第110話:『扉』

 ペリパトスの合図を見た後もセネカ達は待機していた。


 ペリパトスの攻撃は凄まじく、森にいた魔物達が一斉に動き出すのをセネカ達は感じていた。

 スタンピードが始まったのだ。


 マイオルはいま【探知】を使うのを止められている。探知したことを魔物達に気取られるのを防ぐためだ。


 アッタロスの話によれば、今回のようなタイプのスタンピードの場合、守護者の他にも強力な魔物が何体かいるものらしい。


 ゼノンに送られたメンバーの中で金級レベルの冒険者達は守護者以外の強力な魔物を倒していくことが主要な任務らしい。


 中には【探知】を使える冒険者もいるのでマイオルが干渉しないようにしている。


 以前グラディウスに言われたことだが、マイオルの【探知】には聖の属性が多く含まれているらしい。魔力溜まりが原因で発生する魔物達は聖の気配に嫌悪感を示すため、マイオルのスキルの気配はバレやすいようだ。


 その辺りの調整が出来るようにマイオルは訓練しているが、まだ上手くいっていない。





 少しの待機の後、みんなを集めてからアッタロスが言った。


「流石にそろそろ良いだろう。マイオル、【探知】を頼む」


「分かりました。スキル使います」


 マイオルは魔力を多めに込めてスキルを発動した。するとおびただしい数の魔物が都市に向かって移動しているのが分かる。


「数え切れないほど多くの魔物がいます。ギルドの試算よりもかなり多いような⋯⋯」


「やはりそうか。⋯⋯ペリパトス様の戦いはどうだ」


 探知した時から一際大きな力が二つぶつかっている。マイオルはそこに意識を集中してみた。

 守護者とペリパトスの力は強大だ。白龍を見たことがなかったら身震いしてしまうほどの強さだったとマイオルは思った。


「ペリパトス様が押しているように見えます。ですが、守護者の方もまだまだ余力がありますね」


「そうか。ペリパトス様の[天空十字剣]でも勝勢になっていないということはかなり強いな。相応に事態を重く受け止める必要がある」


「それと⋯⋯守護者の近くに嫌な感じのする丸いものが浮かんでいます」


 マイオルは探知をした時からその存在に気がついていた。なんだか禍々しくてむずむずする感じがある。


「なんだって? すまないが視野を共有してくれるか?」


 マイオルはサブスキルを発動してアッタロスに見せた。


「⋯⋯これは亜空間に繋がる『扉』というものだ。魔力濃度が異常に高い地帯だから普通は輪郭がはっきりしないはずだが、しっかり探知できている。もしかして亜空間を探知できるようになったのか?」


「初めて気がついたので分かりません。ただ、レベルが上がったのに聞いていたよりも探知対象が増えないなぁとは思っていました」


 レベル3になると【探知】の対象が急激に増えると言われていたけれど、そこまでではないようにマイオルは感じていた。


「それよりも、扉ってなんですか?」


「『扉』とは亜空間に繋がる入り口のことだ。ゼノン師匠はスタンピードの護り手のことを守護者と呼ぶと言っていたけれど、それは方便だ。本来は『扉』を守る強大な魔物のことを『守護者』と呼んでいる」


「⋯⋯そうだったんですか」


「秘匿度の高い機密情報だからな。通常はそのように説明することになっている」


「聞いてよかったんですか?」


「この任務を任された時点で何処かで言わなければならないと思っていたが、色々と規定があってな。マイオルが気づいてくれて正直助かった。あとは事態が収束したらゼノン師匠が上手くやってくれるさ」


 話が落ち着くのを待ってからガイアが口を開いた。


「その『扉』がスタンピードの発生に関わっているのですか?」


「そうだ。濃度の高い魔力溜まりができると亜空間が発生することがあると言われている。亜空間があるとさらに魔力濃度が高まって、現地の魔物が変化することもあれば、魔物が亜空間を通じて現れる可能性もあるんだ」


「突然強い魔物が出現して現地の魔物が逃げた結果、魔物の大移動が起きる訳ですね」


「基本的にはそうだな。だが、それだけでは説明できないくらいに魔物が増えることもある。伝えたい情報は他にもあるのだが、今回の任務に関わるのはこれくらいだな。話すことができないんだ」


 その話を横で聞いていたマイオルは思うことがあったけれど、アッタロスにそう言われてしまったので口をつぐんだ。


「今回の任務をあらためて説明する。魔力溜まりが由来のスタンピードは、通常守護者を倒し、扉を塞ぐことで終息する。だが、規模が大きくなってくるとその対処だけでは十分でない場合があるんだ」


 アッタロスは全員と目を合わせながら穏やかな口調で続ける。


「例えば守護者に準ずる強さの魔物が違う魔力溜まりに居座り、時間が経ってから再度扉が開くということが知られているな。他には、以前のスタンピードだと強力な魔物がコロニーのようなものを形成して、子供を産みまくっていた」


