第141話:バエティカで最も熱い男(4)

「でもノルトはセネカのことが好きでしょ?

 セネカがいなくなっちゃっても良いの?」


 エミリーにそう聞かれたノルトはしばし押し黙った。

 そして言いづらそうな様子で口を開いた。


「確かに俺はセネカのことが好きだったみたいだ。あいつが王都に行くって聞いた時はよく分からん気持ちになったし、行方が分からなくなって動揺もしたしな」


「⋯⋯うん」


「でもルキウスのことを友人として好きな気持ちと比べてどれだけ違うかと言うとよく分からん部分もある」


「そうなの?」


「あぁ。一番悔しいのはあいつら二人と比べると俺では力が足りないってことなんだ。俺はセネカにとってのルキウスのような存在になることもできなかったし、ルキウスにとってのセネカみたいな存在になることができなかった。

あいつらはいつも二人でどんどん先に進んじまって、追いかける奴のことなんか気にもかけないんだ」


 ノルトが苦々しく言うのを聞いてエミリーは胸を締め付けられた。


「⋯⋯でもノルト、よくセネカを見てるし、いつも突っかかっていたよね?」


「セネカは油断ならないから目を離すと危険だ。まぁ気になる存在というのは間違いないし、セネカのことを俺が好きなのも多分そうなんだろうな」


「そうだよね⋯⋯」


 エミリーはノルトの首に回していた腕の締め付けを何となく強くした。





 気まずい空気のまま、ノルトは歩き続けた。

 そしてそろそろ山が終わるというところでまた口を開いた。


「セネカとルキウスが再会して、二人で何処かに居なくなったと聞いたときに思ったんだ。もし二人が生きていたとしたら、あいつらは多分くっついただろうなって」


 エミリーも何となくそう思っていたので、ノルトからは見えていなかったけれど頷いた。


「羨ましく思ったんだ。自分で勝手に妄想してそう感じるのは趣味が良くないかもしれねぇが、幼馴染がそんな関係になってると思うと割り切れない気持ちがあってな」


「それってやっぱりセネカのことが好きだからじゃないの?」


「違うんだ。そうじゃないんだよ――」


 エミリーが珍しく強めの口調だったのでノルトもつられて語気が強くなった。


「俺が一番好きなのはエミリー、お前なんだよ」


「えっ?」


 エミリーは素っ頓狂な声を出した。

 ノルトの背中が異常に熱くなっているのがエミリーには分かった。


「⋯⋯だが、エミリーがルキウスを好いているのは分かってる。だから俺のことはルキウス達の安否が分かってから考えてくれたら良い」


「⋯⋯ちょ、ちょっと待って。何の話?」


「だから、エミリーがルキウスのことを――」


「えっ? ちょっと待って。まず一旦下ろして」


 エミリーがあわあわし出したのでノルトも動揺し始める。

 ノルトがゆっくり腰を下ろすのに合わせて、エミリーは降ろされた。


「痛っ!」


「だ、大丈夫か?」


 エミリーは歩こうとしたけれど足が痛むようだ。


「あ! すまん。俺、ポーション持ってたんだよ。何で気が付かなかったんだ!」


 ノルトはあたふたしながら中級ポーションを出してエミリーに渡した。

 混乱していたエミリーも渡されるがままにポーションを開けて飲んだ。苦味の中にちょっとした甘酸っぱさがある高価なポーションだ。


「効果が出て来るまで少しここで待とう。気が付かないで悪かったよ。エミリー、ごめんな」


「いや、それは良いんだけど⋯⋯。ってそもそも考えなしに飛び出して森で迷った私が悪いんだから⋯⋯。こちらこそごめんね、ノルト」


 エミリーは苦笑いを浮かべた。


「そう言えば聞いてなかったがどうして山にまで入って俺に会いに来たんだ?」


「どうしてって⋯⋯。ノルトの様子が気になったから⋯⋯」


「俺の? 何で俺の様子が気になるとエミリーが山に入るんだ?」


「セネカのことでノルトが傷ついてると思ったの。傷ついた気持ちで山に一人で入って行ったんだと思うと居ても立っても居られなくて⋯⋯」


「そうだったのか。だが俺は平気だ。あいつらにこれ以上離されないように本当に修行をしてたんだよ。まぁ確かに最初の方は少しだけ気持ちを落ち着かせる必要もあったけどな」


