第122話:反撃

 幾つもの亜空間を防いでいくうちに、セネカの動きは洗練されていった。


 最初は意識を集中しながら繊細に縫わなければならなかったけれど、今では半ば無意識にでも縫うことができる。


 ガーゴイルがあまり亜空間を出さなくなったのも大きい。防がれてしまうと悟ったのか、今は魔力のほとんどを身体強化などに使っていて、牽制程度にしか亜空間を発生させようとはしていない。


 余裕が出て来たセネカは、まずは何となしに糸に魔法を付与してみた。火、氷、雷、そして回復。それらの属性で縫ってみたらどんな影響があるのか試してみたのだ。


 その結果、何故か回復魔法を付与した場合でだけ敵の魔力の分散が早く、亜空間を防ぐ能力が高くなっていたようだった。


 ある程度のことを試すことができたので、セネカは回復魔法が付与された糸で本命を【縫う】ことにした。





 セネカが亜空間の発生を防ぐようになって戦いは大きく変わった。


 まず神出鬼没だった攻撃を警戒する必要はほとんどなくなった。その分、敵の身体は強化されてしまったけれど、そういう敵とはこれまでいくらでも戦って来ているので、アッタロス達は様々な手段を取れるようになった。


 マイオルたち後衛も混乱を避けるために前衛と距離を取っていたけれど、近接攻撃が多くなって来たことで前に出れるようになって来た。おかげでこれまで以上に連携をとって戦えるようになり、前衛の負担が大きく減少した。


 モフの存在も大きい。【綿魔法】は受けに特化した魔法であるので、モフの援護によって前衛が取れる選択肢が増えて来た。ルキウスが攻撃に参加できる回数が増え、ガーゴイルに大きな傷を与えられるようになって来た。


 ガイアは今、スリングショットを使って地味な嫌がらせをしている。プラウティア特製の木の弾を使って、ガーゴイルの目の辺りを狙撃し続けている。ダメージはほとんどないが、ストレスは大きいだろう。


 戦い続けながら、アッタロスとレントゥルスがちらちらとガイアに目で合図を送っていることにマイオルは気がついていた。あれは魔法を使えということだろう。マイオルはガイアとプラウティアに指示を出しながら、大きな隙が出来る時を待った。





 セネカは時間をかけながら魔力の糸を丹念に生成していた。強く太くなるようにりながら、回復魔法の効果が糸にしっかり定着するように注意を払っている。


 そしてルキウスがガーゴイルを斬りつけるタイミングに合わせて針と糸を『扉』に向けて放った。


 『扉』には針と糸が一気に六本射出された。

 幸運なことに再び開いた『扉』はそれほど大きくなかったので、セネカはあまり時間をかけずに縫える自信があった。


 かがり縫いで引き絞り、穴を塞ぐイメージだ。孤児院で服の繕いを始めてから、自分の服や仲間の防具に至るまで、セネカは無数の穴を糸で塞いで来た。空間に開いた穴を塞ぐことも不可能ではないだろう。


「うまくいく予感がする」


 セネカは確信を口に出した。


 そして、一瞬で穴の端を縫い合わせ、『扉』をとじてしまった。





 供給されていた魔力が突然途絶えたガーゴイルは、恐慌状態に陥った。

 守護者にとって『扉』は力を与えてくれる重要なものだ。


 ガーゴイルの意識が『扉』の方に向かった途端、アッタロスとレントゥルスが動き出した。二人はなけなしの魔力を絞り出し、今できる最高の技を繰り出す。


「[豪快]!!!」


 レントゥルスがそう叫ぶと、上空に巨大な盾球が出現した。


「[重力]!」


 盾球に強い力がかかり、ものすごい速さで落ちてくる。この技がレントゥルスの二つ名の由来になった『隕鉄』である。


 盾球はガーゴイルに直撃し、鈍い痛みを与えた。


 レントゥルスの横ではアッタロスが精神を統一していた。最大の技を出す力は今のアッタロスにはない。だからトドメは若い子達に任せて、自分はこの隙を次に繋ごうと強く思っていた。


「剣魔剣」


 アッタロスは[剣魔]を剣に同化させた。そして、剣を振るうと同時に魔力を前方に寄せ、『切』の技法によって切り離した。

 すると、アッタロスの振りに合わせて魔力の剣が飛び出し、ガーゴイルに突き刺さった。


 あまりにも格好良い攻撃だったので、ルキウスとモフは今度を真似をしようと心に決めた。


 アッタロスの攻撃の後、前に出て来たのはプラウティアだった。プラウティアは遠目の間合いからスキルを発動した。


「[選別]、【植物採取】」


 ガーゴイルの足元から煙が発生し、魔物の視界を奪った。ガイアが嫌がらせのために撃っていたスリングショットの弾には特製の薬が染み込んでいて、プラウティアのスキルによっていつでも煙幕が張れるようになっていたのだ。


 流れるような連携攻撃にガーゴイルは完全に自分を見失ってしまった。だが、それでも脅威を忘れたわけではなかった。亜空間を出すことが出来ない今、あの魔法を防ぐ術がないことは、ガーゴイルにもよく分かっていた。


 当然、次に攻撃の素振りを見えたのはガイアだった。ガイアはいつものように魔力を圧縮して臨界状態に遷移させ、最大限に魔法を集中させた上でガーゴイルに発射した。


 しかし、ガイアの強烈な魔法が来ることを直観していたガーゴイルは、上下左右にがむしゃらに動き、被害を最大限に小さくする戦法を取った。


 ギュイーン。


 その作戦は功を奏し、ガーゴイルは右脚を失うだけの被害に抑えた。その顔には自然に醜悪な笑顔が浮かんでいた。


「囮だよ」


 ガイアは晴れやかな顔でそう言った。





 セネカの隣にはルキウスがいた。

 二人で並んで攻撃の準備をしている。


 ルキウスは剣に魔力を集めて圧縮しており、翡翠色の剣がまばゆく輝き始めている。


 セネカは納めた刀の柄を触りながら、目を瞑って何やらぶつぶつ言っている。

 人によってはこの少女がどうかしているようにも見えたかもしれないが、ルキウスには心から頼もしく思えた。ちょっと変わっている。


 ガイアの魔法が放たれたのを見て、ルキウスは大太刀を一度鞘に納めた。そして、セネカの方を向いて言った。


「それじゃあ、お先に」


 ルキウスの顔は歓びに満ちていた。

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