第173話:我敗れたり、我敗れたり

 バエティカからほど近い森の中で、今日もノルトは修行を続けていた。


「んぎぎぎぎ! んぎぎぎぎ!」


 最近ノルトは【剣術】のサブスキル[豪剣]の発動を制御しようと試していた。発動時間を短くしてその分身体強化度を高めようとしているのだが、なかなかうまく行かない。


 レベル3か4になればどうやらそういうことができるらしいのだけれど、レベルの2のノルトにはとても難しかった。

 何故だかは分からないが、[豪剣]の能力を制御しようとすると激しい頭痛が発生して目が霞み、身体中に痛みが発生する。


 ノルトが剣術を習っている剣神流の師範はこれをレベルの限界だと言っていた。彼が言うには、スキルにはそのレベル帯での限界があって、そこを踏み出さないようにしながら何度も何度もスキルを使うことが成長への正しい道らしい。


 その話を聞いた時、ノルトは内心で喜びを感じていた。師範が明確に『限界』と言ってくれたので分かりやすくて良かったなのだ。だってそれを超えたら、ノルトは限界を突破したのだと実感できるのだから。


「うびびびびび」


 ノルトは痛みと吐き気に耐えながら暴れ馬のように猛るスキルの力を抑えようとする。

 最初の頃は身体の色んなところに力を入れて制御しようとしていたので色々なものを漏らしそうになっていたが、今ではどこをどうすれば良いのか感覚的に分かるようになっている。


「限界を超えろ」


 何度もそう唱えながら頑張っているけれど、なかなか先は見えてこない。だけどこの訓練が難しいものだと思えば思うほどノルトはのめり込んでいった。

 これを超えた時に何かを得られると確信する気持ちが募って情熱が湧いてくる。限界を超えようとするくらいの気概がなければヤツらの幼馴染など務まらないと考えて、ノルトは今日も自分を痛めつける。


「俺はお前らを決して孤独にはしない。必ず追いついてみせる」


 ノルトの瞳は赤く燃え上がっていた。




 身体中が泥だけになり、汗も出なくなってきた頃、ノルトは人の気配を感じた。


「エミリーか?」


 この修行を始めた頃、ノルトはよく森で倒れていたので、心配したエミリーが様子を見にくるようになった。今回もそうかもしれないと思ったのだが、なんだか嫌な予感がしてノルトは剣を持った。


 そして身体の動くままに剣を振ると、遠くから何かが飛んできて剣に弾かれた。

 軌道的にノルトに当たることはなかったと思うが、『外された』のと『防いだ』のでは天と地ほどの差がある。ノルトは自分の直感を信じて良かったと胸を撫で下ろした。


「元気そうで良かった」

「お前もな」


 確信はなかったけれど、そんなことをしてくる人物に心当たりがあった。そして彼の声を聞いてノルトはつい笑ってしまった。


「物騒な挨拶だな、ルキウス。だが、帰ってきたんだな⋯⋯」

「おかげさまでね。ただいま、ノルト」

「……おかえり」


 ノルトを攻撃してきたのはルキウスだった。もっと良い再会の仕方があっただろうと思うけれど、これはノルト好みの演出なのでルキウスが気を遣ってくれたのだと気がついた。


 嬉しさのあまり、柄にもなくルキウス背中を叩いたり、肩を組んだりしてしまったが、そうしているうちにぞろぞろと人がやってきた。先頭にいるのはセネカだ。


「ノルト、また強くなったね」

「いや、やっぱりお前らおかしいだろ。久しぶりに会って言うことがそれか?」


 苦笑しながらそんなことを言ったけれど、やっぱりノルトは嬉しくなった。彼の幼馴染たちは相変わらずで、そしてまた強くなって帰ってきたのだと分かった。


「……どうして後ろを向くの?」


 セネカと一緒にキトやマイオルなど彼女のパーティの者たちがいると分かっていたけれど、ノルトはあふれる想いを堪えることができなかった。だからセネカたちに背を向けて静かに天を仰いだ。

