第48話:『ヤドリギ』

 アッタロスは「久しぶりに骨のある戦いだな」と思っていた。

 最近は学生の相手ばかりしているが、アッタロスを倒してやろうと思って本気でかかってくる者はいない。


 みんなどこか遠慮があって、闘志も隠しているように見える。

 だがセネカは闘志を剥き出しにして、全力でアッタロスにぶつかって来ている。


 甘いところはたくさんある。

 想定が甘い。体勢が甘い。魔力管理が甘い。

 しかし、それを超える強さがある。成長がある。


 初めてセネカと会った日からどれぐらい経っただろうか。

 成長は目覚ましい。


「よく練り上げた」


 素直な賞賛だった。


 この歳でここまで強い冒険者をアッタロスは知らない。

 それほどまでにセネカは異質な存在となっていた。


 切れ間なく攻撃を仕掛けてくるセネカを何度も跳ね返している。

 躱して斬り、受けて斬っている。時折、魔法も混ぜて体勢を崩し、体術で弾いている。


 抜け目ない攻撃が続いた後、セネカにしては荒い攻撃が来た。

 それはまち針でアッタロスの足元を狙う攻撃だった。

 そろそろ潮時かなとアッタロスは考えて、模擬戦を終わらせるべく、まち針を避けて攻撃をしようとした。


 ぐん!


 しかし、足が思うように動かない。

 避けたまち針を見ると、地面に刺さりながら異常な魔力を放っている。


「影縫い」


 セネカの呟きが聞こえてくる。


 影が縫い止められるという謎の現象が起きていることに気がついた。

 アッタロスが力技で脱出しようと足に魔力を込めた時、セネカの方からさらに膨大な魔力の動きを感じた。


 一瞬、アッタロスはセネカの存在を見失った。

 何が起きているか分からず混乱しそうになった。

 しかし、この状況には


 アッタロスは瞬間的に思考を止めて、反応するまま身体に動きを委ねた。


 ドン!


 気づくと、斜め後ろから近づくセネカを蹴り飛ばしていた。

 セネカがそこまで回り込んでいることにアッタロスは全く気が付かなかった。

 だけど、ので反撃することができた。


 呆然と倒れ込むセネカの方を向きながら、声の震えを気取らせないように低い声で言った。


「今日はここまでだ」


 そして、セネカの方に近づいて怪我が大きくないことを確かめた後で周囲に聞こえないように伝える。


「講義のあと、俺の教官室に一人で来てくれ。マイオルには俺に呼ばれたことを言っても良いが、他の人には黙っていてくれ」


 セネカは無声で「分かった」と答えた。





 アッタロスとの模擬戦の後、セネカは周囲から褒められた。


 みんな良く評価をしてくれて嬉しかったのだが、今まで見たことのないような表情のアッタロスに呼ばれたことが気になって、素直に喜ぶことができなかった。


 マイオルにはアッタロスに呼ばれたことをこっそり伝えたけれど、セネカがなぜ呼ばれたのかマイオルにも思い当たることがないそうなので、セネカは余計に緊張を高めた。





 その日の授業が終わった後、セネカはゆっくりとアッタロスの元へ向かった。


 扉を叩くと返事があったのでセネカは入室する。


 そこには顔面を青白くさせて強張った様子のアッタロスがいた。


「セネカ、呼びつけてすまなかったな。どうしても聞きたいことがあって、ゆっくり話をしたかったんだ。そう固くならず長椅子に座ってくれ」


 そう言ったアッタロスの方がとても固くてぎごちない。


 セネカはひとまずしっかり頷いてから席についた。


「今日の模擬戦の最後の技だが、あれは何をしたんだ?」


「影縫いのあとのこと?」


「そうだ。あ、いや、その影縫いという攻撃についても気になってはいるのだが⋯⋯。そっちは機会があったら教えてくれ」


「分かりました」


 そう答えてからセネカは話し出した。


「影を縫って身体の動きを止めたら、流石のアッタロスさんにも隙ができると思ったから、意識の隙間を【縫う】ように攻撃したんです」


「⋯⋯そういう能力を得たのか。意識の隙間を縫うっていうのはもう少し具体的に言うとどういう過程なんだ?」


「スキルのことだから具体的には分からないけれど、意識っていうのは連続しているようでも本当は途切れ途切れだったりするし、動揺した時には意識と無意識の境界が曖昧になると思うので、そこをいているんだと思います」


