第164話:容赦がない

 数時間前、レントゥルスがペリパトスに弟子入りしようと全く同じ行動をとっていたことを聞かされたアッタロスは心に傷を負っていた。

 ペリパトスにひとしきり笑われ、ゼノンが止めてくれたおかげでやっと場が落ち着いてきたのだ。


「アッタロス、体勢はそのままで良いから話を聞け」


 未だに頭を床につけたままのアッタロスは、ペリパトスが真面目な様子で話し始めたので聞くことにした。


「神殿や城に予言や予測系のスキルを持つ奴がいるのはお前も知っているだろ? 最近そういう奴等が口を揃えて『違和感がある』と言うんだ。能力的にレベルが上がりにくいから判然としないんだが、どうやら出てくる結果が前にも増して抽象的なものばかりになっているらしいんだ」


 想像していたよりも重要なことをペリパトスが話しているのだとアッタロスには分かった。普段粗野な分、そうではない時の違いが分かりやすいのだ。ゼノンは口から出てくる言葉が全て重要なことのように聞こえてくる。


「他にも古代の魔力を研究している奴が最近の空気中の魔力のパターンが変わってきているだとか、虫の魔物の大量発生の時期がずれているだとか、そういう話が絶えないんだ。俺にしてみれば、どれもどうでも良い話だと思ってるんだが、一気にそういうのが出始めたと考えると気味が悪い。そういう感覚は分かるだろ?」


 アッタロスは「分かります」と言った。個別で見れば、よく分からないことを言い始める人といるのは常に一定するいるものだが、関連のなさそうな分野で同時期に出てくるとちょっと違和感がある。しかも、つい昨年スタンピードという大きな事件が発生したとなれば余計に気になってしまうだろう。


「虫の魔物の方はゼノンが調べたんだが、やっぱり発生の時期がおかしいのは間違いないらしい。それに最近明らかになったんだが、魔力溜まりの発生報告も増えているんだよ。『月下の誓い』の分析結果から、一つの魔力溜まりの形状を元に他の魔力溜まりの場所を大まかに予測する方法が考え出されたのは知っているだろ? 最初はそれのせいだと思っていたが、そのことを差し引いてもかなり数が多いらしい」


 アッタロスは段々状況が飲み込めてきた。昨年大規模なスタンピードが発生し、いまでは魔力溜まりの発生が増えている。おまけに関連のなさそうな分野から小さくはあるものの異常を示すような情報が上がってきているという。国の上層部で気になる者が出てきてもおかしくない。


「私とペリパトスに調査の依頼が出されたのだ。今は情報を精査しているところだが、分析が進んだら世界中を回って異変がないか調べることになる。その旅についてくる気はあるか?」


「弟子に取る取らないは知らねぇが、長期の依頼になる。お前らでも足手まといになるような場所に行く可能性もあるし、そうじゃなくても日頃の鍛錬は一緒にすることになるだろうな」


 ゼノンとペリパトスの話を聞いてすぐにアッタロスは「行きます」と答えた。

 ペリパトスの話す通り、確かにそれなら弟子入りしなくても己を鍛えられる気がする。だが勿論ゼノンに認められた方が良いので、まだ頭を上げる気はない。


「冒険者学校のことがあるだろうし、担当の子供達が卒業してから出発することになるだろう。パーティは私とペリパトスとレントゥルスが決まっている」


「大物狩りでもするようなパーティですね。それほど危険なところに行くつもりなんですか?」


「その可能性もあるが、出来るだけ対応力のある者を集めた方が効率が良いと思ったのだ。この追悼祭の間に話をしようと思っていたが、こう言う形でお前の方から話が出てくるとは思っていなかった」


 勇足だったのかもしれないとアッタロスは感じた。もう少し大人しくしていれば恥ずかしい思いをしなくてもよかったし、落ち着いていられただろう。だが、こうして自分で踏み出してみてよかったとも感じている。


