第117話:一世一代

 ガイアが魔法を準備している間、アッタロスはガーゴイルの攻撃を受け止めていた。

 ガイアの魔法が当たれば敵を倒せるという確信があるから、敵を引きつけるのに全力を出している。


 ガイアは一日に全力の魔法を三回使えるようになった。一回を撤退のために残しておくと考えると、敵に放てるのは二回だ。


 アッタロスの長年の勘が、この敵が騒乱の元凶だと言っている。出来ることならこの攻撃で終わりにしたい。


 このガーゴイルは近接戦闘も強いとアッタロスは感じていた。亜空間を開く能力は厄介だが、それと同じくらい素の戦闘力も高い。


 宙に浮きながら近接戦が強い魔物というのは多くない。だからどうしても戦闘のリズムは独特になるし、思わぬところから攻撃が飛んできたりする。


 セネカは慣れないのだろう。いつもの思い切りの良さが出せずに窮屈な戦いを強いられている。空気を【縫って】立体的な攻撃を行っているけれど、そのような技は敵の領分であった。


「準備ができたぞ!」


 レントゥルスが大きな声で言った。

 アッタロスとセネカは時間を稼ぐことに成功したのだ。


「行け! 盾球たてだま!」


 レントゥルスは八個の盾球をガーゴイルに飛ばした。


 レントゥルスの操る盾球は高速で回転しながら敵に迫る。ガーゴイルが避けるタイミングを見計らって、レントゥルスは盾球に強い引力を発生させた。


 『ドゥン』と鈍い音が立って、ガーゴイルの上半身に八個の盾球が引っ付いた。その鈍い衝撃にガーゴイルは一瞬狼狽える。


 レントゥルスはその隙を見逃さず次の手を放った。


「喰らえ! [重力]だ!!」


 ぎゅーん。と唸るような音と共に重力場が発生し、ガーゴイルに襲いかかった。そして、その魔物はなす術なく地に落とされ、大きな隙を見せることになったのだった。


「ガイア!」


 アッタロスがガイアに合図を送る。

 攻撃をするなら今しかないだろう。


 レントゥルスは十中八九、ガイアの魔法で終わると考えていた。しかし、『勝てる』と思ったのに逆に窮地に追い込まれたことなど数えたらキリがない。だから、決して油断することなく、何が起きても対処できるようにガーゴイルから目を離さなかった。


「撃つぞ!!!」


 ガイアの気高い叫び声が響き渡る。


 レントゥルスはガイアの魔法を初めて見る。

 魔法をしっかり目に焼き付けようと思った瞬間、ガーゴイルが『ニタァ』と悍ましい笑みを浮かべたことに気がついた。


「お前ら、気を引き締めろぉぉぉ!!!」


 レントゥルスがそう言ったのと同時にガイアは至高の【砲撃魔法】を放った。


 だが、その魔法は美しく輝きながらまっすぐ進み、ガーゴイルが突如出現させた亜空間に飲み込まれて次元の彼方に葬られてしまった。


「ガイアを守れ!!!」


 ガーゴイルはこれまでひとつずつしか亜空間を発生させていなかったが、突然四つの亜空間を同時に出現させた。一つは防御に、一つはアッタロスに、そして二つはガイアに向けられている。


 ガイアが狙われると気がついた時、レントゥルスは冷や汗をかいたけれど、不自然な魔力を検知したマイオルが既に対処を始めていた。


「プラウティア! 二つ来るわ!」


 マイオルは幅広のブロードソードに魔力を込めながら言った。プラウティアもダガーの鍔に仕込んだ植物から麻痺毒を抽出し、刃に滴らせた。


 マイオルがアッタロスに習った技法は一つや二つではない。だから、近くの亜空間から突然青火が出てきてもマイオルは落ち着いていた。


 スキルの視野には、はっきりと青火が写っている。一見、火は大きく見えるけれど、それは揺らめいているだけだ。芯の部分は小さくて、触れさえしなければマイオルにも対処できそうに見える。