 それがちょっとの時間稼ぎにしかならないことは分かっていたけれど、ノルトのプライド的にはそれが大事だった。





「それで、なんでこんなことになったんだ?」


 あれからすぐにノルトはルキウスに「戦おう」と言ったのだけれど、いざ剣を持とうとするとフラフラしていてとても戦いになりそうになかった。さすがのノルトもこれでは良くないと日を改めることにしたのである。


 街に帰ると、エミリーをはじめとした孤児院の仲間たちや冒険者のみんながセネカたちの帰還を喜んでいてちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

 疲弊したノルトはそのままパーティで借りている部屋に戻って休み、次の日のルキウスとの戦いに備えた。


 朝起きて身体を動かしてから約束した通りの時間に来てみると、何故だか多くの人が集まっている。ノルトを見て指笛を吹く者さえいる始末だ。

 集まっているのは『樫の枝』など若手の冒険者が中心だが、孤児院出身の者も多くいるし、よく見ると街の門番や年嵩の冒険者までいる。みんな幼い頃のルキウスを知る者たちばかりだ。


 ノルトは真っ先にマイオルを見たが、彼女はすごい勢いで首を横に振った。以前ノルトがセネカと戦おうとしたとき、マイオルがそのことを吹聴したせいで観客が多くなったのだが、今回は違うようだ。おそらく『樫の枝』の誰かが原因なのだろうと思っているとセネカがやって来た。


「ごめん、ノルト。マイオルがうっかり口を滑らせたの……五回ぐらい」

「やっぱりあいつのせいじゃねぇか!」


 再びマイオルの方を見ると彼女はもうそこにはおらず行方をくらましていた。さすがの素早さだ。


 マイオルの居所を探ろうとキョロキョロしていると静かに立っているルキウスと目が合った。ノルトの記憶通りの涼しい顔だ。


「よぉ、ルキウス……。どうやら俺らの戦いは見せ物になったようだぞ」

「そうみたいだね。でも気にしなくていいよ。僕は君のことしか見ていないから」


 ルキウスがそう言うと歓声が上がった。昔からルキウスが何か言うたびに黄色い声が上がるものだったけれど、声の勢いはノルトの記憶よりも強い。


「じゃあ、やろうぜ。俺はお前と戦うのをずっと楽しみにしていたんだ」

「あぁ、そうだね」


 ルキウスが笑うとまた周囲で声が上がった。




 若手の冒険者が協力して、集まった人たちに距離をとってもらっているとき、ノルトはルキウスに言った。


「手加減は不要だぞ」

「当然そのつもりだよ。僕が君にそんな残酷な真似をする訳ないじゃないか」


 やっぱりルキウスはよく分かっていると思わずにはいられなかった。


 どんなに惨めに見えたとしてもノルトはルキウスとセネカだけには手加減して欲しくなかった。

 エミリーが見ているのだから格好良くありたいと思わない訳ではないけれど、今だけは格好悪いところを見せても良いのじゃないかとも考えている。

 それがありのままの自分だし、これからちょっとずつ惨めさを減らして、いずれ飛躍するつもりだ。


 そんな風に言うと負ける前提のように聞こえるが、無論ノルトは勝つつもりだ。

 彼我の実力差を認識できないほど未熟でなくなったけれど、それでも勝つことを絶対に諦めないのがノルトの意地だ。


 準備ができたようなのでノルトは剣を持って構えた。ルキウスは背負っていた鞘から翡翠色の刀身の剣を抜いた。


 誰かが「きれい……」と言ったけれど、ノルトには禍々しいものにしか見えなかった。美しい輝きが妖しさを倍増させている。


 そしてルキウスがピクッと動いた瞬間、ノルトは全力で前に出た。同時に[豪剣]を発動し、溢れ出てくる力を出来るだけ圧縮しようと力を込める。ルキウス相手に小細工は不要だ。


「うびびびゃあああああ!!!!」


 頭に割れるような痛みが走り、身体が燃えるように熱くなる。普段の訓練だったらとても剣を振れるような状態ではなかったけれど、ノルトは今だけは全てを受け入れ、至高の一撃を放とうと歯を食いしばった。