「こんな風に言っているが、ゼノンなりにお前らのことを気にしているんだよ」


「私は効率を求めただけだ」


 二人がいつもの問答を始めたので、アッタロスは少し肩の力を抜いた。

 未だに手と頭は床についたままだが、大きく息を吸って吐く。


「一応ピュロンにも打診をしてみようと考えていたのだが、まだ来ていないようだな」


 ゼノンは情報交換のためにピュロンとペリパトスには早くトリアスに来るように連絡していたようだ。

 ピュロンは確かに適当なところがあるけれど、大事そうな用事に関しては予定をしっかり守るタイプだ。


「直前だったのでピュロンは情報を見ていないのかもしれないな」


「またどこかをほっつき歩いている可能性がありますね。ですが、追悼祭に来なければならないことは流石に分かっているはずなので、すぐに到着するでしょう」


「だと良いのだがな」


 アッタロスは頭を下げたまま、これからどうやってゼノンに弟子入りを認めてもらおうかと考え続けていた。





 高速で移動を続ける円盤の中には意気消沈したピューロがいた。

 あれからセネカとルキウスは起きたピューロに力説し、近くの街に立ち寄ってもらって地図を確認した。

 その結果、進行方向には全く問題がなくて、「だから言ったでしょ!」と語気を荒くしたピューロに謝ったのだが、違うところに誤算があった。ピューロは日付を間違えていたのだ。


「世界中のいろんな場所に行ってたから日付感覚がおかしくなっちゃったんだよ」


 ピューロは何度もそう言っていた。

 どうやらピューロはガイアに魔法を教えてもらう時、それが役に立つようだったらパーティの力になるという約束をしたらしい。

 そして予想以上に身になったため、約束通り『月下の誓い』のためにセネカとルキウスを探す旅に出てくれたのだ。

 世界中から二人を探すのは雲を掴むような話にも思えるが、魔界から出てきやすい場所というのが世界にはあるらしく、その周囲では帰還者の話が出回るため、失踪者の情報を伝えておけば向こうから連絡が来ることもあるのだという。


 今回たまたまピューロが月詠の国を訪れている時に会うことができたのだが、会えなかった場合でもしばらくは年に何回か情報収集の旅に出るつもりでいてくれたらしい。セネカは流石ガイアだと嬉しい気持ちになった。

 ピューロは元々世界中を放浪しているらしいので大したことはないと言っていたけれど、そんなことはないはずだとセネカもルキウスも分かっていた。


 そんなピューロだが、どんなに頑張っても追悼祭の初日には間に合わず、最終日に着くかどうかという状況だと知ってからは「ゲンコツやだ」とか「怒られる」と繰り返すのみで、あとはひたすら円盤を走らせている。休憩時間も当然極端に少なくなくなった。

 セネカとルキウスはそんな様子を見て、最初はどうしたら良いのか分からなかったけれど、いまではなんとか励ますことができるようになってきた。


「ピューロ、ありがとうね。ピューロがいなかったら私たちまだあの山にいたかもしれないよ」

「そうかなぁ……」

「ピューロの話だと僕達ってかなり活躍したとみなされているんだよね? だったら僕達を連れて行くのは結構な手柄だと思うんだ」

「そうかなぁ?」

「ゼノン様も許してくれるんじゃない?」

「そう……だよね?」

「うん。今の見立てだと最終日には着けそうだし、きっと大丈夫だよ」

「そうだよね! 怒られないよね!」


 こんなやりとりをしているが、実際には天候などによって到着時間が左右されるので追悼祭に間に合わない可能性もある。しかし、一度立ち直ればピューロはしばらく前向きなので、二人とも頑張っていた。


「ゼノン様ってそんなに怖いの? そんな風には見えなかったけれど……」


 セネカがそう聞くとピューロはちょっとだけ顔を青ざめさせた。


「僕には容赦がないんだよね。あと普通に怖くない? 結構厳格だし……」


 ゼノンはかなりきっちりした性格に見えたので、おおらかなピューロとは合わないかもしれないとセネカは思っていた。ゼノンのことを話すと、ルキウスも同じように感じたらしい。


「昔、ゼノン様の杖を勝手に使ったら壊しちゃったんだけど、その後から怖くなったんだよなぁ……」


 絶対にそれのせいで間違いがないと二人は思ったけれど、ピューロのやる気を削がないようにするため、口に出すのはなんとか我慢した。

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