い、最善を尽くしている。
戦況は良くない。
このままでは消耗を強いられ、いつか負けてしまうだろう。
だけど、ルキウスは心の底から楽しみな気持ちを持っていた。気を抜くと笑みを浮かべてしまいそうなので
敵に攻撃を仕掛けながら動いていると視界の隅にチラッとセネカの顔が入る。
セネカは眉をちょっとだけ上げて、リラックスした表情をしている。目はちょっとだけ斜め上だ。
想像以上に大人っぽく成長していて内心ドギマギしてしまったけれど、今のセネカの顔はあの頃と何にも変わらない。
「何か飛び出すな⋯⋯」
ルキウスはそう確信して、何が来ても良いように戦況を整理しようと行動を開始した。すると、まるで示し合わせたように前衛も後衛も状況が明確になるような行動を取るようになった。
「みんな同じ気持ちって訳だ」
ルキウスは愉快な気持ちになった。
一緒に前で戦うアッタロスとレントゥルスは苦笑いを浮かべているように思う。
「さぁ、見せておくれよ。
セネカのスキル【縫う】を。
僕はずっと楽しみにしていたんだ」
ルキウスがそう呟いた瞬間、セネカは膨大な魔力を練って淡い光を放ち始めた。
◆
アッタロス達は距離を取り気味に戦っている。セネカの動きを見てその後の攻め方を変えていこうと思ったからだ。
対するガーゴイルはアッタロス達の攻めが緩んだのを見て、力を溜め始めた。圧倒的な聖の力を見せるルキウスに対して憎悪の感情を持っているので、彼を仕留める機会を伺っているようだ。
ガーゴイルはセネカが魔力を使って何かを始めようとしていることに気がついていたけれど、ルキウスを忌み嫌う気持ちが強すぎて、意識をあまり割かなかった。
だから、セネカの技を防ぐことができず、困惑することになってしまった。
ガーゴイルが亜空間を発生させようとした時、突然しゅるしゅると音がした。いつまで経っても空間の口は開かず、動きはない。
不思議に思ったガーゴイルは一度に複数の亜空間を出そうとしたけれど、またしゅるしゅると音がしたっきり、魔力は霧散してしまった。
誰かに攻撃を防がれているとガーゴイルは理解した。そこで一番脅威に思っていた聖の少年を攻めたけれど、魔力の動きに不自然さはないように感じた。
実行しているのは違う奴だと認識してから周囲を確認すると、明らかに異質な動きをしている奴がいた。
その少女は莫大な魔力を迸らせて亜空間の発生を防いでいるようだと分かった。
ガーゴイルはその時、狙いをルキウスからセネカに変更した。
◆
セネカは淡々とスキルを行使していた。
マイオルの【探知】では魔力と亜空間を検知することができる。共有された視野をよく見ていると亜空間の発生に先立ち、魔力濃度が突然発生して渦巻くように乱回転するのだ。
だからそのような場所を見つけたら即座に[魔力針]を撃ち込み、遠隔で操作しながら空間を【縫って】しまえばよい。そう気付いてからは簡単であった。
以前、月明かりに照らされながらマイオルと戦った時、セネカは離れた場所と自分のいた場所の空間を縫い合わせることで瞬間移動を実現した。
その頃から空間を【縫う】という発想はあったのだけれど、いかんせん魔力を大きく消費してしまうため、多用することは出来なかった。
今回の場合、敵の亜空間は非常に不安定なようで、口が開くのは一瞬だけだ。だからなのか、あまり魔力を消費することなく亜空間の発生を防ぐことができている。
詳細な原理は分からないが、セネカにとってガーゴイルの亜空間を防ぐのはまるで傷口を縫うように簡単なことだった。
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