第172話:幼馴染の三人で

 マイオル達の下敷きになったセネカは、それからしばらく心地よい圧力を感じた。気が済んでから起き上がると目の前にはアッタロスが立っていた。


「セネカ……無事だったか」


 久しぶりに会うアッタロスはちょっと痩せていたけれど、代わりに筋肉が前よりも引き締まっているように見えた。

 両手を軽く広げながらもためらいを見せるアッタロスにセネカはすぐに抱きついた。


「帰ってきた」


 しがみついてみると、セネカはすごく懐かしい気持ちになった。アッタロスに抱きついたことなどなかったはずだけれど、そうするのがとても自然なように感じる。


「色々言いたいことはあるが、とにかく帰ってきてくれて良かった。おかえり、セネカ」


 不器用な様子で頭を撫でられて、セネカはアッタロスに両親の面影を感じているのだと気がついた。

 エウスはこんなに撫でるのが下手ではないけれど、なんだか微笑ましく思ってしまうのは似た空気感があるからなのだろう。


 もうエウスもアンナもいないけれど、両親の生きた痕跡はまだ遺っている。それを感じることができるのは、やはり自分たちの場所に帰ってきたからなのだろうと思わずには居られなかった。


「みんなお前の帰りを待っていたんだぞ」


 アッタロスに促されて周りを見ると、ニーナやファビウス、プルケル、ストロー、それにメネニアがいてセネカとアッタロスを囲っていた。


「セネカ!」


 ニーナが抱きついてくるので受け止める。そして二人で両手を繋ぎながら狂ったようにぐるぐる回った。


「めけめけー」

「めけめけー」


 セネカにだって意味は分からないんだけれど、何故だかこうするのが自然な気がして二人して回りながら笑った。


 気がつけばニーナの頬は濡れていて、その様子を見るファビウスやプルケルも目を潤ませていることに気がつく。


「みんな、心配かけてごめんね」


 セネカがそう言うとみんな一応に首を振った。そしてそれぞれが何か言おうとしているのだが、うまく言葉にならずにあたふたしている。


 みんなが落ち着くのをゆっくり待っているとプルケルが一歩前に出てきた。


「冒険者は続けるんだろう?」

「当然」

「じゃあ、何も心配いらないな。今度いなかった間のことをゆっくり聞かせておくれよ」


 セネカが頷くとプルケルは胸元から金ピカの羅針盤を取り出して、セネカに見せた。


「ストロー、ファビウス、ニーナ、メネニア、そして僕……これが僕たちのパーティ『羅針盤』のメンバーだ。いずれ君たちに追いつくからね」


 気がつくと全員が羅針盤を出していて、セネカに見せつけてきた。ニーナはノリノリだが、ファビウスとメネニアには照れが見えていて、久しぶりだったけれど変わらない様子のみんなを見て、セネカは笑顔になった。


「私たちもなんか持ちたいなぁ……」


 そばで様子を見守っていたマイオルに聞こえるように言ってみた。だけど、マイオルは違う方法を向いていて反応がない。


「どうかした?」


 目線の方向を辿るとそこにはルキウスの前で顔を手で覆って泣く女性がいた。その女性の背中をゆっくりさすっている男性もいる。


「ルシアさん! アンダさん!」


 それはコルドバ村の元村長夫妻だった。どうやら二人も追悼祭に参加していたらしい。そして約六年ぶりにルキウスに会ったのだ。


 セネカの声に反応してアンダが顔を上げた。嬉しそうな顔だが目には涙が浮かんでいる。セネカはルキウスの元に走って手を繋ぎ、セネカがやってきたことにまだ気がついていないルシアに声をかける。


「ルシアさん、ただいま! ルキウスと二人で帰ってきたよ! ほら、ルシアさんのおかげで二人ともこんなに元気なの!」


 ルシアはやっと顔を上げて、セネカとルキウスの顔を交互に見た。そしておそるおそる手を伸ばし、セネカに触れた。


「幻じゃないのよね……?」

「本物のセネカだよ、ルシアさん」


 横にいるルキウスを見ると苦笑いを浮かべている。おそらくさっきからこんな感じだったのだろう。


「ルシアさん、僕は化けて出てきた訳じゃないからね」


 空気を軽くしようとルキウスはお茶目に言ったけれど、ルシアには通用しなかった。ルシアは「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返しながら、ただ涙を流し続けていた。




 やっとルシアが泣き止んだと思ったら今度はアンダが泣き始めてしまったけれど、二人はなんとか落ち着き、セネカはルキウスとまたルシタニアに遊びに行くことを約束した。


 段々と周囲に人が集まってきて混乱状態になりそうになったけれど、アッタロスが警備隊に説明してくれたし、ゼノンとペリパトスが駆け付けてくれたおかげで、酷いことにはならなかった。


 全員が「白金級冒険者のピュロンが騒動を起こした」と言っていたのが気になったけれど、セネカが話す時間を作るために気を使ってくれているのだと分かっていたので詮索することはなかった。


 そして何となくみんなが落ち着いて、セネカ達から目を離したとき、ずっとこちらの様子を伺っていた少女の方をセネカは見た。ルキウスもその視線には気が付いていたので、こちらに目配せしてひっそりと動き出した。


 もしかしたらマイオル達にはバレているかもしれないけれど、抜け出しても何とかしてくれるだろう。だって、セネカとルキウスのことを一番よく知っているのはその少女なのだから。