 マイオルがふとレントゥルスを見ると、なんとも言えない難しい顔をしていた。

 アッタロスは続ける。


「俺たちの任務は、扉が閉じられた後、スタンピードが終わりに向かっていることを確認することだ。もしそうでない場合や終わらない可能性を見出した場合、全力でその芽を潰しに行く。そのためにはみんなの力が必要だと俺は思っている」


 セネカをはじめ、全員が頷いた。





 それからマイオルは潜伏を続けながら【探知】で状況を確認し続けた。


 この作戦は早朝に開始したが、今では日が暮れてきている。その間、ペリパトスは激しい攻撃をし続けているし、離れた位置にいるニーナも時折行動食を口にすることはあれど、元の位置から動いていないようだった。


 魔物達が一匹、二匹と討伐されていく。優秀な斥候が何人もいるようなので、適切に戦力が配分されているのだろう。


 マイオルの見立てでは、非常に強力な魔物が九体いる。そのうち三体は、守護者ほどではないが、格別の存在感を持っていて複数の金級冒険者パーティで対処に当たっているようだ。


 マイオル達が来た時には数十人だったはずだが、いつのまにか増援が来ていて今では百人近い冒険者が戦っているように見える。


 みんなが必死に戦っている中、自分たちは待機で良いのかとマイオルは疑問を持ってしまう。だがアッタロスの話によれば、他の者達が帰還しても自分たちは調査を続けることになるそうだ。


 それなら仕方ないかとマイオルは息を吐いた。


 命を賭ける覚悟はできているが、本当に命を賭けたことはほとんどない。その時は突然やってくるかもしれないのだから、今のうちに気持ちを整えておこうとマイオルは改めて背筋を正した。





 辺りが暗くなってきた頃、マイオル達の元に向かってくる魔物が出現した。


「アッタロスさん! 金級パーティ相当の力を持つ魔物がこちらに向かってきます!」


「分かった! 他のパーティは会敵中か?」


「強いパーティは全て戦っています!」


 アッタロスとレントゥルスに各パーティの特徴を教えてもらったので、判断がスムーズだ。


「敵はなんだ?」


「敵はデビルウルフの亜種に見えます! ひと目、攻撃特化です」


 マイオルは即座にアッタロスとレントゥルスに[視野共有]をした。


「総員、戦闘準備だ。第一目標は足止め。脅威を感じたら離脱するが、隙があれば討伐を試みる。手が空いている者は辺りを照らしてくれ。小物が寄ってくる分には構わない」


 アッタロスの号令に従い、休息を取っていたセネカ達は急いで戦いの準備を整えた。


「まずは俺とレントゥルスで敵に当たる。『月下の誓い』は援護を頼む。ガイアの魔法は指示があるまで使わないでくれ」


「分かりました」


 敵の気配を感じてセネカは刀を握りしめた。

 セネカは今日、ルキウスの父ユニウスの刀を持っている。新しく買った刀も良いのだが、一番手に馴染むのはこの刀だ。


「そろそろ投石と弓の間合いに入ります」


「よし。よく狙って撃ってくれ」


 マイオルは[軌跡]を発動し、ガイアに[視野共有]した。そしてすぐさま『射』で強化した矢を放った。

 矢は敵に当たったけれど深く刺さることはなく落ちてしまった。


 隣ではガイアがスリングショットを撃った。

 魔物は走りながらスッと動き、弾丸を躱した。

 念のため避けたのだろうが、当たっても大きなダメージは与えられなかっただろう。


「嫌な予感がするなぁ」


「そうだな」


 アッタロスとレントゥルスがそう口に出した。


「プラウティア、思い過ごしかもしれないが解毒剤の準備を頼む。ああいう筋力特化の亜種が毒を持っていることが意外によくあるんだ。セネカにも縫合を頼む可能性がある」


 二人は頷いた。

 今度はレントゥルスが口を開く。


「マイオルとガイアは援護射撃を頼む。敵の動きを制限することが目的だから思い切ってやってくれ。こっちに当たりそうになっても俺がなんとかするから気にしないでくれ」


 レントゥルスが前に出る。


「[盾球たてだま]」


 レントゥルスの周囲に四つの盾球が出現した。そのうちの一つを巧みに操り、レントゥルスはデビルウルフにぶつけようとした。

 しかし、デビルウルフは盾球を華麗に避け、代わりに爪で盾球を攻撃した。


 ガン!


 大きな音が出たが、盾球は微動だにしなかった。


「毒持ちだな。強力な毒ではないが、傷が深いと命の危険がある。攻撃力は見ての通りなかなかに強い」


「よし。プラウティア、セネカ、もしもの時は頼む」


 アッタロスはそう言ってデビルウルフの方へ向かって行った。


「俺の盾球は発動の時に魔力を費やすことで『分析』という効果をつけられるんだ。この能力によって毒の有無や属性、攻撃力などがあらかた分かる」


 言うなりレントゥルスもアッタロスの後を追って行った。

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