第109話:初撃
守護者を発見したペリパトスはニーナと共に離れた位置で待機していた。
「おい、ニーナ。奇襲で一番大事なことってなんだ?」
「うーん。バレないこと?」
「まぁ、そうだな。とにかく攻撃を喰らわせなきゃならねぇ。じゃあ、次に大事なのはなんだと思う?」
「うーん。うーん。出来るだけダメージを与えること?」
「その通りだ。お前、見かけによらず優秀だな。
⋯⋯ってことはよ。避けられねぇ攻撃を全開で出せば、それは自ずと奇襲になるってことなんだ」
「なるほど」
「分かったようだな。そろそろ時間だから俺はあのバカでかい悪魔を倒してくるわ。ニーナはそこで見てろ。それ以上近づくとおそらく巻き込まれると思う」
「分かった」
「ここから先は躊躇うな。自分を信じて思うままに行動しろ。それがお前の命運を分ける」
「ペリパトス様も頑張って」
「⋯⋯そこで見ていろ」
そう言ってペリパトスは禍々しい気配が漂う方へと消えていった。
◆
まだ距離は遠いが、ペリパトスには敵の魔物の姿が見えている。
守護者は半人半獣の魔物のようだ。下半身はずんぐりとしていて脚はカモシカのようだが、背中から羽根が生えて宙に浮いている。
顔はオーガやサイクロプスのように凶悪で、色味は全体的に青々としている。身体はペリパトスの三倍は大きいだろう。手には斧を持っており、
加えて守護者は例外なく防御力が高い。それはその魔物があるものを守るために存在しているからだ。
ペリパトスは守護者を「カモシカデーモン」と呼ぶことに決めながら、魔物の後ろを見た。
カモシカデーモンの背後には入り口が開いている。その先は赤黒く染まっており、亜空間が広がっていると知られている。
「だと思ったが、でけぇじゃねえか」
亜空間の入り口、『扉』はペリパトスがこれまでに見て来たものの中で最も大きいかもしれない。
「もう少し遅かったらマジで国が滅んでたかもな」
動物の気配が感じられない静かな森林でペリパトスは呟く。
ペリパトスは
身体は一瞬にして雲を突き抜け、ペリパトスの心に静寂をもたらす。
守護者に気づかれた可能性もあるが、歯牙にもかけられない程の気配だろうとペリパトスは分かっていた。
だが、これから起きることは無視できないだろう。
ペリパトスは魔力と闘気を身体の中で混ぜ合わせてから、身体をスキルに委ねた。そしてスキルの導くまま、それを『十字剣』の形に圧縮した。
ペリパトスは身体の魔力と闘気を使ったはずなのにそれらが減ったという感覚はない。まるでスキルから何かが供給されているように感じる。
「今日は黒で良いか」
この技はなぜか色を変えられる。
圧縮し続けると魔力と闘気で出来た十字剣は突然震えて、ペリパトスの身体の中で猛烈に増殖し始めた。
最初に作った十字剣から小さな十字剣が分裂する。
ペリパトスはその増殖を抑えるように圧縮を続けるが、全てを身体の中に押し留めることはできない。
漏れ出した極小の十字剣がペリパトスを中心に空に広がった。
ペリパトスは圧縮をさらに強める。身体の中の大きな十字剣が黒く輝き出す。
それに呼応するように空に広がった小さい十字剣も黒く光り始める。
ペリパトスは空が好きだ。
こんなにも揺るぎないものはないように思える。
世界の空は繋がっていて、いつもペリパトスに強さをくれる。
どれだけ強くなってもペリパトスが空ほど強大で安定した力を持つことはないだろう。
けれど、そんなペリパトスでも空を一時的に染めることならできる。
「[天空十字剣]」
ペリパトスは際限なく増殖していた十字剣を体外に解き放った。
キキキキーン!!!
一つのバカでかい十字剣と無数の小ぶりな十字剣が特徴的な音を発して、守護者に降り注ぐ。
守護者は避けようとする素振りを見せたけれど、広範囲に渡る攻撃を回避するのは無理だと判断し、全力で防御の姿勢を取った。
「ぎゅおおおおおお!!!」
雄叫びを上げながら全開の魔力で脅威に対抗する。
砂粒のような大きさの十字剣でも守護者を傷つけるのに十分な性能を持っているが、小さいものまで気にしたら生き残ることはできない。
守護者は一瞬のうちに降り注ぐものを選別して、最も大きな三つのみに己の力を集中することにした。
本能に刻まれた「守護する」という衝動に任せて、脅威に対抗する魔物の姿はペリパトスを高揚させた。
「やっぱつえーな。カモシカデーモン」
戦いはまだ始まったばかりだ。
◆
ファビウスは都市で一番高い塔の上で大森林の様子を伺っていた。隣にはゼノンがいる。
「ファビウス、ペリパトスが動いた」
ゼノンがそう言うと遠くの空が黒く輝き出した。
そして、突然空に巨大な十字が浮かび、地上に落ちていった。
「私も魔法を発動する」
落ち着いた声がファビウスに届いた瞬間、都市トリアス全域を覆う半球状の透明な壁が出現した。
「ファビウス、伝令を頼む。想定通りだと伝えてくれ」
「はい!」
ファビウスはそのまま、塔から飛び降りた。塔の周りにはゼノンが出した魔力の段差があるので安全だ。
誰もいなくなった塔の上でゼノンは若き冒険者を見ながら呟いた。
「お前の活躍をここから見ているぞ、ファビウス」
◆
それからしばらくして、最も動きの速い魔物達が都市トリアスに向かって来た。
街の周囲には突貫で作った防壁があったけれども、ゼノンの結界は防壁すら守るように全てを包んでいる。
「魔物が来ます」
また塔の上に戻ったファビウスはゼノンにそう言った。
「焦る時ではない。出来るだけ引きつけよう」
ゼノンは今が平時であるかのように落ち着いた態度を変えていない。
ファビウスは想像と違うと思っていた。
スタンピードが起きれば、都市の周りを冒険者が囲って必死に戦い、防衛し続けるのだと思っていた。だが、いま都市防衛のために外に出ている冒険者は一人もいない。
全ての冒険者は都市の中で緊張感を保ちながら武具の準備をしている。
一人の白金級冒険者がいるだけでこんなに変わるのだろうかとファビウスは思う。雲の上の存在だとは思っていたけれど、そこまで違うものだろうか。
ファビウスがそんなことを考えているうちに魔物が結界に到達した。
魔物達は結界の壁に体当たりをしたり、爪で攻撃をしたりしているが、結界には全く響いていない。
「都市の者のためにもそろそろ初撃を加えよう。ファビウス、よく見ているんだ」
ゼノンは右手を前に出し、魔力を結界に伝えた。
すると結界は光を放ち、魔物が多い方向に向かって衝撃波を発した。
しゅん。
衝撃波に飲まれた魔物達は呆気なくかき消された。
◆
それからは魔物の到来を待ち、ある程度溜まったらゼノンが魔法で一掃するということが繰り返された。
もうゼノンが一人でスタンピードを終わらせてしまうのではないかとファビウスが思い始めた時、ゼノンが口を開いた。
「ファビウス、そろそろ開戦の時間だ。このペースだと私も参ってしまうからな。冒険者たちに準備を整えるように伝えてくれ」
定期的に結界を解き、ゼノンが休憩することになっている。
ファビウスは本当に休息が必要なのかと思う気持ちを押し殺して、伝令に行こうとした。すると、ゼノンが口を開いた。
「魔物が想像よりも多いな」
やっぱり休憩は必要だと思い直して、ファビウスは塔を降りていった。
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