第十六章:砂漠の薔薇編
第174話:二人は限界
ロマヌス王国に帰ってきてから半年が経ち、セネカは十六歳になった。
一ヶ月かけて心配をかけた人たちに顔を見せに行った後で王都に戻り、それ以来ほとんどの時間を王都で過ごしている。というのもマイオルたちと話し合った結果、王立冒険者学校の卒業資格を取ることにしたからだ。
休学期間が長いのですぐに卒業というわけにはいかないけれど、冒険者業のかたわらで講義を受け、課題を提出すれば卒業させてくれると言われたのだ。
マイオルが言うには『月下の誓い』のメンバーが卒業したとなれば学校側に箔がつくので、特別な計らいをしてくれてるらしい。
加えて、セネカは完全に忘れていたけれど、魔界に行く前の戦いが評価されて銀級冒険者に昇格したようだった。
試験も半ばだったので全く実感がないけれど、コテリネズミに関する報告も好評だったと聞いたので素直に昇格を受け入れることにした。
より詳細な報告が欲しいと言われたので、セネカは最近コテリネズミに関する調査書を書いたり、学校の課題をやったりと忙しかった。
マイオルとガイアも同じ状況なので、腕が鈍らない程度に依頼を受けてはいるが、本腰を入れているとは言い難い状態だった。
プラウティアはすでに卒業しているので学校の課題はないのだけれど、高等学院に進学したキトの手伝いに忙しいようだ。いずれプラウティアも冒険に出ることが分かっているのでキトがかなり予定を詰めていると聞いた。
あれからみんなで話し合った結果、ルキウス、モフ、そしてキトが正式に『月下の誓い』に加入することになった。人数も多いし、稼ぎも悪くないので、これを機にセネカたちは王都に家を借りて拠点としている。
いまセネカは拠点の居間でお茶を飲みながらうなだれている。
「うがー」
部屋の中にマイオルとガイアがいるので唸っているのだが、さっきからやっているせいで、もう反応してくれなくなっている。
「うがー」
それでもセネカはこうして鬱憤を晴らすしかなかった。というのもルキウスも忙しすぎてあまり会えていないのだ。確か先週みんなで一緒にお昼を食べた時以来会っていないはずだ。
「うびー」
「ちょっと鳴き声が変わったな」
ガイアが反応してくれたので抱きついてみたけれど、本を読んでいるのですぐに剥がされてしまった。
「ほら、ガイアの邪魔しないの。まぁルキウスもいないし、何となく物足りなく思ってるのは知ってるけどねぇ……」
見かねたマイオルもちょっと構ってくれたけれど、すぐにまた黙ってしまった。
最近マイオルは【探知】の訓練をしているらしい。床に座っているので何しているのかは分からないけれど、時々異様な空気を放っているので、何らかの進捗があったのだろうとセネカは考えている。
「うびー」
そうやって鳴き声をあげていると、家の扉が閉まる音がした。誰かがやってきたのだ。
セネカは即座に立ち上がって居間のドアの方を見た。誰が来ても構ってもらえるはずだと分かっているので反応は早い。
「どもー」
ゆっくりとした動作で入ってきたのはモフだった。最近セネカはモフに出してもらった綿でぬいぐるみを作る暇つぶしを開発したのですぐに駆け寄っていった。
だけど、モフの顔を見るとずいぶん困ったような表情だったのでセネカは立ち止まった。
「何かあった?」
セネカがそう言うとマイオルとガイアも気になったのか「どうかした?」と声を上げた。
「ルキウスの限界が近いと思うー」
やや間延びした言い様だったけれど、モフにしては緊迫感があった。
これを聞いたセネカは即座に武器を取りに行こうとした。ルキウスが限界となれば攻撃するのも辞さないつもりだ。
しかしセネカの動きはマイオルに制された。そしてマイオルもやや緊迫感のある声でこう言った。
「モフ、よく来てくれたわ。見ての通り、セネカも限界なのよ。神殿を攻撃しに行くとか言い出す前に対策会議をしましょう」
