第116話:石像の魔物
マイオル達は決して油断していなかった。
周囲は十分に警戒していたし、遠距離からの攻撃にも気を配っていた。
だがその攻撃は突然やってきた。
これまでの人生で数多の奇襲を受けてきたアッタロスもこの時ばかりは完全に虚をつかれ、居着いてしまった。
だが、彼の横には歴戦の友が出した球体が浮いていた。
その球の特異な性質が彼の命運を分けた。
「魔引!」
レントゥルスは盾球に備わる魔力誘引性能を最大限まで引き上げた。
青い火が盾球に吸い込まれるように引き寄せられていく。そして「ゴウ」と音を立てながら盾球に当たり、火は消えていった。
一拍遅れてアッタロスは身を退き、剣を抜いた。
「レントゥルス、助かった」
「あぁ。喰らっていたら危なかった。盾球にはあまり魔力を込めてなかったが、それでも一撃で壊されそうじゃい」
「全く気配を感じなかった。マイオル、敵はどこだ?」
「一番近くにいる魔物でもかなり距離があります。そこから攻撃が飛んで来たのか、探知に引っかからないのか分かりません。とにかく次撃に備えてください。視野を共有します!」
この時、セネカ達は冷静ではなかった。
方法不明の攻撃に晒されて、共有された【探知】の視野の中で、自分達の近いところしか見ていなかった。
そんな中でガイアだけは冷静に状況を見ていた。
「マイオル! 『扉』があった方向に猛烈な勢いで進んでいく魔物がいるぞ!」
ガイアに言われて、一行は凄まじい速さで移動を進める魔物に目を向けた。
「ガーゴイルの亜種です!」
マイオルが叫んだ。
この時、アッタロスは嫌な予感がした。
その魔物が目的を持って真っ直ぐに進んでいるように見えたからだ。
「防御は俺に任せろ! [豪快]!」
レントゥルスはサブスキルを発動し、盾球を十個まで増やした。もしまた奇襲されても、これなら魔法の誘引が間に合うだろう。
「総員、走れ!」
アッタロスの声が響く。
プラウティアは走りながらポシェットに入っている何種類ものポーションの位置を確認した。これらはキト特製の濃縮ポーションなので、腰に持てる分だけでも様々な事態に対処できるはずだ。
「セネカ、俺の後ろに来い。レントゥルスと一緒に二列目に入るんだ! プラウティア、ガイア! マイオルを守ってくれ!」
全速力で走りながらアッタロスはそう言った。
誰もアッタロスには追いつけなかったけれど、すぐさまセネカとレントゥルスは横に並び、この後の戦闘に備えた。
前列の三人に離されながらも、マイオルは必死に走り、アッタロスに決定的な情報を伝えた。
「アッタロスさん! そのガーゴイルを全力で攻撃してください! 早く!!!!」
先行していたガーゴイルは『扉』があった領域に到着し、膨大な魔力を練って何かしようとしている。
アッタロスは教え子の指示を聞いて、迷うことなく従った。
「[瞬速]! [剣魔]!」
アッタロスは切り札を一つ切った。
[瞬速]により猛烈な速度になった身体からさらに速く魔法が放たれる。
その魔法は光り輝き、剣のような形をしていた。
まるで空気を切り裂くように剣魔は飛び、精神を集中しようとしていたガーゴイルを邪魔することに成功した。
「ギギィ!」
ガーゴイルは悔しそうな声を上げた。
もう少し時間があれば、目論見を完遂できたからだ。
しかし、最低限の目的は達成した。
全員が【探知】の視野を見ていた。
少し前まで巨大な『扉』があった場所に拳大の圧縮された魔力が浮かんでくる。
その魔力は意思を持ったかのように乱回転し、そして、小さな亜空間を発生させた。
「ギギキィィィィ!!!」
その石像の悪魔は嘲笑うような声をあげて、亜空間から流れてくる濃密な魔力をその身に浴びた。
◆
小さな亜空間が発生するのを目にした瞬間、アッタロスはガーゴイルに斬りかかった。
小さい亜空間だとは言ってもそばに居る魔物が力を得て守護者化する恐れがあるからだ。
ガーゴイルは背中に生えたコウモリのような羽を巧みに使い、アッタロスの攻撃をひらりと避けた。そして己の権能を発揮して亜空間を開き、彼方から青い火を召喚した。
アッタロスは危機を察知していたので、すぐに距離を取り、追いかけてきたセネカとレントゥルスの前に立った。
「キキィッ」
癇に障るような鳴き声をあげて、ガーゴイルは別の亜空間を開いた。
亜空間がアッタロスの半身ほどの大きさになったかと思うと、一匹の獣が飛び出し、亜空間はまた閉じてしまった。
「こいつ、亜空間を自由に開けるのか?」
飛び出してきた獣がアッタロスを襲う。
体躯は猫のようだが、頭は二つあり、醜悪な顔をしている。
「こんな魔物は知らねぇぞ!」
双頭の猫がアッタロスに噛みつこうとした時、ガーゴイルも動きを見せていた。その魔物は再度亜空間から青火を召喚しながらアッタロスに飛びかかった。
三方向からの攻撃を受けてしまっては流石のアッタロスもひとたまりもない。だから、セネカは全力で飛び出した。
火の方はレントゥルスがなんとかするのだろうとセネカは思っていたので、迷うことなくガーゴイルに向かっていった。
ガーゴイルは飛んでアッタロスに激突するつもりのようなのでセネカは置き物をすることにした。
二十本の[まち針]を宙に固定して、ガーゴイルの進路を変えさせた。そして、減速せざるを得なかったガーゴイルの首に向かって、渾身の太刀を喰らわせた。
ガギン!
