第120話:白波
声も枯れるほど叫んだ後、プラウティアに声をかける存在があった。
「ねぇ、君、助けが必要なんだよねぇ? どこに行けば良い?」
それは若い声だった。プラウティアの声を聞きつけて異変を感じ、急いでやって来たのだ。
プラウティアは訳も分からずセネカ達がいる方向を指差した。
「強い敵がいるのかい?」
もう一人、別の声が聞こえて来た。
「はい⋯⋯セネカちゃん達が⋯⋯」
無我夢中でプラウティアがそう言った瞬間、片方の人が血相変えて動き出した。
その様子を見たもう一人の少年が焦って言った。
「とにかく現場に急ごう。君は僕の魔法に乗って」
プラウティアは頷いて、目の前に出て来た柔らかな物体に身体を預けた。
◆
死を覚悟したセネカの目の前に緑がかった白波が通った。
その波はセネカとガーゴイルを分断し、ガーゴイルの拳の先を少し削った。
「⋯⋯間に合ったようだね」
声がしたと思ったら、突然セネカの前に人が立った。
後ろ姿であったけれど、声の主の髪は黒く、翡翠色の大きな刀を持っている。
その少年は狼狽えるガーゴイルの前に立ちはだかり、突然魔法を使った。ガーゴイルは身構えたけれど、その魔法はセネカとアッタロスとレントゥルスの方に向かってゆき、彼らの傷を急速に治していった。
少年は語気を強め、凄むように目の前の魔物に言い放った。
「セネカを痛めつけたのはお前だな⋯⋯。絶対に許さない!」
ルキウスはまだ混乱から抜けていないガーゴイルを思いっきり蹴飛ばし、【神聖魔法】の膜で覆い、閉じ込めた。
◆
「死に損ねたか⋯⋯」
暖かい光に包まれながらレントゥルスは目を覚ました。ガーゴイルの硬い拳が腹の内側にめり込む生々しい感覚がまだ残っているけれど、傷は塞がっているようだ。
身体を起こして近くを確認すると、ガイアが心配そうな顔でレントゥルスを見たのが分かった。
目線を遠くの方に向けると、ガーゴイルは謎の青白い膜に覆われながら中で暴れている。
セネカの前には見知らぬ少年が立っていた。
理解が追いつかないけれど、敵が生きているのであればやることは一つである。レントゥルスはガイアからポーションを受け取り、飲みながらセネカ達の方に向かって走った。
少年とセネカが見つめ合いながら話をしていたけれど今は時間がない。
レントゥルスは割り込んで話をした。
「その独特の魔力⋯⋯。聖者殿とお見受けする。あなたが回復してくれたのか」
そう言うと少年はレントゥルスの方を見やり、ゆっくりと頷いた。
自分の他にもう一人この場所に歩いてくる男がいるのにレントゥルスは気がついていた。
「生きていたか。レントゥルス」
アッタロスだ。魔法により見た目は回復しているけれど、実際は自分と同じようにボロボロなのだろうとレントゥルスは分かっていた。
「君が聖者ルキウスか」
アッタロスはセネカの様子から推測して言った。
「はい。ルキウスと言います。援軍に来ました。指揮下に入るので使ってください」
声色や態度はとても柔らかかったけれど、その目には隠しきれない凄みが宿っている。
「この膜はどれぐらい持ちそうだ?」
「悪魔に対しては強い効果を発揮しますが、この様子だとすぐに破られるでしょう」
「分かった。セネカは後方に連絡を頼む。俺とレントゥルスで戦うからルキウスは援護しながら徐々に入って来てくれ」
「分かりました」
三人は出てきたガーゴイルに攻撃を叩き込むための準備を始めた。
◆
マイオルはセネカの助けに入った少年が例のルキウスだということを即座に確信した。聞いていた通りに黒髪で翡翠色の瞳をしていたし、何よりセネカが親愛に満ちた顔をしていたのが見えた。
セネカがそんな顔をする少年はマイオルの知る限りでは一人しかいなかった。
「いやぁ、間に合ったようだねぇ」
声の方を向くと、蜂蜜色の髪をした大らかそうな少年が雲のような物に乗ってやって来た。一緒にプラウティアも乗っている。
マイオルは【探知】で見たプラウティアの動きがおかしいと思ったけれど、それはその乗り物に乗って来たからしい。
「マイオルちゃん。この方はモフさんです。そして、あれが⋯⋯」
「噂のルキウス君ね」
マイオルがそう言うのを聞いてプラウティアはすぐに頷いた。
「そして、あれが件のセネカさんと言う訳だねぇ」
モフもルキウスからセネカの話をしつこく聞かされていたのですぐにピンと来た。
「ゆっくり話したいところだけれど、そろそろ敵が動き出しそうね。プラウティア、セネカが一時下がることになりそうだから、前衛の援護を頼むわ」