 マイオルは魔力で剣をしっかりと覆ってから、青火に向かって思い切り振るった。すると異界の炎は弾き返され、すぐに勢いを無くして消えてしまった。


「舐めんじゃないわよ」


 青火に向かって吐き捨てるようにマイオルは言った。

 しかし、慣れない技法『魔防』を使った一か八かの防御だったため、内心では成功したことに驚いている。


 横にいたプラウティアはもうひとつの亜空間から出現した猫の魔物に毒剣で攻撃し、無力化したようだった。


 【砲撃魔法】が亜空間に吸い込まれてしまうという事態に見舞われたガイアは、直後は少し沈んだ様子だったが、すぐに気を取り直し、戦闘補助の体勢に入った。





 ガーゴイルの能力は亜空間を開くことだ。その亜空間からは火や魔物を出すことができるけれど、逆に攻撃を吸い込むことも可能であり、攻防どちらにも有用な破格の能力だ。


 そんな亜空間を今、ガーゴイルは五つ操っている。出せるのは青火だけではなかった。紫の氷や黒い岩など得体の知れない物がどんどん飛び出してくる。


 魔物も瞬時に出せるのは双頭猫だけのようだが、少し溜めができると体毛がデロデロの黒い羊や魔緑の小鳥が飛び出してくる。


 とても三人で捌けるような攻撃ではない。[視野共有]の情報を利用してレントゥルスがなんとか防御に成功しているが、何かの拍子に均衡が崩れてしまっても仕方がない。


 アッタロスはセネカと連携しながらガーゴイルを牽制し、増え続ける魔物の数を減らすことに注力している。


 形勢ははっきりとガーゴイルが良い。ガイア達が補助に入ることである程度は持ち直すだろうが、戦況を打開していかない限り勝利はない。


 セネカは冴え渡る剣技で次々に魔物を斬り伏せながらも、ガーゴイルに何度も邪魔をされ、十分に実力を発揮することができていなかった。


 空気を縫って移動し、めくるめく敵の攻撃の隙間を縫って反撃する。まち針で足場を作り、時に敵を固定する。ガーゴイルの影を縫い止めて斬りつけようとするが、亜空間から出る謎の魔法でやり返される。


 正直セネカには勝てるビジョンが浮かばなかった。このガーゴイルに亜空間の能力がなかったとしても、三人でやっと倒せるほどの強さなのかもしれなかった。


 何より身体が硬い。生半可な攻撃では通らないし、振るわれる拳の威力も非常に重い。真っ向から受けてしまったら簡単に骨が折れるだろう。


 セネカは焦っている訳ではなかった。だけど、劣勢に立たされている時、いつも感じるはずの『なんとかなる』という感覚が今はない。


 このまま戦いを続けたらただ順当に死んでいくだけだという諦念にも似た気持ち湧いてくるだけだ。だから、何処かで大きな勝負に出る必要がある。セネカはそんな風に思っていた。


 アッタロスもレントゥルスも当然同じことを考えていた。ガーゴイルが小さな『扉』から溢れてくる潤沢な魔力を使っているから長引けば部分が悪いことを二人は知っていたし、何より長年の勘が警鐘を鳴らし続けていた。


 前衛の三人が奮闘し、後衛の三人がなけなしの支援を挟むという戦闘が続いた後、六人の心には『敗北』や『死』といった考えがぎり始めた。だからそんな戦いの流れを強引に変えるために動き出した男がいた。


 それはレントゥルスだ。


 レントゥルスは同時に動き出そうとしたアッタロスを手で牽制し、自分は大きく足を踏み出した後で尊大に言った。


「おい、アッタロス。

 お前はちょっと引っ込んでろ。

 この盾を持ったその日から、パーティで一番先に死ぬのは俺だって決めてんだ。

 ⋯⋯何度も失敗して、生きながらえて来ちまったけどな。


 だけど今日こそ、その誓いを守るんだ。

 もうこれ以上、俺は仲間の死を見たくねぇ。

 だから奥の手を出す。

 お前ら見ておけ。

 俺の一世一代の大勝負をな!


 [豪快]!!!!!」

 

 レントゥルスがサブスキルを発動した瞬間、彼の身体が黄色く輝き始めた。

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