第140話:バエティカで最も熱い男(3)

 ノルトはベレッタ山の麓でエミリーを探していた。

 ベレッタ山には大して強い魔物はいないけれど、戦う術を持たないエミリーが夜歩きするには不安が残る。


 ノルトはベレッタ山にはよく登っているので夜であっても迷うことはない。

 半分庭のような場所なので、エミリーが迷ったとしたらどこにいるのかの目星もついている。


 もしその場所にいなかったら探すのは骨が折れる。一度ギルドに戻って増援を頼まなければ難しいだろう。


「エミリー⋯⋯」


 ノルトはエミリーのことを考え続けている。エミリーは孤児院で一つ上だった。

 セネカ、ルキウス、ノルト、ピケ、ミッツのお騒がせ達に比べて一つ上の兄や姉達はおとなしくて真面目な人たちが多かった。


 もしかしたらセネカとルキウスが破天荒すぎて逆に影響を受けていたのかもしれないけれど、我慢強くて頼れる人達が多い。


 中でもノルトはエミリーとよく話していた。ものすごく仲が良かった訳ではないけれど、ことあるごとに話をしていた記憶がある。


 孤児院の仲間達は家族のように育つけれど、大人になると少し距離ができる。

 家族でもあるけど他人でもあるということが段々分かってきて自然とそうなるのだ。

 だがその一方で、孤児院出身者同士で結婚することも多い。

 同じ境遇で育ってきた仲間と本当の家族になってしまおうとみんな決意するのだ。





「さて、そろそろだがエミリーはいるか?」


 目的地に近づいていくとノルトの耳にコボルトが鳴く声が聞こえて来た。


「まずい! 奴ら仲間を呼ぼうとしている」


 実はノルトは魔物の鳴き声を聞き分けるのが得意だ。いま、コボルトは仲間に獲物がいることを知らせる声を上げた。


 エミリーがいるとしたら早く助けないと危ない。

 ノルトは全力で走った。


 キャンキャンとやかましい声が聞こえてくる。

 ランタンで照らすと大きな木の下にコボルトが七、八匹集まっている。

 木の上ではエミリーが微妙な太さの枝に跨って怯えている。


「エミリー!!!」


 ノルトは剣を抜いて一番手前のコボルトに狙いを定める。


「⋯⋯ノルト?」


 エミリーは弱々しい声で呟いた。

 その声を聞いた瞬間、ノルトの中で何かが切れた。


「[豪剣]!」


 ノルトはサブスキルを発動した。

 ノルトの実力であればこの数のコボルトは敵ではないのだけれど、彼は使わずにはいられなかったのだ。


 見た目に似合わず華麗な剣捌きでノルトはコボルト達を斬り伏せて行く。

 一匹一匹を確実に一撃で葬るその実力は見る人が見れば努力の賜物だと分かるだろう。


 泥臭さと華麗さが同居するその剣は、剣の素人であるエミリーにとってもすごいものに見えた。





「⋯⋯ノルト、強いんだね」


 あっという間にコボルト達を倒したノルトに対して、エミリーは言った。


「そんなことより、なんで山にいるんだ?」


 ノルトは強めの口調でそう聞いた。


「⋯⋯ノルトに会おうと思って」


「やっぱりそうなのか。ミッツがベレッタ山にエミリーがいるかもしれないから行けって言ってな。よく分からなかったけど、やっぱりミッツの読みが正しかったんだな」


「ノルトは山に籠ってたんじゃないの?」


「ブランカ山にいたんだ。んで、今日帰った所だった」


「そっか。前と同じとは限らないよね⋯⋯」


「あぁ。そりゃあ、そうだな」


 エミリーはまだ枝に跨っている。


「とりあえず降りたらどうだ?」


「うん⋯⋯」


 エミリーは降りようとしたけれど、想像以上に自分が高いところまで登っていたことに気がついた。


「これ、どうやって降りればいいかな?」


「登った時の逆をやれば良いだけだが、できそうか?」


 ノルトは参考にならないアドバイスをした。


「⋯⋯とりあえずやってみるね」


「あぁ、無理そうだったら受け止めるから言えよな」