「分かりました」
「僕は防御が得意だから後ろにいるよ。自分のことは自分で守るけど、手助けできそうだったら言ってね」
モフが重要な情報を短く伝えてくれたのでマイオルは好感を持った。
「今からあなたの頭にスキル【探知】の視野が浮かんで来るけれど、邪魔だったら消すから言って」
「分かったぁ」
「とにかくこのメンバーで持ち堪えなければならないわね」
ルキウス達に助けを求める前、プラウティアが緊急事態の狼煙を上げたので援軍が来るはずだ。しかし、いま上級冒険者達が遠くの方で出現した巨大な魔物にかかりきりになっていることをマイオルは知っていた。
たまたまルキウスが近場にいなかったら今頃全滅していただろう。
だが、さっきまで死を覚悟していたと思えないほど晴れやかな表情をしているセネカを見て、マイオルは再び希望を持った。
◆
ガーゴイルがルキウスの魔法で膜に封じられた後、レントゥルスがやってくるまでセネカは少しだけルキウスと話をした。
「セネカ、立てるかい? 派手にやられたみたいだね」
「ルキウス⋯⋯」
「まさかこんな再会になるとはね。けれど会えて嬉しいよ。僕はこの日をずっと待っていたんだ」
「私も会えて嬉しい。まさかルキウスが助けに来てくれるなんて⋯⋯」
「僕もまさかこんなところにセネカがいるなんて思わなかったよ」
目の前ではルキウスの魔法に包まれたガーゴイルが抜け出そうと暴れているけれど、二人を取り巻く空気はちょっぴり甘い。
「ルキウス、強くなったね」
「分かる? セネカも強くなったね」
「うん。頑張って強くなった。でも、それじゃあ足りなかったの」
セネカは泣き出しそうな顔でルキウスを見つめた。
「⋯⋯もう大丈夫だから。セネカは僕が守るよ。みんなであの魔物を倒そう!」
「⋯⋯うん! ルキウスのことは私が守るね!」
セネカはいつのまにか笑顔を浮かべていた。
セネカは前衛の支援に入ったプラウティアと入れ替わり、一時的に後方に下がった。情報を伝えるためだとアッタロスは言っていたけれど、セネカが頭を冷やす時間を作る意図もあっただろう。
先ほどまで暴れていたガーゴイルは、今は冷静になり、膜の中から亜空間を発生させている。
マイオル達のところには双頭猫と黒羊の魔物が召喚され、青火や紫氷の攻撃も放たれている。しかし、それらの攻撃は飄々とした様子の少年によって次々に防がれている。
モフが作り出した真っ白な壁に当たって魔物はボヨンと跳ね返されたり、突然破裂した壁に丸め込まれて動けなくなったりしている。
そんな様子を横目で見ながらセネカはマイオルとガイアの元に走る。
「マイオル! ガイア! ルキウスが⋯⋯ルキウスが来てくれたの!」
セネカは楽しそうに言ったけれど、マイオルとガイアは顔をしかめた。
「⋯⋯セネカが生きていて本当に良かったわ」
「マイオルの言う通りだ。ガーゴイルがトドメを刺そうとするのを見て、本当に肝が冷えたぞ」
「⋯⋯ごめんなさい」
セネカはしゅんとした。
ガーゴイルを引きつけようと思ったらあのようにするしかなかったのだが、マイオルとガイアの心境も想像できた。
「後から話を聞かせてもらうわよ。けど、今はとにかく何とか生き残らないと。まだ戦いは終わっていないわ」
マイオルは鋭い声でそう言ったあと、『ふぅ』と息をついてから話を続けた。
「セネカ、一息ついたら全力で戦ってもらうわよ。今は彼のお陰で後衛も落ち着いているからね。⋯⋯反撃のチャンスよ!」
マイオルの隣に立っていたガイアも柔らかい笑みを浮かべていた。
「セネカ、今、私たちは冒険をしている。この旅の結末は分からないけれど、全力を尽くそうじゃないか。生き残るためにはその過程を充実させることも必要なんだからな」
セネカは真っ直ぐとガイアの瞳を見て、ゆっくりと頷いた。
ぽっかりと空いていた心の隙間が確かに埋まったようにセネカは感じた。
「セネカ、あたしは諦めていないわよ。あのガーゴイルを倒すことも、英雄になることも。あなたはあたしの隣に相応しい?」
マイオルは不敵な笑みを浮かべてそう言った。
マイオルもガイアもみんなギリギリの状態だ。死力を尽くして戦っているのに状況を打開できず苦しい思いをしているはずだった。
なのに自分を鼓舞するために必死に元気を装うのを見て、セネカは改めて覚悟を決めた。
「もちろんだよ! 私のスキルであいつを倒す!」
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