「そっかぁ⋯⋯」


 エミリーは自分が短慮だったかもしれないと思い、反省した。

 だってノルトが一番好きなのはセネカじゃなくて⋯⋯。


 エミリーは自分の顔が異常に熱くなっていることに気がついた。

 ノルトの顔を真っ直ぐ見ることができず、俯いてしまう。


 けれど、どうしても確認しなければならないことがあったことを思い出してまた顔をあげた。


「ねぇ、ノルト。さっき私がルキウスのことを好きって言ってたけど、あれは何?」


「何って、そのままだろ? あいつは顔も良くて強いし、孤児院でも人気だったじゃないか。俺もあいつは良い男だと思う」


「そうかもしれないけど、それはみんなの話で私のことじゃないよ⋯⋯」


「エミリーだっていつも『セネカとルキウスが⋯⋯』って話していたじゃないか。だからルキウスのことが好きなもんだと思ってたんだ。孤児院でも良く一緒に遊んでたしな」


「ルキウスと遊んでたのは可愛い弟としてみんなで構っていたのよ。ノルトに二人の話を良くしていたのは、ノルトがセネカのことが好きだと思っていたから、それだったら話ができると思って」


「何だって? ルキウスが好きだったからじゃないのか?」


 エミリーは「うん」と小さく頷いた。

 そして震えながら小さい声で言った。


「だって⋯⋯私もノルトのことが好きだから」


「えっ?」


 ノルトは驚いてとんでもない顔になった。


「ノルトのことが気になって仕方がなかったからセネカの話をしてたんだし、同じ理由で今日は森に入ったの!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。まじなのか?」


 エミリーはまたコクンと小さく頷いた。


「俺はずっと勘違いをしてたのか⋯⋯」


「私も勘違いをしていたみたい」


 二人はお互いのことを想っていたことにやっと気がついた。

 認識が変わればこれからの二人の関係は大きく変わって行くことになるだろう。


 ノルトとエミリーは見つめ合いながら熱い雰囲気を出し始めている。

 しかし、これ以上待たされるのはごめんだと思う者がいた。


「夜になってるのに暑いなぁと思っていたが、ここに原因があったようだな」


 そう言って近づいて来たのは『樫の枝』の斥候を務めるメーノンだ。


 メーノンは【探知】で二人を見つけたので近づこうとしたけれど、何だか取り込み中のようだったので離れた位置で待っていたのだ。


 だが話が落ち着き、甘い空気を出すようなら待っている道理はない。


「メ、メーノンさん⋯⋯」


 ノルトは真っ赤にしていた顔を途端に青ざめさせた。


「ノルト、楽しそうなことしてるじゃねぇか。それは恋人がいねぇ俺に対する当てつけか?」


 メーノンは揶揄からかうようにそう言った。


「ち、違うんですよ。これは、その⋯⋯」


 ノルトもエミリーも俯き出してしまったのでメーノンは吹き出した。


「ぷぷ。二人とも無事だったらそれで良いんだよ。仲良くなったみたいで良かったじゃねぇか」


「あ、ありがとうございます⋯⋯」





 こうしてエミリー失踪事件は解決した。

 バエティカに戻ったエミリーは迷惑をかけた人々のところをまわって謝った。隣にはノルトがいたので、みんな好奇心を膨らませてしまった。


 そもそもエミリーは体調不良で休んでいたはずだったけれど、いつのまにか身体の調子は良くなっていた。エミリーはポーションを飲んだからと思い込むことにしているけれど、違うことが原因なのは誰の目にも明らかだった。


 帰ってきたノルトは酒場に連行された。先輩冒険者達に囲まれて、洗いざらい話をさせられた。


 遠くから眺めていたメーノンが面白おかしく話を盛るので話がどんどん広がってしまったけれど、そのおかげでノルトとエミリーが恋仲になったことは多くの者が知ることになった。


 話に尾鰭がついて、最終的にはノルトが満天の星空の下で愛を叫んだことになっていた。


 その話を聞いた街の人々は、揶揄いと尊敬の念を込めて、ノルトを『バエティカで最も熱い男』と呼ぶようになった。










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お読みいただきありがとうございます。

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