 エミリーはゆっくりと降り始めた。

 どうやって登ったのかも覚えてなかったけれど、降りてみれば意外にエミリーは平気だった。

 だが、順調に降りられてしまったのが良くなかったのだろう。エミリーは最後にちょっと高いところから飛び降りてしまった。


「痛っ!」


「おい、大丈夫か?」


 エミリーはちょっとだけ足を捻ってしまったようだ。


「自信満々だから問題ないと思ってたが、やっぱり高かったか⋯⋯」


 ノルトは止めなかったことを後悔した。


「エミリー、歩けるか?」


「うん! このくらい大丈夫だよ」


 エミリーはそう言うが、立ち方がちょっとぎごちない。

 これから二人で山を降りなければならないので、ノルトはもっとも効率の良い方法を尊大に提案した。


「俺が背負うから乗ってくれ」


「えっ、でも大丈夫だし⋯⋯」


「魔物が出た時に庇うことになるからこっちの方が良いだろう。この辺りの魔物ならエミリーをおぶった状態でもなんとかなるだろうしな」


 ノルトはエミリーを見据えながらそう言った。


 エミリーは今日初めてノルトの顔を真っ直ぐ見たけれど、よく見ると彼の顔は憑き物が落ちたかのようにすっきりとして整っている、ようにエミリーには見えた。


「ほら」


 背中を差し出すノルトの剣幕に負けてエミリーはおぶってもらう事にした。

 間近で見るとノルトの背中は非常に大きく、男らしい強さがある。

 エミリーは一歩踏み出してからノルトの首に腕を回し、その身を彼の背中に預けた。


「立ち上がるぞ」


「わっ」


 ノルトはゆっくりと立ち上がったつもりだったけれど、予想外の高さにエミリーは驚いた。


「⋯⋯大丈夫か?」


「うん。大丈夫だよ。ノルト、いつの間にかおっきくなったんだねぇ」


「いつまでお姉さんのつもりだよ」


 そう言いながらノルトはゆっくり歩き出した。





 お互い無言のまま山を降りているとエミリーが声を出した。


「ねぇ、ノルト。セネカとルキウスの話、聞いたでしょ?」


「あぁ、もちろん聞いた。あいつらは相変わらず人騒がせだよな」


「二人には負けるけど、ノルトもなかなかだよ?」


「⋯⋯そうか?」


「うん。自分では分からないものなのかな」


 ノルトは不服そうだ。


「それであの二人がどうしたって?」


「あの話を聞いてノルトはどう思ったのかなって」


「そうだな。二人とも帰ってこないか、二人で帰って来るかのどっちかだと思った」


「⋯⋯それはそうかもね。私もそう思う」


「まず間違いなく二人で帰って来ると俺は思っているけどな」


「心配じゃないの?」


 エミリーはノルトの背中から少し身を乗り出して聞いた。


「全く心配がないと言う訳じゃないが、どっちかと言えば自分のことの方が心配だな」


「どういうこと?」


「いつになるか分からねえが、あいつらが帰ってきた時には今以上にどうしようもない差がついてるんじゃないかって思ってな」


「でも二人がもし帰ってこなかったら意味がないんじゃない?」


「もしあいつらが帰ってこなかったら、あのお転婆達のことを伝えていくのが生き残った者たちの仕事なんじゃないかと考えたんだ。そのためにも俺は強くなんなきゃならねぇ⋯⋯」


 ノルトは少し声を震わせながらそう言った。

 まるで自分に言い聞かせているようだとエミリーは思った。

 強がろうとするノルトの様子にエミリーは押し留めていた質問を投げかけてしまった。


「でもノルトはセネカのことが好きでしょ?

 セネカがいなくなっちゃっても良いの?」





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今年もどうぞよろしくお願いいたします!

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