 アッタロスは眉間に皺を寄せながら真剣に話を聞いている。


「あぁ、その通りだな。俺もそう思う」


 そして、意を決したようにアッタロスはセネカに聞いた。


「質問ばっかりで悪いが教えてくれ。セネカの両親の名前は何と言うんだ?」


 セネカは意外なことを聞かれたと思いながら正直に返した。


「父はエウスで、母はアンナと言います」


 それを言った瞬間、時が止まったかのようにアッタロスは硬直した。


「やはり、そうか。よく見たら顔はアンナにそっくりだし、負けん気はエウスそっくりだ」


 ひとりごとのようにアッタロスは言った。セネカの耳は音を捉えていたけれど、頭は理解を拒んでしまった。だけど、心に広がる波紋は止められない。


「どういうこと⋯⋯?」


 セネカの声を聞いて、アッタロスは襟から手を入れて胸元にしまっていたペンダントを取り出した。


 金属が枝のような形をしていて、金色に光っている。


「これが何か分かるか?」


 セネカは首を横に振った。


「これはヤドリギの枝を模している。エウス、アンナ、ネミ、レントゥルス、そして俺の五人で立ち上げたパーティ『金枝きんし』の証だ」


「え⋯⋯?」


「セネカ、お前の両親と俺は同じパーティを組んでいたんだ」


「そんな⋯⋯」


 そう言ったきり、セネカは黙ってしまった。


 沈黙の時間が続いたが、アッタロスはセネカを真っ直ぐ見据えて切り出した。


「セネカ、お前は孤児だと聞いていたが、エウスとアンナはこの世にもういないのか?」


 聞いた後のアッタロスはいつもの明るさを保っておらず憔悴したように見えた。


 セネカは同じくひどく疲れた顔でゆっくりと首肯した。


 その時、アッタロスの両眼からキラリと光る雫が溢れ出た。





 セネカはコルドバ村で起きた悲劇についてアッタロスに語った。


 アッタロスは相槌を打ってはいたけれど、その反応はどこか乾いたもののようにセネカは思った。


 心ここに在らずの状態だったのだろう。


「ねぇ、アッタロスさん。何で私がお父さんたちの娘かもしれないって思ったの?」


 話が落ち着いた頃、セネカがアッタロスに問うた。


「ん? もしかしてセネカはエウスのスキルのことを知らないのか?」


 セネカは悲痛な表情で「うん」と言った。


「そうか。七歳の頃だもんな。エウスが話していなくても不思議はない。じゃあ、そもそもあいつらがどんな冒険者なのかも知らないんだな」


 セネカはもう一度頷いた。


「セネカ、エウスのスキルは【隙をく】だ。このアッタロス・ペルガモンが生涯勝ち越すことができなかった稀代の大剣士、それがお前の父親だよ。


意識の隙間を【縫う】というセネカの攻撃を受けた時に、エウスに攻撃された時のことを思い出したんだ。

隙を衝かれたときのあの独特の感覚は忘れもしない。時折、夢に見るほどだよ。


前からセネカには何処かで会ったことがあるような気がしていたんだが、今日のことで確信したよ。

間違いない。セネカはエウスの娘だ。あんな攻撃が出来るのはあいつの子供しかいない。

そう思って声をかけたんだ」


 セネカは止めどなく涙を流して、アッタロスに縋るような顔を向けた。


「私、お父さんみたいに戦っているの?」


「あぁ、そっくりだな。剣だけじゃない、強さを求める姿勢もそっくりだ。普通、誰もが憧れるのは【剣術】や【光魔法】みたいな戦闘スキルだろ?」


 セネカは心当たりがあったので頷いた。


「俺の【魔剣術】もよく羨ましがられる。そういうスキルが正道だと誰もが思っているからな。それと比べると【隙を衝く】というスキルは傍流の力になるはずだ。