 人をかいくぐりながらするする進み、街の広場を出た後で少女はやっと声を出した。


「おかえり、セネちゃん。おかえり、ルキウス。いやぁ、出遅れちゃったよねぇ」


 ずっと二人の様子を伺っていたのはキトだった。キトはちょっと悔しそうな顔をしていだけれど、お構いなしにセネカは抱きつくことにした。


「キト!!! 会いたかったよぅ……」


 セネカはキトの胸に顔をぐしぐしと押し付けながら涙を流した。するとすぐにその上からルキウスが二人を軽く抱きしめてくれた。


「やっと三人揃ったね……」

「ルキウス……私、ずっとどうしたら良いか分からなかったよ」


 キトが泣き始めて、それを慰めているうちにどうやらルキウスも涙を流し始めたようだった。セネカは二人が泣く姿をほとんど見たことがなかったのでとても驚いた。


 思えばセネカはいつも二人に頼りっぱなしで、泣きつくといえば自分の方だったけれど、二人にだって泣きたいときがあるのだと知った。


「二人ともいつも私に心配ばっかりかけて! でも、元気に帰ってきてくれて良かったよ」

「僕だって二人のことを心配していなかった訳じゃないよ。キトもいつのまにか王都にいるしさ」

「私だって二人に負けないように頑張ったもん……」


 抱きついたままで、しばらく話をしてきたけれど、ちょっと恥ずかしくなってきたのかルキウスがゆっくりと離れて、それからセネカも何となくキトを解放した。


 改めてセネカは二人の顔を見つめる。コルドバ村で、ただのお転婆と剣好きと本狂いだった子供達が成長してここにいる。そんな風に考えると何だかおかしくて、セネカは「ふふふ」と笑った。


「ねぇ、もしかして二人ともレベル4に上がったの?」

「……よく分かったね」


 キトの質問にルキウスが答えた。キトは「何となくね」と言ったけれど、それはただの勘ではなくてキトなりの理由があるのだとセネカは分かっていた。


「そう言うキトは【調合】のレベル3になったんじゃない?」

「……よく分かったね」

「えっ、そうなの? キト、おめでとう!!」


 今度はルキウスがキトのことを言い当てた。キトはさっきのルキウスと同じ反応を見せていて、茶目っ気があった。


「僕の記憶によれば、ケメネス帝国で二十歳までにレベル3になった薬師はいないはずなんだけれど、ロマヌスではどうなの?」

「一人だけいるかな。でも十五歳でなった人はいないと思うよ。だけどその話をするなら、この歳でレベル4になってる二人の方が特殊でしょ? 完全に歴代最速なんだから」


 キトの話を聞いてルキウスはちょっと渋い顔をした。セネカのレベルアップの速さにかすんで曖昧になっているが、ルキウスの上昇速度も尋常ではなかった。特にレベル3から4に上がるまでが早すぎる。


「多分だけど、僕は魔界を踏破したのが大きいんだと思う。そうじゃないと説明がつかないことが多すぎるからね。だからやっぱり魔界に行かずしてレベル4になったセネカが一番すごいよ」


 ルキウスはセネカの頭を撫でた。それを見たキトもセネカの顎の辺りを撫でてくれたのでセネカは嬉しくなった。レベルが高いことよりもこの二人に褒められることの方がセネカは何倍も嬉しかった。


「さてと、そろそろマイオル達も話したいだろうし、今日はこの辺にしましょうか。とにかく二人とも無事で良かったし、ルキウスにもやっと会えて嬉しかったわ」


 キトはクールな口調だったけれど、身体を小刻みに揺らしていて、とてもご機嫌なのがよく分かった。


「ねぇ、ルキウス? あなたは『月下の誓い』に入れるようにマイオル達に相談するつもりなんでしょ?」


 マイオル達のところに戻ろうと歩き出した時にキトがそう言った。ルキウスはその言葉にただ頷いた。


「私も入ろうかなって思っているの。私は戦えないけれど、【調合】した薬を優先的にまわして、みんなが安全に帰って来れるような手伝いをしたいって思ったんだ」


 振り返ってキトの顔を見ると、彼女の瞳は煌めいていた。そこには何が何でもやってやるという彼女の意志が宿っているように見えた。


「もしそうなったら私の薬を使ってくれる?」


 セネカはそんな風に真剣なキトの存在が頼もしくて、そして嬉しくて、飛び上がりながら言った。


「もちろん! 頼りにしているよ!」

「僕も、もし入れてもらえるんならね!」




 後に伝説と評されるパーティ『月下の誓い』には、二人の剣士と一人の薬師がいたことが知られている。


 『縫剣』と呼ばれた剣士セネカは、針のような形状の剣を持ち、空を飛んだり、瞬間移動したり、時には魔法を使ったりしたと言われているが、あまりに荒唐無稽な記述が多いため、「まるでそのように見える戦いをした」のだと多くの人が信じている。


 彼女の横にはいつも翡翠色の大刀を持つ黒髪の男ルキウスがいて、その特徴的な剣から彼は『翡翠剣』と呼ばれるようになった。歴史学者によっては、彼と『剣』の聖者ルキウスが同一人物なのではないかと主張する者もいたが、外見に関する二人の記述は大きく乖離しているため、ただの同名の人物だろうという見解が通説となっている。


 そしてこの二人を含めたパーティメンバー全員をサポートしたのが薬師キトである。彼女が開発した『携帯型救急箱』は、後の世の冒険者の活動を一変させることになるが、それは彼女の残した業績のほんの一部に過ぎない。


 この三人がロマヌス王国の街バエティカで育った幼馴染だということはよく知られているが、バエティカに来る前、三人がコルドバという滅びた村にいたことはあまり知られていない。




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お読みいただきありがとうございます。

172話かかりましたが、やっと全員が揃いました。


第十五章:追悼祭編は終了です。

間話を一話分挟み、第174話から第十六章:砂漠の薔薇編が始まります。


最高の仲間を得たセネカが英雄に向かって動き出します。

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