王都に帰ってきてからルキウスは教会の訓練を受けている。本人は非常に嫌がっていたのだが、グラディウスに「潜入捜査をするつもりで教会のことを知りなさい」といわれたので、仕方なく神殿で生活をすることに決めたようだった。
ルキウスは、今は姿を変えている。教会上層部の間では特別な魔道具を使ったことになっているが、実際はグラディウスの仕業である。
今後ルキウスは聖者として活動する時には金髪碧眼の姿になることになった。マイオル達は街で会っても分からないかもしれないと言っていたので変装は完璧なはずだ。しかしセネカには判別できる自信があった。
この変装を使って時折聖者ルキウスとして活動しながらも、基本的には元の姿で月下の誓いのルキウスとして過ごすことにしたいというのがグラディウスが教皇や聖女に提案した内容だった。
それ自体は受け入れられたのだが、新たな聖者に取り入ろうとする信者たちの動きを抑えることは難しいらしく、ルキウスは身動きが取りづらい状況を続けていた。
モフの話によると一番厄介なのは新たな派閥を作ろうとする一派で、彼らはルキウスに狂信的な気持ちを持っており、すでに他派閥への妨害工作を始めているらしい。
ほとんどの者は変装したルキウスしか知らないようだが、スタンピードに巻き込まれて行方不明になっていたことは分かっているのでルキウスがこれ以上危険な目に合わないように監視する態勢を取っているらしい。
セネカが聞いたところによると自由時間でさえ密かに監視者がついているそうなので、パーティでランチをする時には毎回彼らを撒いているのだそうだ。
そんな状況になのでルキウスは窮屈に感じているし、そもそも教会にいたい訳ではないので鬱憤が溜まっているのだ。
モフから改めてルキウスの状況を聞いたセネカは、再び剣を取りに向かった。しかし、その動きを今度はガイアに止められ、おとなしく席について話し合いを聞くことにした。
「それで、ルキウスの状況についてグラディウス様は何と言っているの?」
「じいちゃんはルキウスに自由にしろって言っているけれどぉ、表立って動きはしないみたいー。現状でも目立っているのに、いまじいちゃんがルキウス派をまとめ上げちゃうと他の派閥との闘争が始まっちゃうからねぇ」
「そうなのね⋯⋯。この前一緒にご飯を食べたとき、大変だとしかルキウスは言っていなかったけれど、具体的にはどうしていくつもりかモフは知ってるの?」
マイオルがそう聞くとモフはタレ気味の目を少し吊り上げた。
「脱出しようとは考えているみたいだけど、良い案が見つからないみたいだねぇー。教会の派閥力学が分かってきちゃったから、逆に身動きが取れなくなっちゃっているんじゃないかな。それに、下手に動くと監視が厳しくなるかもしれないからねぇ」
「もうちょっと具体的に状況を知りたいところだけれど、とにかく厄介そうねぇ……」
マイオルは顎に指を当てながら頭を働かせ始めた。セネカも真似しながら情報を整理してみる。
色々と細かいことはあるけれど、話を要約するとルキウスはいま敵に取り囲まれているのだ。味方を自称する者も実質的には敵だし、元々ルキウスをよく思わない者達も多いらしい。
そういう人々からルキウスを何とか助け出せないものだろうか。出来れば教会のしがらみからも解放された状態が好ましい。
「なかなかの難題よね。どうしたら良いのかしら……」
考えてみても良い案は思いつかない。横にいるガイアも黙ったままだ。
「とりあえず、一旦行方をくらまして、冒険に出かけるのが良いと思うなぁ」
「それはそうだと思うけれど、このままだとどこへ行っても監視の目から逃れられないわね……」
マイオルが返すとモフがふにゃっと笑いながら言った。
「教会の目が届かない場所を一箇所知っているんだぁ。追手を吹っ切れさえすれば、僕たちだけで冒険できると思う」
それを聞いたマイオルとガイアは少し悪い顔で笑っていた。
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