しかし、硬い石でできたガーゴイルに傷を与えることができなかった。セネカの想像の何倍も硬かったのだ。
攻撃をした後、セネカはアッタロスの横に戻っていった。反対側には青火にしっかり対処したレントゥルスもいる。
「おい、アッタロス。なんだコイツは。こんな魔物は見たことねぇぞ」
「⋯⋯討伐班が強い魔物から倒しているのに数が減らねぇと思ってたんだよ。この辺りに出る種類の魔物だったから魔力溜まりで強化されてるんだと思い込んでいたが、お前のせいだったんだな」
「ギニュー」
ガーゴイルは楽し方な声を上げた。
「変な炎と仲間の召喚が能力か。こりゃあ骨が折れるな」
レントゥルスがそう言った時、マイオル達が追いついてきた。
「見ていたな? 後ろの三人はその猫の魔物を頼む。倒せずとも牽制してくれ。俺たちはガーゴイルを倒す」
「⋯⋯分かりました」
鋭い様子で返事をしたのはプラウティアだった。
「レントゥルスさん。あの魔物が亜空間を開く前、うっすらと魔力が先に移動します」
「分かった。その兆候を見失わなければ対処できるな」
「総員、作戦『赤』だ。頼んだぞ」
アッタロスはそう言って、奥に控えていたガイアを見た。作戦『赤』は全員で引きつけて、敵にガイアの全力の魔法をお見舞いする作戦だ。
セネカ達が作戦を立てている間、ガーゴイルはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらふわふわと浮いていた。小馬鹿にするような動きだ。
しかし、セネカ達がキッと睨みつけると、また「ギギィ」と鳴き、新たな亜空間を開いた。
「セネカ、猫を頼む!」
双頭猫の魔物がもう一匹飛び出してきたので、アッタロスはセネカに任せて、自分はガーゴイルと対峙することにした。
◆
ガイアは魔法を撃つ隙を伺っていた。
魔法の準備は整っており、いつでも発射することができる。
確かに敵は硬そうだったが、ガイアの魔法であれば傷つけられないということはないだろう。
最近までガイアは自信を失っていた。なぜなら、白龍と出会ってしまったからだ。
ガイアは【砲撃魔法】を一日一回しか使えなかった。
そのことに不満を抱き、憤り、葛藤を抱えていた。しかし、威力に疑問を抱いたことはなかった。
発動して倒せない魔物はいなかった。
自分より高威力の魔法を使う人間を見たことがなかった。
だから、いつの間にか自惚れていたのだろう。
発動さえさせてしまえばどんな魔物でも倒せるはずだと、無意識のうちに幻想を抱いてしまったのだろう。
だから、白龍を見た時、ガイアの自信は打ち砕かれた。
そういう存在を知らなかったわけではない。
例えば、ガイアが毎日魔法を打ち込んでいる的は、下級の龍の鱗に特殊な金属加工をした物だ。だから少し考えれば、自分の魔法が通じない魔物が存在すると想像することはできたはずだった。
しかし、ガイアはこの世界の頂点の力にあまりにも早く出会ってしまった。
客観的に自分の力を見る前に。
冷静に分析をする前に。
想像力を働かせる前に。
魔法が一回しか使えないという呪縛からやっと抜け出たところで、ガイアはまた自分に呪いをかけてしまいそうになった。
けれど、そんなガイアを立ち直らせたのはマイオルの姿だった。
龍にあった後のマイオルは打ちひしがれていて、目を背けてしまいたくなるほどだったけれど、そんな状態から這い上がり、すぐに前以上の勢いでひたむきに訓練を始めた。
その姿はガイアの胸を強く打った。
自分はショックを受けたままで良いのだろうか。
目を背けたままで良いのだろうか。
何度も眠りにくい夜を超えた後で、ガイアは心に決めた。
「威力が足りないのなら、強くなれば良い」
そうして、スキルを得てから初めて威力を高める訓練を開始した。おかげで少しずつではあるが、向上が見込めている。
「ガイア!」
アッタロスからの合図が来た。
ガイアは左腕を前に出した。
そして、魔力を変換して強大な魔法の『種』を形成する。
この『種』を全力で圧縮し、魔力がさらに変質するのを待つ。
仲間達は既に避難を始めている。
レントゥルスのスキルで敵の動きは止まっている。
敵がどれほど硬かろうと貫いて見せる。
ガイアはスキルに想いを乗せた。
魔力が臨界状態に達し、高エネルギー状態になったのが分かる。
あとはこの暴力的な魔力を高速で発射するだけだ。
「撃つぞ!!!!」
ガイアはその魔法をガーゴイルに向けて解き放った。
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