エウスの剣はずっと不格好だった。人から馬鹿にされることもあった。

だけど俺は剣でエウスに勝ち越すことができなかったんだ」


 アッタロスは赤みが増した目を逸らして、遠い目になった。


「昔、エウスのレベルが3に上がった時にはっきりと確信したんだ。エウスは、誰かが作った『強さ』の基準には当てはめられない男なんだってさ。

何故ならエウスは新しい『強さ』を作る側の人間だったんだからな。

セネカも今、新しい強さを作ろうと奮闘しているだろ?

【縫う】というスキルはいわゆる強いスキルではない。だからこそ、自ら新しい『強さ』を作らなくちゃいけないはずだ。

そうやって壁に弾かれながらも前に進もうとする姿はエウスそっくりだよ。


セネカ、誇りを持て。


お前は間違いなく最高の剣士の娘だ」





 その後のことをセネカは覚えていない。


 アッタロスと言葉を交わし、涙を何とか引っ込めた後、退室した。


 そして胸の中で渦巻く激情を抑え込みながら、寮に戻った。


 途中でプルケルやストローと話したらしいと後から聞いたが、全く覚えていなかった。


 寮に着いて隣の部屋のマイオルの顔を見た途端、セネカの緊張の糸は切れた。


 そして、マイオルに縋りつきながら声をあげてわんわんと泣いた。





 それからセネカはベッドからほとんど出なかった。


 寝ているか、ぼーっとしているか、涙を流しているかだった。


 マイオルは一時的にガイアと部屋を変わってもらって、何をするわけではないけれど、セネカから目を離さないことにした。


 セネカは辿々しい様子ながらもアッタロスと話したことをマイオルに伝えた。


 マイオルはその話の内容やセネカの様子から自分の手に余ると判断して、セネカが寝ている間に魔導学校に向かった。


 なんとかキトを探し出して、冒険者学校の寮に様子を見に来てもらった。


 セネカはキトの顔を見た途端、マイオルの時と同じように強くキトに抱きついて、また涙を流した。


 キトもマイオルもセネカに何が起きているのかは分からなかったけれど、ひとまず様子を見ることにした。


 キトは毎日学校帰りにセネカに会いに来て、何度も抱きしめた。


 セネカははじめて授業を休んだ。


 そんな日が何日か続いて、週末になるとキトがセネカの部屋に泊まると言ったので、セネカはキトとマイオルに囲まれて、何日かぶりに笑顔を見せた。





 一週間ほど休むとセネカの気持ちは落ち着いてきた。


 様々な情報が渦巻いて頭がパンクしてしまったのだと、落ち着いた今は分かっている。


 気持ちの整理ができた今、セネカの心はかつてないほど安定していた。


 それはアッタロスが言ってくれたからだ。


 お前はエウスにそっくりだと。


 アッタロスにはまだまだ聞きたいことがある。だけどそれはゆっくりでも良いのかもしれないとセネカは思った。


 時間はたくさんある。


 もしかしたらアッタロスの方も動揺していたのかもしれない。かつての仲間の訃報を耳にしたのだから当然だ。


 アッタロスが言っていた『新しい強さ』というものが何であるのかセネカには分からない。


 だけど、それがこれからのセネカにとって大事な指針になるのではないかと思った。


「これで良い」


 そう呟いたセネカは、迷惑をかけた人に謝り倒し、復活したことを明るく伝えようと決心するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る