『限界を超える』


 頭にあるのはそれだけだった。無我夢中で前進し、力の全てを剣に託す。するとおぼろげな視界の中で、剣が微かに発光したように見えた。


 ノルトは思いっきり剣を叩きつけた。だけどルキウスはそれをするりと躱し、大きく距離をとった。


「全力を出すんじゃなかったのか?」


 全身バラバラになりそうな痛みを感じながらノルトはそう言った。渾身の一撃だったが当てることは出来ず、すでに満身創痍だ。


「全力だからこそ避けたんだよ。なんだか変な感じがあったからね。僕が最善を尽くすのはノルトも知っているだろう?」


 ルキウスはノルトを真っ直ぐ見つめながら笑った。普段の優男の笑みではなくて、戦いに楽しみを感じている時の好戦的な表情だ。


 それを見てノルトは心の底から愉快な気分になった。ルキウスは普段冷静な仮面を被っているが、心の中には猛獣を飼っていて、時々それが顔を出す。


 ノルトは再び剣を強く握り、ルキウスに対した。ルキウスはさっき最善を尽くすと言っていたけれど、おそらく次は真正面から打ち合ってくるはずだ。性格上、次の攻撃を避けることはない。


 だからノルトのすべきことは簡単だ。さっき以上の全力を出して、ルキウスの剣を超える。そのこと以外考える必要はない。


 ノルトは剣を構え、全神経をその刀身に集中させた。


 さっき意地で剣を振ったおかげで分かったことがあった。訓練の間、ノルトはよく『これ以上やったら死んでしまう』と考えていたけれど、さっき歯を食いしばってみたら案外大丈夫で、死ぬことなどなかった。


 無意識のうちに恐れ、守っていたのだ。これまでも身体は痛み、頭はふらついたけれど、よく考えたら休めば治ったし、そのあと頭が重くなるようなこともなかった。


「限界を越えられない訳だぜ」


 ノルトは苦笑しながら前に飛び出した。するとルキウスも同時に地面を蹴った。非常に楽しそうな顔で、間違いなく最高の一撃がやってくると分かった。


 ノルトはルキウスのこの顔を見るためにこれまで頑張ってきたのだ。離ればなれになってもその背中を追い続け、決して諦めないと心に誓った。


 スキルを得てからノルトは初めて強く成長を実感した。長い長い時間を使ってやっとここまで登り詰めた。


 その苦労をたった一振りに詰めたいと思いながらノルトは剣を振る。頭が弾け、手がもげるような映像が頭に浮かぶけれど、それらを投げ打ってノルトは剣に全てを賭ける。


「俺のスキルをくらえええぇぇ!!!」


 叫んでいると、ノルトは不思議と身体が軽くなるのを感じた。ルキウスに向かって振り下ろされる剣は真っ赤に光って、まるで生きているようだった。


 そんな剣にルキウスの剣が真っ直ぐぶつかってくる。それは冷たく輝いているけれど、芯はきっと熱いのだろうとノルトは思った。


 剣がぶつかり合った瞬間、ノルトの剣は両断された。刃はノルトの身体に触れなかったけれど、胸の辺りに痛みが走り、衝撃だけで切れたのが分かった。


 全身から力が抜けるのを感じながら、ノルトはルキウスの顔を見た。彼の瞳は大きく見開かれており、額には大粒の汗が出ていた。


「ざまぁ、みろ……」


 苦し紛れにそう言ってみたけれど、意味はなかった。ノルトはルキウスに敗れたのだから。


 薄れゆく意識の中で、ノルトは二つの声を聞いた。一つは少女のもので、もう一つは男のものだった。


「ノルト、また強くなった」


【レベル3に上昇しました。[剣術III]が可能になりました。身体能力が大幅に上昇しました。身体能力が大幅に上昇しました。サブスキル[一極集中]を獲得しました】


 その声を聞いて、ノルトは久しぶりにゆっくりと眠ることにした。




--


という訳でノルトとの再会でした。

次話から新章です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る