第108話:「そっくりじゃねぇか!」

 レントゥルスは戦いながら『月下の誓い』の動きを見ていた。レントゥルスのスキルは仲間が固まっていなくても防御できるのが利点だが、反面、個々人の動きを把握する必要がある。


 『月下の誓い』には手の内を見せてもらっている。

 ガイアの魔法だけは使う訳に行かないが、それ以外の部分に関しては粗方分かって来た。やはりなかなかの実力がありそうだという感触をレントゥルスは得た。


 森を進みながらレントゥルスはあることを思っていた。


『セネカはアンナにそっくりじゃねえか!』


 アッタロスからはセネカがいかに父親であるエウスに似ているのかを聞かされて来た。確かにその話も理解できる。


 だがレントゥルスには、セネカはむしろ母親のアンナにそっくりに見えた。


 もしかしたらレントゥルスの方がアンナと連携を取ることが多かったからそう思うのかもしれない。戦闘力に秀でてなかったネミを守るのはレントゥルスとアンナの役目だったので、レントゥルスはアンナの動きを見る機会が多かった。


 アンナは【氷魔法】というスキルを持っていた。【火魔法】や【水魔法】などの魔法スキルと比べると持つ者は少ないが、希少というわけではない。そんなスキルだ。


 アンナの魔法は、初級の頃は普通に見えた。役割をそつなくこなし、パーティを支える優秀な魔法師だった。


 だが、レベルが上がるにつれてアンナのスキルは異常に干渉力が高くなっていった。その結果、いつしかアンナは『凍るという現象を押し付けることができる』という訳のわからないことを言い出した。正直レントゥルスは未だに理解できていない。


 例えば水を凍らせる場合、普通は温度を下げることで凍る訳だが、アンナは水に『凍る』という現象を押しつけることで、結果として温度を下げさせることができるらしかった。


 ネミだけは何となく分かっているようだったが、エウスを含め他の者は誰も理解していなかった。


 それが出来て何になるんだとレントゥルスは思っていたけれど、アンナは突然敵の魔力に氷魔法を使って妨害したり、敵の行動を一瞬だけ止めたりするようになった。


 これは干渉力を最大限に利用して、魔力を膨大に消費することでできることだったらしい。


 効率を度外視したアンナのその技能にパーティは何度も命を救われた。ギリギリの命のやり取りをする中で敵の動きを一瞬でも止められる技の価値は計り知れない。


 レントゥルスはこれまでに様々な魔法使いを見て来たが、アンナのような魔法使いは存在しない。


 そんなことを思い出しながら、レントゥルスは改めて目の前の少女を見る。


『セネカのやってることはまるでアンナじゃないか!』


 アンナはあらゆる対象にスキルを使おうとした。エウスの影響かネミの影響か分からないが、生来の思い切りの良さを発揮して技を改良し続けた。


 その精神が間違いなくセネカにも宿っている。


 空気を縫う?

 影を縫う?

 回復できる?


 いや、回復できるのはスキルとは関係ないが、訳がわからない。

 レントゥルスは久しぶりに胸の奥から込み上げてくるような苦笑を顔に浮かべた。


 こんなに理解できないのは久しぶりだ。

 なのに、自分以外の奴は当然のような顔をしてセネカのことを見ている。


 みんな、麻痺してるんじゃねえか?

 こんな奴らをまとめるのが仕事なのか?


 レントゥルスの心の中に疑問が湧いてくる。

 だが、ついさっきまで苦笑だった顔はいつのまにか楽しみに満ちた顔に変わっている。


 レントゥルスは懐かしい気持ちになった。


 まるで『金枝きんし』にいた時のようだ。

 誰も彼も予想通りに動くことはなかった。

 防御に配慮して動いてくれる奴なんていなかった。

 だが、そんな五人の技が噛み合った時、『金枝』は真価を発揮した。


 レントゥルスは未だに信じている。

 あのまま成長していったら今頃は最高のパーティになっていた。

 けれど、その未来はもうやってこない。


「未来を託す⋯⋯か」


 レントゥルスは遠い目をした。





 潜伏場所に着いたのでセネカ達は心の準備を整えながら時を待っている。

 中心地から離れたので魔物はほとんどいない。そのため、休憩しているのと然程状況は変わらない。


「ペリパトス様からの合図ってどういうものなんですか?」


 プラウティアがアッタロスに聞いた。


「特に決まっている訳ではないが、多分大規模な攻撃だろうな」


「攻撃ですか?」


「あぁ。こういう場合、人によっては狼煙を上げることもあるが、ペリパトス様は奇襲を狙うだろう。反対にいつまで経っても合図が来ない場合には予想外のことが起きていると思って良い」


「合図は守護者がいる方から来るはずですよね?」


 今度は横にいたガイアが聞いた。


「あぁ、そうだ。お前らのおかげで守護者がいる範囲がかなり絞られたから合図も見やすそうだな」


「ペリパトス様はどれぐらいすごいのですか? 噂は耳にしたことがあるのですが⋯⋯」


「そうだな。剣でガイアの【砲撃魔法】以上の技を何度も出せると思ってくれ」


「はわわ。そんなにすごいんですか?」


 驚いているのはプラウティアだ。


「そうだ。ガイアは学校の高威力魔法練習室でよく練習しているだろ? ペリパトス様はかなり離れた位置からでもあの的を破壊できる」


「えっ? 何度魔法を撃っても壊れる気配のないあの的を破壊できるのですか?」


「白金級冒険者っていうのはそういう存在だ。中でもペリパトス様とゼノン師匠は群を抜いているけれどな」


 アッタロスがそう言って呆れたような顔を浮かべた時、離れたところにいたレントゥルスが声を出した。


「お前ら、あっちを見てみろ」


 レントゥルスが指す方向を見ると、黒く輝く粒が空から降って来ているのが見える。


 その光景は神秘的でもあり、不穏でもあったのでセネカ達四人は呼吸も忘れて見つめてしまった。

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